第25話

 茶道には手順というものがある。

 お茶碗を時計回りに回したり、懐紙かいしで呑み口を清めるというやつ。


 個人的に難しいと思っているのがお菓子で、日によって形状が違っているから、お箸でつまもうとして崩したり、懐紙の真ん中に置けなくて、しょぼ〜んの顔つきになる後輩をよく見かける。


 今日の相手はマミ。

 いつ見てもお手本みたいに正確で美しい。

 かといって機械のような冷たさはない。


 クールな中にも優しさをあわせ持っているマミの性格を体現しているみたい、といったら、本人に笑われるだろうか。


 ユウトはお辞儀してから「結構です」と告げる。

 日常会話だと『これ以上は必要ないです』の意味で使われる言葉であるが、茶の席では『良いです』の意味が採用される。


 ユウトが次のアクションに移らないので、それをいぶかしんだマミはポカンと口を開けた。

 ユウトは背筋を正して、


「マミに大切な話があるのだけれども」


 と周りにも聞こえる声で宣言する。


「いきなり何を言い出すの。今は部活中なのよ」

「わかっている。そのくらい大切な話なんだ」

「ちょっと……こんなに人がいるのに……」


 ユウトの顔つきから、ある程度の用向きを悟ったであろうマミは、スカートのすそを握りしめた。

 動揺するマミを他の部員たちが放置するはずもなく、好奇の眼差しが刺さりまくる。


 後輩と目が合った。

 小さくガッツポーズしている。

 以前に『朝比奈先輩と早瀬先輩が付き合うと思っていたのに』と話していた子だ。


 純粋に嬉しかった。

 お似合いの2人って意味だから。


「本当に今じゃないとダメ?」

「今がいい。部活中じゃないと、正座して向き合うことなんてまれだろう。だから、この場で伝えたい」


 マミの顔には『ユウトのバカ!』と書かれており、こめかみを手で押さえてイライラしているけれども、怒っているというよりは呆れているのに近いだろう。


「高校に入ったとき、マミは俺を日本文化部に誘ってくれただろう。そのことには感謝している。とても感謝している」

「まあ……ユウトはどうせ運動部が長続きしないと思ったから……中学のバスケも筋トレ中に無理して脚を痛めていたし」

「だよな。マミは俺のこと、本当に理解してくれているよな」


 たくさんの思い出が走馬灯みたいに駆け抜けていった。

 人生の節目には、いつだってマミがいた。


 次の節目もマミと迎えたい。

 その次の節目も、その次も。

 それだけのシンプルな気持ち。


「俺、マミのことが好きだ。知り合って10年以上になるけれども、今日のマミが一番好き」

「ッ……⁉︎ よくそんな恥ずかしいセリフいえるわね」


 マミは眼鏡を外してハンカチでぬぐう。

 それが時間稼ぎを目的とした行為であることに、この場にいる全員が気づいている。


「恋人はやっぱりマミがいい。単なる幼馴染とか、もう嫌なんだ。今日じゃなくてもいいからさ。返事を聞かせてほしい」

「はぁ……」


 マミは観念するように首を振ってから、畳に指をついて、小さく頭を下げる。


「恋人になるのはいいけれども、私って周りが思っている以上に嫉妬深いわよ。それでもいいのかしら」

「うん、マミなら平気」

「まったく……」


 パラパラと拍手が起こり、大きな喝采に変わった。

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