第9話 時橋 昼奈③

 リョウ君から突然別れを告げられた後、私はすぐに家を飛び出し、彼の家に走った。

今日は日曜日だし、合宿も終わっているはずだから。

道中何度も電話を掛けるも、着信拒否設定にされていた。


「リョウ君お願い!! 出てきて!!」


 インターホンを連打しつつ、私はドアを叩きながらリョウ君の名前を叫ぶ。

よく考えたら、日曜だからってリョウ君が家にいるとは限らない。

行動力が人一倍すごいリョウ君なら、友達と遊びに行ってたって何の不思議もない。

だけど、この時に私にはそんな簡単なことを考える余裕すらなかった。

ただひたすらリョウ君に直接会って”あれは冗談だ”と言ってほしかった。


※※※


 2時間くらい粘ったけど、リョウ君は結局姿を見せてくれなかった。

私は近所の人が通報した警官に保護され、厳重注意を受けた後、家に帰された。


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 翌日、私はリョウ君の家の前で学校帰りの彼を電柱の影に隠れて待っていた。

学校に登校して会いに行けば簡単かもしれないけど、今の私にはできなかった。

長期間の引きこもり生活と精神的なダメージで、私の顔は別人のようにやつれてしまっていた。

こんな顔、学校のみんなに見せたくない!!


「・・・あっ!」


 辺りがすっかり暗くなり、あちこちの電灯に光が灯った。

そして、暗闇の中からリョウ君が歩いてきた。


「リョウ君!・・・えっ?」


 リョウ君の前に立ちふさがった私の目に、意味の分からないものが映った。


「西岡君、この人知り合い?」


 リョウ君の隣にいたのは同い年くらいの女の子だった。

私とは違う制服を着ているから、多分他校の子だ。

しかも、2人共恋人同士みたいに腕を組んでいる。


「いいや。 こんなの知らない」


「なっ何言っての!? 私はリョウ君の彼女でしょ?」


「意味のわからないことを言うな。 俺の彼女はこの子だけだ」


 リョウ君は見せつけるかのように女の子の肩を抱き寄せた。

それが、私の残った希望を打ち砕く杭を差し込んだ。


「じょっ冗談はやめてよ。 私達、愛し合ってたでしょ?」


「君こそくだらない妄想話はやめて帰れよ」


「もっ妄想じゃない! これ見てよ!」


 私はスマホの待ち受け画面を突き付けた。

そこには、私とリョウ君のツーショット写真が写っていた。

これは、私とリョウ君が初めてデートした時に取った思い出の写真。

女の子は信じられないと顔で訴えているけど、リョウ君は顔色1つ変えなかった。


「こんな画像、今どきいくらでも合成できる。 片思いはいいが、俺達に迷惑を掛けるようなことはしないでくれ」


「・・・」


 私は言葉を失った。

だって・・・私達の思い出の写真が合成写真だって言い張るんだよ?

その上、リョウ君にとって私は迷惑でしかないの?


「行こう。 この子、頭がおかしいんだ」


「うっうん・・・」


 リョウ君は放心している私を無視して女の子を連れて家に入ろうとする。


「まっ待って!リョウ君! こんなのあんまりだよ!!」


 私は無我夢中でリョウ君の腕を両手で掴んだ。

ところがリョウ君は、心底嫌そうな・・・軽蔑するような目で私を睨んだ。


「離せ! アバズレ!!」


「あぐっ!」


 リョウ君は私のみぞおちに蹴りを入れ、 私を引きはがした。

蹴りをモロに受けたことで、腹部に鈍い痛みが走った。


「ちょっちょっと!西岡君! いくらなんでもやりすぎじゃ・・・」


「いいんだよ。 向こうがしつこいのが悪いんだから」


 リョウ君は痛みに苦しんでいる私に目も向けず、女の子と家の中に入って行った。


「リョウ君お願い!! 私の話を聞いて!! 私のことを見捨てないで!!」

 

 腹部の痛みを忘れ、私はドアを何度もたたきながら叫んだ。

でも結局、ドアは開くことはなく、リョウ君が通報した警察によって私は強制的に家に帰された。

警官には「もう彼に近づかないでね? 次にまた同じことをしたら、前科がつくよ?」と恐ろしい警告され、私はリョウ君に会う機械すら失われた。


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 また部屋で1人になった私の頭はめちゃくちゃになっていた。

なんでリョウ君に捨てられたの?

私がみんなに犯されたから?

抵抗できなかったから?

男の子にとって、強姦は浮気と同じなの?

