第11話 西岡 リョウ①

 物心ついた時から、俺は孤児院で生活していた。

両親は母の不倫が原因で離婚し、父が俺を引き取った。

だが父は、手を焼かす俺を疎ましく思い、日常的に暴力をふるっていた。

体中アザだらけで、毎日震えて過ごしていた。

俺が4歳になった頃、父は虐待の罪で警察に逮捕され、俺は孤児院に引き取られた。

母もすでに別の男と結婚していて、俺を引き労とも思わなかったようだ。


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 孤児院での俺は遊びも勉強もかなりレベルが高く、スタッフからは神童と呼ばれていた。

そんな俺は当然、みんなの中心でリーダー的な立場を取っていた。

みんなが俺を慕うその目が、俺はその辺の子供と違うと訴えてくるように感じる。


※※※


 そんな俺には、悪い意味で気になる男がいた。

そいつの名は夜光。

奴は男遊びの激しい女から生まれたという汚らわしい男だ。

母親というものに嫌悪感を抱いていた俺にとって、奴は人を腐らせるゴミに見えた。

しかも奴の母親は性病だったと聞く。

当時の俺には意味がよくわからず、ばい菌みたいなものだと認識していた。


「ねぇ、みんな。 夜光に近づかない方がいいよ?

あいつ、ばい菌の塊なんだって」


「えっ? そうなの?」


「そうだよ。 しゃべっただけでみんな汚くなっちゃうよ?」


「えぇ!! 僕あいつにさわっちゃったよ!」


「大変! すぐに手を洗わないと、ばい菌になっちゃうよ!」


 俺は夜光がばい菌であると言う話を孤児院のみんなに積極的に広めていった。

子供じみた話しだが、俺はその話を信じて疑わなかった。

だからこそ、俺がみんなを守ろうと注意を呼び掛けていた。

その影響で、奴は孤児院で孤立し、誰にも全く相手にされなくなった。


「みんな! 夜光に近づいちゃだめだよ?」


「うん!」


「わかってる!」


 俺は奴の脅威からみんなを救った英雄だと自分を誇らしく思っていた。


※※※


 8歳になった年、俺は西岡 総一郎と言う男に引き取られた。

彼はとても人柄が良い上に金持ち。

まさに俺の父親にふさわしい男だ。

彼は偶然、公園でサッカーをしていた俺を見かけ、素晴らしい才能があると見抜いたのがきっかけだ。

俺は彼の期待に応えるために、学校での成績を常に上位をキープし、サッカーとしての実力も身に付けていった。

父は早くに妻を病気で亡くし、1人息子のカケルと2人で暮らしていた。

カケルは俺より3つ年下の義弟。

生まれた時から体が弱く、ほとんどの時間を病院のベッドで過ごしている。

カケルは顔立ちの整った子で、とても礼儀正しく、血のつながらない俺に対しても、

友好的に接してくれた。

そんな俺の学校生活に1つ汚点があった。

それは、夜光だ。

どういう因果か、奴は小・中・高、ずっと同じ学校で出会ってしまった。

小学生時代は、孤児院での名残りから、奴をばい菌や汚物として扱っていた。

扱っていたとはいっても、別に暴力をふるった訳じゃない。


「ばい菌をやっつけろ!」


「えいっ!」


「・・・」


 俺は、保健室などの壁に貼られている手洗いうがいのポスターを見て、”ばい菌は石鹸に弱い”と考え、備品の石鹸を友達と一緒に奴に投げつけただけだ。

これをいじめと呼ぶ奴らをいたが、はっきり言って名誉棄損だ。

そもそも、子供のやることにいちいち本気になる方がおかしい。

暴力もしてなければ、靴やペンを隠すようなこともしていない。

俺から見ても、ただのじゃれ合いにしか思えない。


※※※


 中学3年になった頃からは、石鹸を投げるのをやめ、アルコール消毒液をぶっかけるようになった。

このころになると、人に物を当てると言う行為に抵抗感を持つ連中が多くなったからな。


「やめてっ!」


「はぁ? 俺らはきれいにしてやろうとしてるだけだろ?」


「人の親切は素直に受け止めろよ?」


 アルコールを掛けるだけなら、誰もいじめだなんて思わないだろうな。


