第26話

 とある休日。


 ユウトはドキドキしながら朝比奈家の呼び鈴を鳴らした。

 応答してくれたのはマミの母であり、


「お久しぶりです、早瀬です」


 と丁寧にあいさつしておく。

 すぐに家の中から、


「マミ〜! ユウトくんが来たわよ〜! いつまで準備しているの〜! さっさと出なさ〜い!」


 という声が聞こえた。


「ちょっと、お母さん、声が大きい! わかっているから!」


 親とバトルするなんて、学校のマミからは想像できない。

 ユウトが内心ニヤニヤしつつ、服の乱れがないかチェックしていると、玄関のドアが開いた。


「お待たせ」


 出てきたマミはニットにスカートという、いたってオーソドックスな組み合わせだった。

 野暮ったい眼鏡もちゃんとかけている。


「なによ?」

「いや、いつものマミだと思ってな。普通すぎて、逆に安心というか」

「う……うるさい……」


 この前、カフェではコンタクトをつけていた。

 ユウトがそのことを指摘すると、マミは一瞬ギョッとして、照れを隠すように咳払いする。


「あれは眼鏡を修理に出していたの。私だって、コンタクトレンズくらい持っている」

「なんだ。休日はおしゃれを楽しんでいるのかと思った」

「あのね……」


 マミは自分の胸元に手を添える。


「眼鏡とコンタクトじゃ、似合う服装が違うでしょう。わざわざ両方用意するのは不経済じゃないかしら。それが、私がコンタクトを好まない理由」

「そうなんだ。不経済って、なんかマミらしいな。でも、カフェで見かけたマミは美人さんだった。あ、今も美人だけれども」

「バカ……」


 脇腹を突かれたけれども、少しも痛くない。


「それに私がコンタクトをしないのは……」

「まだ理由があるのかよ」

「ある。眼鏡をかけた方が子どもっぽく見える。そういう切実な理由があるの」


 マミはいじけた口調になっている。


「ほら、ずっと昔に私とユウトが歩いていたら……あったじゃない……あの一件が」

「なんだっけ?」

「姉弟と間違われた。あれは人生最大の屈辱だったわ」

「ああ、あった! あった!」


 マミの方が2歳上に見られたのである。

 ユウトが大笑いしていたら、わりと強めに叩かれた。


「何気にショックだったから。コンタクトはしたくない」

「でも、半分は俺が童顔だったせいじゃないか」

「それ、嫌味でいってる?」

「まさか」


 そんな話をしているうちに、第一の目的地についた。

 2人が通っていた幼稚園である。


 当時、大きく思えた遊具は、高さが1メートルくらいしかない。

 壁の塗装だって、ところどころ剥がれちゃっている。


 砂場は新しくなっているし、駐輪場には屋根がついていた。

 その代わり、かつて畑だった場所は更地になっている。


「幼稚園にいた時、ほとんど会話しなかったよな、俺たち」

「どちらも引っ込み思案だったから。でも、私が砂場で遊んでいたら、ユウトがスコップを貸してくれたのは覚えている」

「マジかよ。記憶力がいいな、マミは」

「まあね。私の方が誕生日は早いから。そのせいで記憶が残っているのかも」


 あの教室は何て名前で、あっちが年長組の教室で。

 そんな会話をしてから幼稚園を後にした。


 続いてやってきたのは小学校。


「小学校の頃が一番仲良かったよな、俺たち」

「まあ……そうね……クラスもずっと一緒だったし」

「小3くらいの時にさ、友達とシールを交換するのが流行っていたよな。今にして思うと、何が楽しかったんだろう。けっきょく、小学校を卒業するまで保管していたけれども、最後には捨てちゃったし」


 当時を思い出したのか、マミが小さく笑った。


「シールをたくさん持っていると、偉くなった気分になれるから。それが楽しかったんじゃないかしら。頼み事だって、シールを渡せば引き受けてもらえる」

「クラス内で流通するお金みたいなものか?」

「そうそう」


 校門のところには関係者以外立ち入り禁止の看板がついている。

 ユウトたちはOBなので、連絡したら見学できそうなものだが、やめておいた。


 その代わり道路からグラウンドをのぞいてみる。

 やはり、想像していたのより遊具は小さい。


「小学校を卒業する時にさ、タイムカプセルを絶対やるものだと思っていたけれども、何もやらなかったよな」

「どうしたの? やりたかったの?」

「マミなら何を埋めるか、ちょっと気になった」

「さあ……手紙かしら。あるいは、将来価値が出そうなカードか玩具か」

「現実的だな。でも、マミらしい」


 それから向かったのは中学校。

 小学校から歩いて10分くらいの距離にある。


「中学校はあんまり良い思い出がない」

「どうしたのよ。急に暗くなっちゃって」

「ほら、小学校の時に仲良しだった友達と、疎遠になったりするだろう。クラスの数も増えるし、大きすぎるコミュニティーに戸惑った」

「でも、高校だって生徒数は同じくらいじゃない?」

「高校はみんな別々のところから集まってくるから。すべてリセットされる感じ。でも、中学は違う。これまでのコミュニティーが分解される。そこで新しくできた友達とも、3年したら疎遠になっちゃうしな。なんか、中学は虚しかった」


 一方的に話しすぎたと反省したユウトは、マミがどんな顔をしているのかヒヤヒヤしながら見たけれども、想像の10倍くらい穏やかな表情をしていた。

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