・・・わからない。

もう何もわからない・・・。


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 ・・・でも、私に降りかかる不幸はまだ終わらなかった。


「これはどういうこと!?」


「そっそれは・・・」


 お父さんとお母さんがリビングで言い争っていた。

その原因となっているのが、テーブルに広げられている2枚の写真。

1枚目にはお父さんと女子高生が路上で恋人同士みたいにキスをしている姿が、

2枚目には2人でホテルに入っていく姿がそれぞれ写っていた。


「この子と浮気していたの?」


「ちっ違う! そもそもなんでそんな写真を・・・」


「そんなこと今はどうでもいいでしょ!? 今はこの写真の真意を話しなさい!!」


 その2枚の写真は、夕方ポストに入っていたのをお母さんが見つけたんだ。

誰が取った写真か知らないけど、お母さんは顔を青ざめて、返ってきたお父さんをすぐに問い詰めた。


「す・・・すまん。 最近仕事が忙しくて・・・この子とはちょっとしたストレス発散と言うか・・・」


「ストレス発散? あなたはストレスを発散させるために、浮気をしたって言うの?」


「ちっ違う! この子とはそんな関係じゃない! ほらっ、パパ活ってあるだろ?

あれだ! お金を渡してサービスしてもらっていただけだ」


「何がパパ活よ! 浮気だけじゃ飽き足らず 家族のための大切なお金まで貢いでいたなんて、恥を知りなさい!!」


 バチンッ!!


 この時初めて、私はお母さんがお父さんに手を上げる姿を見た。

お母さんは悔し涙を流し、今まで見たこともないような怒りが顔に浮かんでいた。

お父さんは平手打ちを喰らった衝撃で尻餅をついてしまった。


「あなたのような浮気者なんかとは一緒にいられません! 離婚よ!! もちろん、慰謝料も頂きます!!」


「りっ離婚なんて大げさな・・・そっそれに慰謝料まで取るなんてあんまりだろ?」


「何が大げさよ! 今まであなたを支えてきた私達裏切っておいて!!

こんなことになるのなら、あなたみたいなクズなんかと結婚しなきゃよかったわ!」


「クソッ!言いたい放題言いやがって!! 俺がどれだけ仕事で頑張ってきたと思ってるんだ!?

毎日毎日遅くまで働いている俺に労いの言葉も掛けず、それが当たり前みたいな目でいつも俺を見下しやがって!!」


 今までお母さんにほとんど口答えしなかったお父さんが初めて啖呵を切った。


「あなたは夫であり、父親でもあるのよ!? 家族のために働くのは当たり前でしょ!?

あなたこそ家事を全部私に押し付けて、ゴミ出しもロクにしてくれたことないじゃない!!」


「それがどうした!? 家事をするのは妻の仕事だろ!? だいたいお前が働かずに今まで暮らせて来れたのは、俺が稼いだおかげだろうが!!」


「偉そうに言わないでよ! 金を稼ぐことしか能がないくせに!! あんたなんか一生、私達のATMとして生きて行けばよかったのよ!!」


「それがお前の本音だろう!? そんなお前が嫌だったから、私はあの子に惹かれたんだ!!」


「良い歳して女子高生に惹かれるなんて気持ち悪い!!」


「お前のようなヒステリックババアに比べたら、彼女の方がよっぽど魅力的だ!!

離婚には応じてやる!! 2度とその顔を見せるな!!」


 お父さんはそう吐き捨てると、家から出て行ってしまった。


※※※


後日、お父さんとお母さんは離婚した。

お父さんの裏切りが許せなかったお母さんはお父さんの会社にパパ活のことをバラし、

それが原因でお父さんは解雇になった。

お父さんは慰謝料と養育費を一括で支払った後、行方がわからなくなってしまった。

私と夕華はお母さんについていくことになり、住んでいた家も売り払って私達は引っ越した。

私はそれを機に、学校もやめた。

もともと出席日数やばかったから、遅かれ早かれこうなっていただろうけどね。

でもこうなった以上、私も引きこもってばかりじゃいけない。

私は少しでも家計の助けになりたいと思って、家の近くにあるコンビニでアルバイトを始めた。


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 お父さんとお母さんが離婚してから数ヶ月経った。

お母さんはお父さんに裏切られたショックから、家に引きこもるようになってしまった。

夕華は高校卒業と同時に働きに出るって言っていたっけ。


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「今日も疲れたな・・・」


 私はその日もいつも通りコンビニで働いて、家に帰ろうとしていた。

冷たい風が私の肌に牙を剥く。


「早く帰ろ・・・あっ!」


 私の前に、1人の女子高生が立ち塞がった。

彼女達は私の元同級生で、1番仲良くしていた子。

久しぶりの再会なのに、なぜか私を睨みつけてくる。


「どっどうした・・・」


パチンッ!!


 私が言葉を紡ぐ前に、留美ちゃんが私の頬を思い切り叩いた。

私は訳が分からず、ヒリヒリする頬を抑えた。

すると、留美ちゃんが自分のスマホを突き付けてきた。


「これ、どういうこと?」


「えっ?」


 彼女のスマホには、サッカー部のみんなに囲まれている私が弄ばれている動画が流れていた。

それは合宿の時に私が強姦された動画だった。


「な・・・なんでそんな動画が・・・」


「ちょっと前にネットにアップされていたのを見つけたの・・・それより質問に答えてよ!」


「そっそれは・・・いきなりみんなに襲われて・・・」


「襲われたって言う割には、あんた全然抵抗してないじゃない!」


 動画の中の私は、サッカー部のみんなに良いようにされているにも関わらず、抵抗らしい抵抗を全くしていなかった。

明確に覚えている訳じゃないけど、あの時は意識が朦朧としてしまって、抵抗する気力もなくなってしまってたと思う。

でもこのシーンだけ見ると、私が合意の上で行為に及んでいるように見えるのかもしれない。

少なくとも留美ちゃん達にはそう見えるみたい。


「この中に私の彼氏がいるのも知ってるよね?」


「だっだから襲われて・・・」


「あんたの体目当てでサッカー部全員があんたを襲ったて言うの?

