第27話

 ユウトとマミはケーキ屋へやってきた。

 2人が生まれるよりずっと前、平成の初期にオープンしたお店で、早瀬家も朝比奈家も年に数回は利用している。


 ユウトが好きなのは定番のガトーショコラ。

 生チョコをたっぷり使用した濃厚な味わいが売りで、この店の看板メニューだ。


 マミが好きなのはベイクドチーズケーキ。

 こっちも重量感のある一品となっており、冷やして食べても温めて食べてもおいしい。


 緑色のドアを開けると、レトロなカウベルが鳴った。


「ユウトからケーキ屋に誘ってくるなんて意外」

「ここって落ち着いてカフェできるコーナーがあるだろう。マミとケーキを食べたら楽しいんじゃないかと思って」


 ケーキとドリンクのセットで1人800円。

 高校生には中々の贅沢であるが、マミは嫌そうな顔をせずに付き合ってくれた。


 小さな庭が見える席にユウトとマミは腰を下ろす。

 それほど待たされることなく、ケーキと深煎ふかいりコーヒーが運ばれてきた。


「弟くんとは、連絡を取り合っているの?」

「よくメッセージ交換しているよ。たまには電話も。あいつ、天然の人たらしでさ。『家族と電話で話す。これが俺の回復方法』とか恥ずかしげもなくいえちゃうんだよ。人を喜ばせる天才じゃないかと思っている」


 マミはコーヒーの香りに目を細め、ふ〜ん、と返事した。

 上機嫌そうだな、と付き合いの長いユウトならわかる。


「ユウトに似ているわね。ユウトも人を喜ばすのが上手いから」

「はぁ? 俺が? 全然そんなことないだろう」


 マミは、いいえ、とかぶりを振る。


「人にお願い事をするのが上手だと思う。ユウトから頼られると、がんばろうかな、という気になる。クセがない性格というか、周りから警戒されにくい性格だと思う」

「そうかな〜? マミの個人的な意見じゃなくて?」

「どうかしら」


 つまり、ユウトから頼りにされるとマミは嬉しいのだろうか。


「部室で告白されたとき、正直いうと嬉しかった。私はユウトのことを頼りにしているし、私のことを頼ってほしい」

「意外だな。てっきり、まだ怒っているのかと思った」

「あれは他の部員がいたから……」


 恥ずかしそうにするマミを見て、ユウトはフォークをくわえたポーズで固まってしまう。


「ユウトが私のためにがんばってくれたんだ〜、と思ったら、そんなに悪い気はしなかった。でも、部活中に告白するのは、褒められた行為じゃないでしょう。部長としての私と、一個人としての私が協議した結果、あそこは場の空気を締めておく、という選択に行き着いたわけで……」


 ユウトはぷっと吹き出す。

 こういう頭の硬いところ、マミらしいといえばマミらしい。


「もしかして、バカにしている?」

「いや、かわいいと思って」

「バカにしているでしょ」


 マミはテーブルに頬杖をついて不満そう。


 ユウトの奥歯がチョコの塊を噛んだとき、まろやかな甘みが口いっぱいに広がった。


「一口交換しようぜ。マミもガトーショコラを食べたいだろう」

「そういうのって、普通、女子の方から切り出すものでしょうが」

「でも、マミは一口ちょうだいとか、絶対いわない派だろう」

「まあ……ねえ……」


 プライドの高いところを素直に認めるマミは本当にかわいい。

 ユウトはケーキを一口サイズに切り、マミの口へ入れてあげる。


「マミも俺に食べさせてくれ」

「甘えん坊さん。手の焼ける弟みたい」


 口では文句をいいつつも、マミは楽しそう。


「マミって時々、俺のことを弟みたいとかいうよな。あれってどういうニュアンスなの?」

「どうって……」

「俺はマミのこと、お姉ちゃんみたいとか思ったことないぞ」

「そうね」


 マミが眼鏡を外した瞬間、ユウトの心臓がドクンと跳ねた。

 焦点が定まらないはずの瞳で、ユウトのことを直視してくる。


「単なる同級生ではない、単なるクラスメイトじゃない、単なる部のメンバーでもない、誰とも違った男の子って意味かな。弟みたいな存在と思ったのは、ユウトが最初で最後かしら」

「特別ってこと? 良い方の意味で?」

「そうなるかな」


 兄じゃなくて弟なんだな。

 純粋に生まれた順番ってことか。


 ユウトにとって、弟はショウマである。

 親愛のようなものは常に感じる。


 それと似たものをマミもユウトに感じているのだとしたら、ようやく腑に落ちた気がした。


「でも、なんか複雑。弟みたいな存在と思われるのは」

「だって、仕方ないじゃない。小さかった頃のユウトも知っているんだから」

「マミだって男子から、妹みたいな存在、とかいわれたら嫌だろう?」

「うっ……たしかに」

「それと一緒だよ」


 マミは一瞬ムスっとしたけれども、すぐ優しい笑顔になる。


「私がユウトにもっと甘える。私がユウトをもっと頼りにする。そうしたら弟みたいな存在と思うこともなくなると思う」

「それは天才的なアイディアだな」


『早瀬くんと朝比奈さんはお似合いのカップル』

『見ていてちょっと痛いかも』

 と学校で冷やかされるようになるのは、もう少し先の話である。

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