第45話 最終話

 そよ風が気持ちいい。

 ユウトとマミは電車で4駅のところにある公園へやってきた。


 公園といっても、でっかい池とか、無料の動物園がついているやつで、定番の遠足スポットとして近隣の小学校からは重宝されている。


 昔は鯉にエサをやれたはず。

 なのだが、かつてエサ売り場だったところには、エサやり禁止の看板が立っている。


「懐かしいな。あの噴水、こんなに小さかったっけ?」

「私たちが成長したのでしょう。あ、新しい遊具ができている。かわいい」


 マミとの絆を確認するみたいで、昔話に花を咲かせるのは楽しい。


 電車の中でもユウトはポイントを稼いでおいた。

 妊婦さんが乗車してきたのを見つけて、さっと席を譲ったのである。


 本当はこういう親切、マミの方が得意だったりする。

 でも、今日はユウトの方が先に行動した。


『ユウトに負けたみたいで悔しい』

 イジケ顔になるマミを見ると笑わずにはいられなかった。


 園内を散策しつつ、ランチできそうな場所を探した。

 念のためと思ってレジャーシートを持参してきたが、屋根付きのベンチが空いていたので、そっちで済ませることにした。


「ほらよ、ここに座れよ」


 取り出したのは大きめのハンカチ。

 マミが座るところに敷いて、手でポンポンする。


「公園のベンチにハンカチって、いつの時代の話よ」

「マミは服が汚れたら気にするタイプだろう」

「今日のユウトって変なの」


 マミは満更でもなさそうな顔をしつつ、トートバッグから取り出したランチボックスを開封する。


「じゃ〜ん!」


 中に詰まっているのはサンドイッチ。

 市販のサンドイッチ用パンにレタス、キュウリ、トマト、チーズを挟んだオーソドックスなやつだ。

 食べやすいサイズにカットされており、マミの優しさが伝わってくる。


 一口食べてみた。

 まろやかなオーロラソースの味が口いっぱいに広がる。


「どう? おいしい?」

「うん、普通にうまい。あと、懐かしい味がする」


 小学校の運動会、マミの母親はサンドイッチを持ってきており、何個か分けてもらった。

 味付けがほとんど一緒だから、やっぱり母娘なんだな、と思ってしまう。


「マミのお母さん、元気? しばらく会っていないけれども」

「元気にしているわよ。毎年エネルギッシュになっているわ。子育てが楽になるから、ですって。そういうユウトのお母さんも元気そうね」

「ああ、マミは俺の母親とたまに会うらしいな」


 ハトが寄ってきて物欲しそうな顔を向けてくる。

 こういうの、パンとかあげたら習性になるんだよな、なんて考えていたら、マミは真面目な顔して、


「ダ〜メ。公園はエサやり禁止なの。あっちにいきなさい」


 とハトを叱りつけている。

 もちろん鳥に言葉は通じないから、ポックルと鳴いて首を傾げている。


「サンドイッチ、こんなに用意するの、朝から大変だっただろう」

「そんなことないわよ。少し早起きするだけだから」

「でも、買い物とかも必要だろう」

「いつも寄っているスーパーだし」


 マミは簡単にいってくれるが、パンを切って、野菜を切って、用意したソースを塗って、サンドイッチにして、ランチボックスに詰めて、汚れた食器を洗って……。

 ユウトなら1時間以上かかりそう、と想像してしまう。


「ごちそうさまでした」


 サンドイッチを完食したユウトは、家から持ってきたタッパーを開ける。


「ほらよ、デザート。チョコマフィンを家で焼いてきた」


 お茶を飲んでいたマミは吹きそうになる。


「待って! 待って! ユウトが焼いてきたの⁉︎」

「親に手伝ってもらったけどな。マフィンといっても、原料を混ぜてから、型に入れて焼くだけだよ」

「えぇ〜! すご〜い! あのユウトがお菓子を持ってくるとは! どういう風の吹き回しかしら!」

「笑わないんだな。男なのにお菓子とか、ちょっと変だろう」

「そんなことないよ! 普通に嬉しいよ!」


 マミと一緒に食べてみた。

 市販のマフィンと比べるとパサパサしているし甘さも控えめだが、初挑戦にしては上出来だと思う。


「うん、おいしい。もう一個もらってもいい?」

「何個でも食ってくれ。家にも残っているから。マミが食べてくれると、がんばった甲斐があったよ」

「待ちなさい。私のためにがんばっているの?」

「もちろん、がんばっている。マミが好きだから、無理だってする」


 冷気をはらんだ風が2人のあいだを抜けた。


「でも、私はユウトに無理してほしくないな」


 どの口がいうんだよ、と思った瞬間、全身の筋肉が弛緩しかんして、あらゆる悩みが吹き飛んだ。


 伝えたいことは、ちゃんと言葉にする。

 今日のユウトなら、それができる。


「なあ、マミ。もうちょっと自然体でいこうよ。いや、工夫したり努力したい、それは各人の自由だと思う。俺だって、もっとマミと楽しい思い出が作れるように努力はする。でも無理のない範囲でやっていきたい。というか手段と目的を履き違えたらダメだと思うんだ。俺の目的はマミと楽しい時間を築くことであって、無理したり背伸びすることじゃないんだ。マミにはもう少し自然体でいてほしい。じゃないと俺が心配になる。マミはがんばり屋さんだから。今日はそれを伝えたかった。マミのことが好きだから。あまり無理してほしくない」


 ユウトのセリフを聞き終えたマミは恥ずかしそうに前髪をいじる。


「まあ……たしかに……ここ最近の私は無理していたかな。それは認める……うん」

「だと思ったよ。気持ちが前のめりになっている」


 ユウトは油断しまくりのマミを抱き寄せると、口の周りについていたマフィンの欠片かけらを舐めとった。


「も〜らい」

「ちょっと……ユウト……」

「マミのメス顔、ゲット」

「ッ……⁉︎ このっ! バカ! 小さい子どもに見られるかもしれないのに、なんて破廉恥はれんちな⁉︎」

「だって、マミがかわいいから」

「くぅぅ〜〜」


 マミの多彩な表情を見つけるのが、ユウトの楽しみになりつつある今日この頃だった。




《作者コメント:2022/02/13》

読了感謝です!

また皆様とお会いできたら幸いです。ノシ

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生き別れた双子の弟がトップアイドルだと発覚した瞬間、学園一のモテ男になったのだが ゆで魂 @yudetama

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