どんだけ自意識過剰な訳!?」


「ちっ違う! 私は本当に!!」


「だいたい本当に襲われたって言うなら、なんでこんな動画が出回ってるの!?

大方、あんたが記念に撮ったんでしょ!?」


「そっそんなことしてない!」


「彼氏に聞いたら、あんたが誘惑してきたって言ってわよ!?」


「違う! 誘惑なんか!! そんな動画も知らない!!

信じてよぉぉぉ!!」


「さわんないでよっ! 気持ち悪い!!」


 涙ながらにすがりつく私を、留美ちゃんは手で払いのけ、害虫でも見るかのような視線を尻餅をついた私を見下ろした。


「あんたみたいなビッチ女、絶交よ! 2度と顔を見せないで!!」


 留美ちゃんは足早にその場を去っていく。

もう私には何がどうなっているのかわからない!

愛するリョウ君に捨てられ、大好きな家族もバラバラになり、1番の親友にも信じてもらえなかった。

なんでこんな目に合わなくちゃいけないの?


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 私はその足で家に帰り、自室でスマホに入っている写真を眺めていた。

こうしていると、昔の幸せだった時のことを思い出せて、少し胸が温かくなるんだ。


「・・・あっ!」


 画面をスクロールしていると、1枚の写真が私の目に止まった。


「夜光・・・」


 そこに写っていたのは、夜光が高校に上がった時に、学校の前で取ったツーショット写真だ。

私の脳裏に、夜光が去って行った夜の光景が蘇った。

私達に見捨てられた夜光の絶望しきった顔は今でも鮮明に記憶に残っている。


「夜光・・・あなたもこんな気持ちだったの?」


 よく考えたら、夜光はあの時何度も身の潔白を主張していた。

あの時はリョウ君の証言や証拠写真を信じ切っていて、夜光の言葉を聞こうともしなかった。

でももし、夜光が本当に潔白だったら?

平然と女を捨てて乗り換えるようなリョウ君の証言なんて、今思えば信用しきれない。

良く考えたら、なんでリョウ君たちはタイミングよく夜光を取り押さえることができたの?

あんな人の出入りの少ない場所に、わざわざ足を運ぶなんて、偶然にしては少し違和感がある。

ひょっとすれば、夜光は濡れ衣を着せられただけなんじゃ?

もしそうだとしたら・・・。


「・・・探さなくちゃ!」


 私は夜光ともう1度直接話すチャンスを得るために、夜光が去って行った夜の闇の中へと駆け出した。


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 夜光を探そうと躍起になってみたけど、手がかりなしで闇雲に探しても、見つける可能性は極めて低い。

だけど、私には諦めると言う選択肢はなかった。

何も残っていない私ができることは、これくらいしかないんだから。



※※※


「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」


 町中をあちこち探してみたけど、やっぱり夜光は見つからなかった。

目撃者も探してみたけど、収穫ゼロ。

体力も限界を迎えてしまい、足が鉛みたいに重く感じる。

1度家に帰って翌日から改めて探そうかな・・・そう思っていた時だった。


「・・・!! 夜光!!」



 私の視界に、夜光の姿が写った。

最後に会った時と比べると、なんだか近寄りがたい雰囲気だけど、そんなことは今、関係ない!!



「夜光!! 待って!!」


 夜光と距離があるせいか、周囲が人で混雑しているからか、彼は私に気付かない。

このままじゃ見失うと思った私は、疲労なんか忘れて真っすぐに駆け出した。


※※※


 その時の私には、夜光の姿しか見えていなかった。

私は昔から、1つのことに集中しすぎると、周りが見えなくなってしまう。

・・・だからかな?

赤に変わっていた信号にも、横から走って来る車にも全然気づくことができなかったのは……。


「!!!」


  次の瞬間、私の体は光に包まれるのと同時に、大きな衝撃で跳ね飛ばされた。


「・・・」


 体中がとっても痛い……。

視界は横に傾ていて、目の端に赤い血だまりがうっすらと見える。

周りがなんか騒いでいるみたいだけど、よくわかんないや……。

・・・私のバカ。

なんでこんな時にまた引かれちゃうの?

夜光と話をしないといけないのに、全然体が動かないや……。

声も全然出ない……。


 ・・・でもきっと大丈夫だよ。

あの時だって助かったんだから。

今回もきっと大丈夫!

だから元気になったら、夜光を迎えに行こう……。

今度こそ、夜光を信じて守っていこう!

なんかだんだん瞼が重くなってきたな……。


 ハァ・・・せめて夜光に面と向かって言いたかったな・・・ごめんなさいって・・・。

私の意識はそこで途切れ・・・2度と目を覚ますことはなかった。

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