「やめなさいっ!」


 だが1人だけ、そう思わない女がいた。

奴は時橋昼奈。

夜光の義姉だ。


「いじめなんてやめなさい!」


「いじめ? 俺らがいつそんなことしたんだ? おいっ!時橋、俺らは仲良しだよな?」


「・・・」


 奴は無言で去って行き、昼奈も後を追って行った。

昼奈はいつもこうやって俺のやっていることはいじめだとほざく、頭のおかしい女だ。

ルックスは俺好みだが、頭がないのが惜しい。


※※※


 高校生になっても、夜光へのからかいを続けていたが、次第に飽きがきた。

あいつはいつも抵抗せず、同じリアクションばかり。

友人たちも同じ意見だそうだ。

このころの俺はサッカー部のエースとして色々期待されていたからな。

こんなゴミを相手にする時間なんか使う暇もない。

それに、俺には複数の女がいる。

俺のルックスと才能があれば、女が寄って来るなんて必然。

とはいっても、本気で付き合っている女は1人もいないがな。

どいつもこいつも俺の品位を下げる女ばかり。

だけどこれは俺にとって浮気ではなく、行ってみれば品定めのようなものだ。

俺レベルの男と釣り合える女はそういないからば。

最も高得点なのは昼奈くらいだが、奴は夜光のことで俺に嫌悪感を抱いている。

俺は昼奈の中の俺のイメージを変えるため、広い人脈を駆使して複数の男を金で雇った。

奴らに昼奈を襲わせて、俺が彼女を救うという昔の漫画みたいな話だ。

だが、頭が空っぽな女にはこういうわかりやすいことに食いつきやすい。

俺は適当な演技を見せた後、昼奈に電話番号の入ったメモを渡した。


※※※


 その翌日、昼奈は俺を呼び出した。

まだ夜光のことで俺を警戒していたみたいだったが、俺が足を痛めたとアピールし、お涙頂戴の適当な話をすると、奴はどんどん俺に対してメスの顔を見せてきた。

正直、笑いをこらえるのに必死だった。

適当と言っても俺が話したのは夜光の過去を自分に当てはめただけで、100%作り話と言う訳じゃない。

あれほど大切だと言っていたくせに、弟の過去すら知らないとは、つくづくバカな女だ。

夜光をいじめないことを誓わされたが、あのゴミ自体に飽きていた俺には何のデメリットにもならない。

そして俺は、昼奈と言う女を手に入れた。


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 昼奈の両親は最初こそ俺を快く思ってはいなかったようだが、

昼奈が信じている例のバカ話を真に受け、さらに俺の表面上の人の良さを知り、あっけなく受け入れた。

親子そろってバカばかり……。

夜光ももちろん反対していたようだが、昼奈はこちら側についた以上、何も言うことはできないだろう。

それと昼奈の妹の夕華って子がいるらしいが、昼奈に似てなかなかいい女だ。

キープしれおこうと接してみたが……。


「やめてくださいっ!」


「そんなこと言わないでくれ。 俺はただ、夕華ちゃんと仲良くしたいだけなんだ」


「馴れ馴れしく呼ばないでください。 そもそもあなたはお姉ちゃんと付き合っているんでしょう?

だったらお姉ちゃんを大切にしてあげてください!」


 この女はなぜか俺になびかなかった。

俺がちょっと声を掛けたら、大抵の女は落ちるはずだ。

俺は何度か迫ったが、あいつは俺に興味を示すどころか、汚物を見るような目で俺を見るようになった。

ここまで強情な女は初めてだったが、時橋家に通っていく内に、俺は彼女の真意に気付いた。


※※※


 昼奈の話だと、夕華は毎日のように夜光に対して激しく罵っているようだ。

実際に何度かその光景を見たことはある。

だが、夜光が夕華の罵声に落ち込んでその場を去った後、必ず彼女の目は後悔の色に変わる。

多くの経験を積んだ俺だからわかるが、夕華は夜光に好意を抱いている。

憶測にしかならないが、俺はそう確信した。

それと同時に許せない思いが募った。

美しい女が俺よりもあんなばい菌野郎を選ぶなんて、俺のプライドが許さない!

美しい女は俺のような完璧な男の元に集うべきなんだ!

