第11話

 学園一のモテ男には条件がある。

 ずばり、学園一の美少女から好意を寄せられること。


 これはユウトが思いついた冗談なのだが……。

 いまユウトの席に座っている女子、舞原まいはらリンネが学園一の美少女なのは間違いないだろう。


「おっはよ〜」

「おはよう……て、なぜ舞原さんが我がもの顔で俺の席に座っているのかな?」

「え〜、だって……」


 ファッションモデル経験者というだけあって、リンネは顔だけでなくスタイルも抜群にいい。

 長い足をクロスさせる様子なんか、女優さんにも負けない色気がある。


「私ってさ、もう1ヶ月も彼氏がいなくて寂しいんだよね」

「へぇ〜」


 そういや1ヶ月くらい前、リンネがダンサーの彼氏を振ったとかで、校内では話題になっていたな。

 その3ヶ月前はギタリストの彼氏を振ったんだっけ。


 リンネは一見すると清楚だから、ボーイフレンドを取っ替え引っ替えしていると知り、ハートを砕かれた男子もいるくらいだ。


「早瀬くんって、いま、付き合っている相手とかいる?」

「まさか。俺に交際相手がいたら奇跡だよ」

「またまた。ご謙遜けんそんを」


 ポンポン会話しているが、リンネとおしゃべりするのは初めてだ。

 そもそも用件はなんだろう? と目を細めて、ユウトはあっと声を出した。


 この声音。

 この髪の長さ。

 間違いない、昨日マミと廊下で話していた相手だ。

『あなたと早瀬くん、付き合っているの?』とマミに直球質問した女子。


 対するマミは『ユウトとは、そんな関係じゃない』ときっぱり否定した。


 それに続くリンネのセリフは何だったか。


「ねぇ、早瀬くん、この席を返してほしい?」

「当たり前だろう。小学校のいじめっ子みたいな真似するなよ」

「でも、人間って相手の気を引きたくて意地悪するシーンもあるのよ」

「そんな理由でいじめが正当化されてたまるか」


 リンネは口元に手を添えてクスクスと笑った。

 どうすれば異性が喜ぶのか、研究し尽くしているような笑い方といえる。


「早瀬くん、おもしろい」

「見え透いた嘘をつくな。それが事実なら、日本はコメディアンだらけの国になる」

「ほら、そういう表現がおもしろい。トークなら水谷ショウマより早瀬くんの方がおもしろかったりして」

「はぁ? ショウマ?」


 意外な人物を引き合いに出されて、ユウトは目を丸くする。


「でも、ショウマと話したことないだろう」

「あるわよ。何回か。彼が今みたいに有名になる前だけれども」

「へぇ〜」


 自信満々にいうってことは、本当なのだろう。


「もしかして、席を返す代わりに、ショウマのサイン入りグッズを寄越せ、とかいうつもり?」

「まさか!」


 リンネは腹をよじって笑った。

 マミの100倍くらい感情表現が豊かといえる。


「私を彼女にしてよ」

「無理だ。ショウマは誰とも付き合わない」

「そうじゃなくて。私が付き合いたいのは早瀬くん、あなたなの」

「はぁ⁉︎」


 ユウトはギョッとして後ずさりした。


 にわかに信じがたい。

 しかし、リンネの目は痛いくらい真剣だ。


「朝っぱらから冗談はよしてくれないか」

「冗談じゃない。私は本気よ」


 そんなリンネを援護するように、


「そうだ、そうだ!」

「舞原さんが嘘告白するわけないだろう!」

「ちゃんと返事をしろよ、早瀬!」


 といった言葉の弾丸が飛んでくる。

 どうやら、人望という意味では、リンネの方が上らしい。


「しかし、すぐには決められない。だって、俺と舞原さん、まともに話すの初めてだろう」

「あら? こんな美人が誘っているのに? 早瀬くんってガードが固いのね」

「自分で自分を美人っていう女性は、ちょっと信用できない」


 リンネは黙り込むと、指先と指先をピタッと合わせて、あごの下まで持ってきた。

 悔しいが、普通にかわいい。


「じゃあさ、じゃあさ、お試しでいいから付き合いましょうよ。とりあえず、今日のランチを一緒に食べるところから」

「ものすごく積極的な女性なんだね、君は」

「じゃないと、ファッションモデルなんて無理でしょう」


 一理あるなと思ったユウトは、あいまいにうなずいておく。


「ん? もしかして早瀬くん、心に決めた相手がいたりする?」

「それは……」


 一瞬だけマミの顔が頭をよぎり、泡沫うたかたのように消えた。


「いや、いない」


 嘘をついてしまった。

 世界に対して、何より自分に対して。

 どうしても『弟みたいな存在』の一言が引っかかる。


 怖い。

 片想いが。

 振られるくらいなら告白しない方がマシ、という呪縛じゅばくから抜けられない。


「でも、大丈夫なのか。舞原さんって、芸能プロダクションに所属しているって話じゃ……」

「へ〜き、へ〜き。私ってアイドルじゃないし。それに私のところの事務所、けっこうルーズだし」


 そりゃ、そうだ。

 過去にも彼氏がいたのだから。


「じゃあ、交渉成立だね〜。またお昼にね〜。バイバイ、早瀬くん」


 リンネが香水の匂いを振りまきながら去っていく。


 返してもらった席には、まだ人肌の温もりが残っており、恥知らずな心臓をドキドキさせた。

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