ビューティフル説法
アパートへと彼女を上げることにして、私は部屋の電気をつけようとしたが、なかなか点灯しなかった。あまりにも腹立たしかったのでスイッチをバシバシと叩いていると、ぼんやりとだが点灯したので良しとして、彼女を部屋の中へと上げた。
呆然としたままの彼女は素直にヒールを脱いで部屋へと上がった、そして、そのヒールを抜いた足先もも美しく、手と同じようにネイルが塗られているところもまた綺麗であった。
「そこに座りなさい」
最近出したばかりのコタツへ座布団をひいて、その場へ彼女を座らせると、粉茶を入れた湯呑みを用意して彼女の前に置き、私は対面するように反対側へと座った。
「さて、話の続きだ」
ドンと机を叩いてそう言うと、私は再び彼女がいかに美しく綺麗かを解いていく。解けば解くほどに部屋のぼんやりとした灯りはしっかりと明るさを取り戻して行き、そして、その明かりに照らされて彼女の美しさもまた際立っていくので、私の語りはヒートアップしていくばかりであった。
「あの、もう・・いいか・・・」
「まだ、途中だ、最後まで聞きなさい」
私は会話を幾度と切ろうとする彼女に対して、そう言っては、再び聞く姿勢を取らせて、徹底的に解いた。大袈裟ではあろうが、もう、坊主か神父が説法を解くと同じくらいに、しっかりとわかりやすく、そして諭すように言い続けたのだった。
「と言うわけだ。わかりましたか?」
「は・・・はい」
時計の針が午前5時を過ぎた頃になり、ようやく語り尽くすことができたところで、彼女が同意をしたが、その表情は疑いを持ったままであった。これではダメであると私は思った。
「では、もう一度、おさらいといこう」
「い・・いえ・・・」
困惑以上の表情の彼女に対して、私は再び綺麗であると言うことを理解するまで言い続けることにした。私の両頬を切り裂くなどというほど自分にコンプレックスを持っているようであったが、その行為など必要ない、貴女は綺麗であることをひたすらに解き続ける。
「心が醜いかも知れませんよ」
「心が醜い奴が、素直に、私、綺麗?などとは聞かん」
変則的に質問を折り込むようになってきた彼女の言葉を逐一否定して、いかに素晴らしい女性であってその美しさは誰にも真似できぬことであることを解き続ける。
「わかりました!納得しましたから!」
多少、疲れの出た表情で彼女がそう言った。時計を見れば9時を回っていた。
「本当だな?」
「はい!」
「よし、私は綺麗です!と言いなさい」
「わ、私は・・・」
そこで言葉を切ったので、私が再び口を開こうとしたことが理解できたのか、彼女は一息吸うと、しっかりと自分からこう言ったのだった。
「私は、綺麗です!」
「よし!」
両手を叩いて私は喜んで笑うと、途端に痛みが走った。ああ、頬を切られていたことをすっかりわすれていた。顔を顰めた私のとなりに慌てて彼女が駆け寄ってきた。
「ご、ごめんなさい・・・」
「謝らないくていいから、それより、その棚の上に救急箱があるから取ってくれる?」
棚の上には祖母から譲り受けた救急箱がある、それを彼女は取ると再び私の近くへ正座して座ると、膝の上を片手でパンパンと叩いた。
「ねぇ、ここに頭を乗せて寝転んでくれる。手当てするから」
「ありがとう、そうさせて貰うね」
遠慮なく膝の上に頭を上向きで乗せさせてもらう。程よい胸の形と彼女の顔がよく見えた。ガーゼを挟み手で切って塗り薬をそれに塗ると、彼女は両頬へと張り付けてから、紙バンでそれを貼り付けた後に、両手で私の頬を包み込んだ。
「どう、かな」
「気持ちいいよ」
熱を持った傷口に彼女の冷えた両手が程よく当たって気持ちが良い。部屋には陽の光が入ってきており、それが彼女の姿を照らしていて美しい。私を覗き込むように見つめて来る彼女が、ニタリと笑ったり、冷徹な笑みを見せたりとしているので、私は彼女が私の言葉をまだ疑っているのだと理解した。
「さて、話の続きだ」
両頬を抑えている彼女の両手を私の両手でそのまま握ると、私はその表情を見つめたままで再び説法を始めた。数十分後には顔を真っ赤にして、なんとも言えぬ幸せそうな表情を浮かべる彼女を見たとき、私はしっかりと理解してもらえたと安心したのだった。
彼女が綺麗と認めるまでは…。 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki
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