第10話

 翌朝。

 まぶたをこすりながらリビングへやってきたユウトは、いつものように席に着き、いつもより豪勢なメニューに目をパチパチさせた。


 山菜ごはん。

 サワラの西京焼き。

 具沢山のけんちん汁。

 焼きのり、納豆、だし巻き卵。

 それに小鉢が3つも付いており、ホカホカのほうじ茶が香ばしい湯気を立てている。


 ここが自宅じゃなけりゃ、旅館の朝食といわれても納得だろう。

 すごい、というより、不気味すぎる。


「どうしたの、お母さん。宝くじでも当たった?」

「ショウマと会えて幸せだから。張り切っちゃってね」


 見慣れたはずの母なのに、10歳くらい若返ったように感じるのも、幸せの魔法のせいだろうか。


 テーブルにはWEBニュースの記事をプリントアウトしたものが散乱している。

 真新しいノートもあるから、これらをスクラップにして、保管するつもりらしい。


 親バカっぷりに呆れつつ、1枚を手に取ってみる。


 水谷ショウマのコンテスト優勝を称えたやつ。

 47都道府県からイケメン高校生の代表を集めて、『Top of the Top』を決める大会があり、この年は見事ショウマがグランプリの座を射止めたのだ。


 期待の超新星。

 水谷ショウマの名を全国に知らしめたビッグイベントである。


 そっか。

 母は以前から、メディアをにぎわせるショウマが自分の子だと知っていたのか。


 でも、ユウトがいるから感情を表に出せない。

 むしろ、あえてノータッチを貫いてきた。


 一切のわだかまりが消え去った現在、堂々とショウマを応援できるわけだから、嬉しさも誇らしさも一入ひとしおなのだろう。


 母のスマホからJ-POPが流れている。

 音楽ストリーミングサービスを利用するなんて珍しいな、と思ったらショウマの歌声だった。


 実はショウマ、俳優としてデビューするより先に、4人組バンド『ギルティ・ベル』のボーカルとして歌手デビューを果たしており、いくつか曲をリリースしている。

 歌手として売り出そう、と芸能プロダクションが判断するくらいには、きれいな歌声を持っているらしい。


 それに加えて、ショウマにはもう1個、稀有けうな才能がある。

 ずばり文才だ。


 10代と20代をターゲットにした生活情報誌で、自分のコラムコーナーを持っており、その名は『イマドキ高校生のひとりごと』。

 飾らない文章表現が売りらしく、ショウマの意外な一面が見られるとかで、コラム目的で雑誌を購読する人も少なくない。


 もっとも本人は、

『仕事はどれもキツいけれども、文章を書くのが一番キツい』

 と弱音を吐いていたけれども。


 ユウトはいただきますをして、ご飯を一口ほおばった。


「ねぇ、お母さん。ショウマがこんなに有名になるんだったら、養子に出すの、やめておけばよかった、とか考えたりする?」

「バカねぇ」


 真面目に質問したつもりが笑われた。


「水谷さんがショウマを大切にしてくれたから、ここまで成功できたのでしょう。むしろ、養子に出して正解だったと思っているくらい」

「ふ〜ん、そういう考え方もあるんだ」

「もう一度人生をやり直せるとしても、ユウトを手元に残して、ショウマを養子に出すわね」


 さらっと優しい言葉をはける母は、根っからの善人なんだと思いつつ、温かいけんちん汁に口をつける。


「うん、うまい」

「おかわりなら何杯でもあるから」

「朝からそんなに食えないよ」


 拒否したはずなのに、空になった器におかわりを注がれる。


「もしかして、ユウトに彼女ができた?」

「いやいや……。どうしてそう思うの?」

「ショウマとの関係、自慢したんじゃないの? そうしたら女の子の1人や2人くらい、言い寄ってきそうだけれども」

「自慢するわけないよ」


 ユウトとショウマはまったくの別物なのだから。

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