第44話

 人通りの多い交差点にて。

 デートの待ち合わせのため、ユウトがスマホをいじって時間を潰していると、定刻ぴったりに恋人がやってきた。


「ごめん、待たせたわね」

「いや、俺も3分前に着いたところだから」


 この日のデートも気合い入りまくりのマミを見て『やはりそうきたか』と内心でほくそ笑んだ。


 眼鏡じゃなくてコンタクトレンズを装着している。


 あと服装。

 ミニ丈ってほどじゃないが、短めのスカートをはいている。


 見過ごせないのが斜めがけのショルダーバッグだ。

 ストラップが胸元を押し潰しているせいで、ただでさえ大きな胸が強調されている。


 このファッションを学校の男子たちが見たら、マミのファンが急増するのは間違いない。

 かくいうユウトだって、先ほどから体温が上がりまくり。


 手で口元を隠しつつ、


「なんか今日のマミ、かわいいな」


 と率直な感想を口にした。

 ドライで澄ました感じのマミも好きだけれども、アグレッシブな感じもたまらない。


「そうかしら」


 マミは嬉しさを殺しきれない声でいう。

 この瞬間、マミが意図して攻めてきたのは確定した。


「学校のマミとは別人みたい。親近感があるし、これはこれで魅力的だと思う」

「よかった。ユウトに気に入ってもらえて。デートの日じゃないと、こんな服装したくないし」

「俺のためなの?」

「もちろん」


 即答だったので、今日のために温めておいたプランが揺らぎそうになる。


 しかし、ユウトだって今日は一味違う。

 新調しておいたジャケットの前を開いて、


「それより俺のジャケットも見てくれよ。これ、12,000円もしたんだぜ。マミとのデートだし、ちょうどいい機会だと思って買っちゃったよ。いや〜、高い服を着ていると、背筋も自然と伸びるな。服が人をつくるっていうのかな、これと似た格言あったよな」


 何年ぶりかわからない自慢話をぶつけた。

 ユウトが予想していた通り、マミは眉をしかめて困っている。


 そうだよ。

 その顔が見たかった。


 ユウトは今回、無理しているオーラを出してみた。

 そっちの方が説得力があると思ったから。


 マミが見栄を張るというのなら、ユウトも見栄を張ってみる。

 ずばり、目には目を作戦である。


「へぇ〜。私とのデートのために服を新調したんだ?」

「服だけじゃない。髪も美容室でいい感じに整えてもらった。スタイリストさんは男性だったが、これからデートですか? 羨ましいっす、といわれたよ。たまには美容師さんとおしゃべりするのも楽しいな」

「ふ〜ん……そうなんだ……わぁ〜、嬉しいな〜、ユウトが私とのデートを大切にしてくれて」

「マミは美人だからな。一緒にいて恥ずかしくない格好を俺も心がけたい」

「へぇ〜……ふ〜ん……ユウトがそこまで恋人想いとはね」


 マミの棒読みがおかしくて、吹き出しそうになる。


 困れ、困れ。

 もっと困るがいい。


 恋人に無理されると、嬉しくないケースもある。

 むしろ『好き』とか『今日は楽しかったね』とか『また明日』のような何気ない一言の方が嬉しかったりする。


 マミは頭がいいから、すぐ気づいてくれると信じたい。


「ねぇ、ユウト、靴だって新しくなっているし、私とのデートだからって無理してない? お小遣いとか、親から前借りしたんじゃないの?」

「いや、してないよ。これっぽちもしてない。俺のお年玉貯金なめるな。それに俺は自分に似合っていると信じている服装をしているだけ。靴は……そうだな……古いのに穴が開いちゃって」

「ふ〜ん……なんか怪しい」


 思いっきりにらまれたけれども、口笛で誤魔化しておいた。


 ユウトが無理している。

 それが伝われば、目的は半分達成したようなものだ。


「ほら、さっさといくぞ」

「……うん」


 いつもはマミの方から手を握ってくるけれども、今日はユウトがやや強引に握っておいた。

 自分で勝手に考えたイケメンの流儀ってやつだ。


「……」

「…………」


 なんかおかしい。

 マミの頬が明らかに赤いのだ。


「どうした? 風邪でも引いたのかよ」


 無理するなよ。

 そういって額に手を当ててみた。


「ひぇ⁉︎」


 マミが思いっきり仰反のけぞる。


「どうしたんだよ。大げさすぎるだろう」

「び……び……びっくりさせないでよ! 今日のユウトが格好いいから、動揺が止まらないのよ! それで赤くなっているだけ。これなら満足?」

「お……おう……」


 なんか違う⁉︎

 想像の10倍くらいかわいいマミを見て、今度はユウトが赤くなる番だった。


「今日のマミ、やけに健気だな」

「そうかしら。コンタクトをつけているから、普段より目が大きいだけじゃないかしら」

「かもしれない」


 俺が照れちゃってどうするんだ、と反省したユウトは太ももを強くつねっておく。


 ペースが狂ってしまう。

 今日のユウトが格好いい、とストレートにいわれて舞い上がったせいだ。


 そりゃ、髪型と服装に気をつかったから、いつもより格好いい自覚はある。

 でも、言葉にされると嬉しい。

 相手がマミだと尚更なおさらだ。


「今日のマミ、やけにセクシーだと思ったら、スカートのせいだな。マミでも短めのスカートを持っているんだな」

「ちょっと気分転換しようと思って……。て、周りに人がいるのにセクシーとかいわないでよ。恥ずかしいじゃない」

「だって、俺の気持ちも考えてくれよ。周りにたくさん一般人がいるんだ。マミをかわいいと思う反面、他の男たちに見せたくないと思ってしまう。不思議と独占欲が湧いてくる」

「独占欲⁉︎ そんな発言、ダメだって⁉︎ 私を困らせないでよ。とっても情けない顔になっちゃうから」

「マミのその顔、メッチャそそる」

「このっ……バカ!」


 優等生でクールなマミがとろけそうな表情になっている。


 これは新手のご褒美かと思うと、次は何をいって喜ばせてやろうか、バチ当たりな想像が止まらなくなった。

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