どんな小細工をしたのか知らないが、ゴミはゴミらしく惨めに1人で生きていればいいんだ。


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 ある日の昼休み。

俺はサッカー部の友達2人を連れて社会科資料室に潜んでいた。

しばらくすると、協力者である天道リカが夜光を連れて入ってきた。

天道は一見清楚だが、中身はパパ活大好きなビッチ女。

金を餌にしたら簡単に協力してくれる、昼奈以上にバカな女だ。

俺は入ってきた夜光の目が慣れない内に奴を拘束し、下半身を露出させた。

思った通り、男の魅力など皆無だったな。

これをネットにばらまけば、夕華は夜光に幻滅するはずだ。

そうなれば、あの女は俺のものになるだろう。

それに、ゴミカス野郎とはいえ、俺の女になった昼奈のそばに男がいるのは癪に障る。


※※※


 だが、予想外なことが起きた。

高橋先生が資料室に入ってきたことだ。

天童はとっさに、"夜光が天童を襲った"と告げ、俺達も口裏を合わせた。

予定とは少しずれたが、結果的に夜光は退学処分が下り、

家までも追い出された。


※※※


そこまでは上出来だったんだが、夕華はそれ以降も俺になびくことはなかった。

それどころか、あの事件以降やたら俺を敵視するようになった。


「あんな面倒な女はもういい」


 俺は夕華から手を引いた。

外面がよくても中身は最悪に近い。

こんな女は夜光のような底辺男にでもくれてやる。


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 地区大会に向けて、俺はサッカー部の合宿に来ていた。


「うっ!・・・なんだ? この感じ」


 夕食のカレーを食べた後、俺の体が熱を持った

最初は風邪を引いたのかと思ったが、その割には下半身に元気がみなぎる。

理由はよくわからないが、異常に高ぶった性欲を放出しなければ、精神的にも身体的にもきつい。

幸いにも、ここには昼奈と言う性の発散口がある。

俺はすぐに昼奈の部屋に行き、彼女を抱いた。

昼奈もなぜかノリノリだったので、俺としては好都合だった。


※※※


 ところがその最中にサッカー部の連中が部屋に入ってきた。

こいつらはどういう訳か、発情した獣のように息を荒げている。


「おっおいっ! 何するんだ!?」


 俺は昼奈から引きはがされ、サッカー部の中でガタイのいいキーパーを含めた3人で取り押さえられた。

さすがの俺でもこれでは身動きが取れない。


「いやっ! 離して!!」


 昼奈は残りの奴らに体を押さえつけられ、強制的にサッカー部の慰みものにされてしまった。


「やっやめろっ!」


 俺が制止を呼び掛けても、みんな聞く耳もたない。

いくら女っ気のない合宿だからって、まだ1日終わっただけだぞ?

どれだけ堪えが効かないんだ? こいつら。


※※※


 その後も昼奈は犯され続け、次第に抵抗すらしなくなった。

力尽きたのか諦めたのか知らないが、俺はそんな昼奈の姿を見て急速に気持ちが冷めてくるのを感じた。

俺の女を名乗るのなら、舌を噛んででも貞操を守るのが当然だろう?

強引な行為だとしても、彼氏の目の前で他の男を受け入れるのは浮気以外の何者でもない。

俺は女を寝取られて喜ぶ趣味はないし、かつての母のような浮気女は俺の視界に入れたくもない。

サッカー部の連中にも腹立たしい要素はあるが、

こいつらは長年チームを支えてきた仲間だ。

あまり強くは責められない。

そもそも、身体しか求めていない昼奈が何をされようと俺の心は全く痛まない。

だが付き合ってやった恩を忘れ、こいつらに良いようにされている昼奈は俺のプライドを傷つけた。

もう俺の目に映る昼奈は汚らしいゴミに見えた。


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 翌日、昼奈は体調不良を訴えて帰って行った。

サッカー部のみんなは「彼女ゴチです」、「またやりません?」と謝罪どころか軽口を叩いた。

昼奈に気持ちがあった時なら、多少なりとも怒りは感じた。

だがもう俺には昼奈に対する気持ちはない。


「俺もうあの女いいいわ。 ヤりたかったら勝手にやれ」


 俺はその後も、何事もなかったかのように合宿を続けた。

幸い昼奈が犯された証拠も目撃者もいない。

俺達全員が黙っていたば済むことだ。

特に顧問である高橋先生は既婚者だ。

こんなくだらないことで大切な先生を離婚にさせる訳にはいかない。


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 数日の合宿を終えて、俺は帰宅した。

俺は電話で昼奈に別れを告げた。

あいつはかなりうろたえていたが、浮気女なんぞもうどうでもいい。


※※※


「リョウ、ごめんね? わざわざ迎えに来てもらっちゃって」


「いいんだ。 夜道を女の子1人で出歩かせる訳にはいかないからね」


 その日の夜、俺は女の子を自宅までエスコートしていた。

その子の名は真野(まの) 神奈(かんな)。

俺が孤児院で暮らしていた時から仲が良い、俺の幼馴染だ。

客観的に見れば彼女は近所に住む一般家庭に引き取られた普通の子。

だが俺にとって、彼女は特別な存在だ。

そう・・・俺は神奈に恋をしている。

そして、神奈も俺に恋をしている。

特別な理由なんてなにもない。

彼女のまっすぐな目、キラキラとなびく黒髪、女神のような顔立ちとスタイル。

内面もすごく優しく、孤児院では俺をいつも姉のように気に掛けてくれていた。

神奈は母とは違い、俺のことを常に優先してくれる。

昼奈のような浮気女と違って、俺以外の男に決して媚びない。

彼女に比べたら、昼奈なんて虫ケラに等しい。

俺は生涯、神奈を幸せにすると神に誓える。

だが、俺には彼女を幸せにできる自信がなかった。

だからこそ、俺は多くの女を知る必要があった。

品定めと銘打っていたが、最初から神奈以外の女なんて眼中にない。

たとえ別の女と体が繋がっていようとも、心は常に神奈にある。


「リョウ君!!」

 

 だから、俺達の目の前に現れた昼奈は邪魔でしかなかった。

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