第10話 時橋 夜光⑦

 行動起こしたとは言っても、俺がやったことは単純明快なことばかりだ。

まず俺は、ネット通販で媚薬を購入した。

効果はかなりきつく、瓶に入っている分をまるごと1度に使えば、俺でも60代のばあさん相手でも欲情するかもしれない。

俺も個人的に世話になっている代物だが、今回は少し用途が違う。

それともう1つ、俺が購入したものがある……防犯用の小型カメラだ。

映っている内容はスマホに送信できるようになっている優れもの。

だが、媚薬はギリいけたとして、さすがに小型カメラは夕華が買えるような物じゃない。

そこで俺は、夕華を使って深夜にカメラを購入させた。

夕華には”夕華がいない間、1人だと不安だから”と女々しい理由を適当に言ったら、あっさりカメラを手に入れることができた。


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 俺は購入した媚薬とカメラを持って、サッカー部が合宿をしている宿に向かった。

場所は夕華を通して昼奈から確認している。

距離的に交通費がさほど掛からなかったのが幸いだった。

夕華にはネットカフェに泊まると適当な嘘で誤魔化した。


「まあ、1日くらいは持つだろうな・・・」


 察しの良い奴ならわかると思うが、俺がこれからしようとしているのは、盗撮だ。

内容はリョウと昼奈の情事。

ネットにそれをバラまけば、女である昼奈のダメージは相当だろうな。

リョウだってキープしている女たちにこの動画を見られたら、タダで済むとは思えない。

”俺の”強姦事件に比べたらインパクトに欠けるが、俺はあいつらに屈辱を味合わせたくてしかたなかった。


※※※


 宿に到着すると、俺は堂々と玄関から中に入った。

一応マスクや帽子で顔は隠しているが、ここに来る前にリョウ達が練習を始めているのを見かけたから、バレる心配はまずない。


「あっ! お客様ですか?」


「はい。 一晩泊めてほしいんですが?」


「ごめんなさいね。 今、団体の客が合宿していて、ほとんどの部屋は埋まってるんですよ。

何せウチは見ての通り、小さな宿だからね。 空いているとしたら、隅っこにある小さな個室くらいしか・・・」


「じゃあ、そこで構いません」


「ごめんなさいね。 おわびに宿泊代、少しサービスするから」


 その後、俺は適当な偽名を使ってチェックインすることにした。

時橋夜光なんて名前ざらにはいないだろうからな。

万が一、管理人のばあさんから名前が洩れたら面倒だ。

あと、ばあさんは謝っていたけど、俺は最初から隅にある部屋に泊まるつもりだった。

ここなら構造的に万が一昼奈達と出くわしてしまった!なんて可能性は低いからな。

ネットで軽く調べた程度だが、この宿にはあまり宿泊客が来ないみたいだ。

まあ、自然あふれるのんびりとした場所ではあるが、周囲には様々なスポーツ用のコートやグラウンドしかなく、コンビニどころか民家1つ建っていない。

そのためこの宿は、リョウ達みたいな合宿に来る連中で成り立っている。

とはいっても、10人ちょっとしか泊まれない小さな宿には違いないがな。


※※※


 俺は部屋に着くとしばらく時間が過ぎるのを待ち、食堂に向かった。

食堂の奥はキッチンになっていて、さっきのばあさんが夕食を作っていた。

漂う香りから、すぐにカレーだとわかった。


「カレーですか?」


「あっ!お客さん。夕食はまだですよ?」


「その夕食なんですけど・・・できれば自分の部屋で食べたいんです。

恥ずかしながら、人の多い場所は苦手でして・・・」


「フフフ・・・わかりました。 カレーができたら、部屋にお持ちします」


「ありがとうございます」


 俺はばあさんの隙を見て、カレーの入った鍋に持っていた媚薬を1ビン丸ごと注ぎ込んだ。

味も匂いも強めなカレーの中なら、おちょこ2杯くらいの媚薬に気付く人間はいないだろう。

気づける人間がいたら、そいつの前世は犬だな。


※※※


 夕方になり、リョウ達が宿に戻ってきた。

あいつらは汗まみれな体をきれいにするため、すぐに大浴場に飛び込んでいった。

俺は物影に隠れて全員が部屋から出て行ったを確認すると、昼奈の部屋の前に立った。


「・・・やっぱりな」


 昼奈の部屋のノブを回すと、ドアは簡単に開いた。

あいつは昔から寝る時以外は部屋のドアに鍵を掛けない癖がある。

理由は単純に面倒の二言。

半信半疑だったけど、案の方だったな。

まあ開いていなかったら脱衣所に置いている部屋の鍵をパクることもできたんだけど。


※※※


 俺は昼奈の部屋に忍び込むと、エアコンの上にカメラを仕込んだ。

ここならパッと見ても気づかれることはないだろうし、万が一バレたとしてもこんなどこにでも売っているようなカメラじゃ俺にたどり着くのは多分無理だろう。

ちなみにリョウの部屋はサッカー部の後輩と相部屋だから、昼奈を部屋に誘ったりはしないだろう。

人に見せつけたい性癖があれば話は別だけど。

女子は昼奈しかいないから、彼女が個室になるのは必然だ。


※※※


 そして夕食が終わり、リョウ達はそれぞれの部屋に帰って行った。

あとでばあさんが俺の部屋にカレーを持ってきたが、無論手を付けず、持ってきていたコンビニ弁当で腹を満たした。


※※※


「・・・!! マジかよ・・・」


 翌日、スマホに送信されていた動画を見て驚いた。

そこに映っていたのは昼奈とリョウの情事だけではなく、サッカー部の連中と顧問の高橋のレイプまで映っていたからだ。

昼奈とリョウのことばかり考えていて、すっかり見落としていたが、カレーを食べたのは2人だけじゃない。

サッカー部の連中も高橋も全員、媚薬入りカレーを食ってるんだ。

そう考えたら、この動画も理解できないこともない。

サッカー部の奴らは全員イケメンでルックスも良い。

そんな連中なら女を食うなんて日常茶飯事だろう。

もしも媚薬入りカレーを食べたのが普通の男なら、ほとばしる性欲を自分で処理するだろう。

だが、食ったのが女に不自由しないサッカー部のイケメン共なら、それは厳しいだろうな。

そうでないとしても、女っ気のない合宿で処理に必要な道具を持ってくる奴はまずいないだろうし、いたとしても、相部屋でやるのはきついだろう。

少なくとも俺には無理だ。


※※※


 昼奈は朝の内に帰って行った。

チラっと顔を見たが、目は虚ろになっていて、顔からは生気が消えていた。

彼女が去った後、サッカー部の連中と高橋は昼奈のいた部屋からレイプの痕跡を消し、何事もなかったかのように練習に行ってしまった。

その中にリョウも含まれているのは意外だったが、浮気性なあいつのことだから、昼奈に愛想尽きたのかもしれないな。


※※※


 俺はリョウ達が宿から出て行ったのを確認すると、昼奈の部屋のカメラを回収した。

あいつら床ばっか気にしていて、誰1人カメラに気付かなかったな。

まあ、今更気付いたとしても、映像はスマホに送信されているから無駄だけどな。

そして俺はすぐにチェックアウトして、宿を出た。

ばあさんの様子がおかしいように見えたけど、予想以上の収穫に興奮している俺にはそんなことはどうでも良かった。

今思えば悪いことしたなとは思うが、相手にされるのは勘弁だ。


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 宿から帰ってから3日くらい経ったある日の夜。

俺はパチンコ屋からいつも世話になっているネットカフェに向かっていた。


「・・・? あれは・・・」


 道中ホテル街(ラブの方)を歩いていると、俺の目に懐かしい顔が写った。

それは俺の元義家族の1人、深夜だった。

深夜はラブホテルの前で腕時計をチラチラ見ながら誰かを待っている。


「もしかして・・・」


 俺はもしやと思い、物影に隠れてスマホのカメラを奴に向けた。


「おじさん、待った?」


 しばらく待っていると、案の定1人の女子高生が深夜に駆け寄ってきた。

まあ、子供に悪影響だからって、朝日とはずいぶんご無沙汰みたいだったからな……。

中年とはいえ深夜も男だ。

日頃溜っているストレスを女で発散したい気持ちはわかる。

むしろ、ヤらせてもらえない朝日とよく続いていたなと感心するくらいだ。

だからまあ、深夜の女遊びに関しては別に驚きはしなかった。


「遅いよ、リカちゃん。 ラブホテルの前で俺みたいな中年がウロチョロしてたら職質されるよ」


「あっ・・・」


 その時、俺は女子高生の顔を見て驚いた。

そこにいたのは俺をハメた女、天童リカ。

天童はお詫びと言わんばかりに深夜とキスをかわす。

無論俺は、そのキスをスマホに納めた。

誤解のないように言っておくが、別に俺が天童をけしかけた訳じゃないぜ?

運命のイタズラか・・・そうでなければ俺に対するドッキリか・・・どちらにしても、これを逃す手はない。


「ごめんね? ちょっと色々立て込んでてさ。 今日はたっぷりサービスするから許して」


「全く、仕方ないなぁリカちゃんは・・・」


「あっ・・・ちょっとおじさん、ここじゃダメだよ」


「お詫びの前借りだよ」


「もう・・・」


 天童と深夜はその場でしばらくイチャつき、ホテルに入っていった。

その一部始終をスマホのカメラに納めたあと、俺はその場を静かに去った。


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 後日、俺は深夜のパパ活写真を元自宅のポストに入れてやった。

郵便物は大抵朝日が確認しているし、平日の昼だったから、会社にいる深夜が先に確認することはできるはずがない。


※※※


 俺がこんなことをしたのは朝日たちに対する親切心なんかじゃない。

もちろんあの家族をバラバラにしてやりたい気持ちはあった。

でもそれ以上に俺は試したかった……。

あいつらは俺を家族の名に泥を塗った裏切者として追い出した。

だったら、俺以上に家族の絆が強い深夜の裏切りなら、あいつらはどうするのか?

俺は常々、あいつらから”家族は何よりも大切”だの、”家族は支え合うもの”だのとずっと言い聞かされていた。

あいつらがその言葉を本当に実現できるか気になった。


※※※


 でも結果は離婚。

しかも朝日は深夜の会社にパパ活のことをバラして、解雇にまで追いやった。

父親として深夜を尊敬していた夕華でさえ、「2度と会いたくない!」と害虫のように毛嫌いしていた。


「何が家族だ・・・何が絆だ・・・結局は他人じゃないか・・・」


 俺はあっけない家族の終わりに、つくづくがっかりした。

そして俺は踏ん切りがついた。


「俺はもう誰も信じない・・・誰も受け入れない・・・」


 俺はリョウとサッカー部を潰すべく、ネットに例の動画を流した。

残念なことに、俺には細かい編集スキルはないので、プライバシーを守ることはできなかった。

だが結構長い動画なので、細かく区切って流すことはできた。

細かくして動画の数を増やせば、人の目につきやすいだろ?

昼奈が巻き添えを喰らおうが知ったことじゃない。

あいつだってしょせん他人。

他人が傷つこうがどうなろうが知ったことじゃない。


※※※


 ネットに流れた動画はすぐに大勢の人間に見られた。

その結果、サッカー部の連中はほとんど退学か少年院行き。

停学になった奴らを後ろ指をさされているそうだから、自主退学もそう遠くないだろうな。

顧問の高橋は刑務所によるとブチこまれたときく。

もちろん教師は懲戒免職となり、嫁と子にも愛想つかされて逃げられたそうだ。

後日、町中で1度シャバに出てきた高橋を見かけたことがあるが、前とは別人みたいに老けていた。

リョウは一時、彼女を寝取られた悲劇の主人公みたいな扱いを受けていたが、

奴に遊ばれていた女達が動画でリョウと昼奈の関係を知り、リョウに詰め寄ってきたため、周囲は手の平を返すようにリョウを”浮気野郎”と罵るようになった

昼奈の方は友達の彼氏を寝取ったビッチ女と話題になっていた。

小耳にした情報によると、レイプされて意識が朦朧としていた昼奈と彼氏が交わっている部分だけを見た女子が勘違いしたっぽい。

細かくした動画がこんな事態を生み出すとはな……。


※※※


 あっ! 言い忘れてけど、天道も実は退学処分を言い渡されたんだよな。

朝日が不倫の慰謝料を天道に請求したことがきっかけてパパ活がバレてしまい、学校で孤立してしまったんだと。

まあ、慰謝料はあいつの両親が代わりに払ったみたいだけど、それを手切れ金として、天道は勘当されたらしい。

結局学校も退学となり、風の噂じゃ別の町でパパ活して食いつないでいるとか……。

そして、学校全体にも教育委員会や周囲から厳しい目が向けられていると聞く。

俺がはめられた強姦事件・・・合宿中の昼奈強姦事件・・・天道のパパ活。

そりゃあ、これだけ風紀の乱れた出来事が起きれば、そうなるのも無理はないよな。

影じゃ、淫乱学校なんてあだ名で呼ばれているし、そこに在籍している生徒たちも、金さえ払えば体を提供してくれる頭のない子供ばかりと噂されている。

それが災いして、入学する生徒が激減し、後に俺のいた学校は廃校となった。

まあ、それはもう少し後の話だけどな。


※※※


 色々なことがあったけど、何より驚いたのは昼奈が車にはねられて死亡したことだ。

夕華はかなり悲しんでいたけど、俺にとって昼奈は他人でしかないため、涙すら流れなかった。

噂によると、学校では未だに昼奈は彼氏を寝取った性悪女と噂されている(特に女子)。

ネットでも『ビッチざまぁ』、『地獄で男とヤってろ』など、

誹謗中傷が後をたたない。

死んでもなお、こんな扱いを受ける昼奈をこの時の俺はつくづく滑稽に思えた。

また、朝日は昼奈の死を知ったことで精神を完全に壊し、どこかの病院に放り込まれたらしいが、これも俺にとってはどうでもいい話。


※※※


 それともう1つ……。

実は俺、あの強姦事件の後、リョウに会ったことがあるんだよな。

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