第4話 面通し


「そこの新人、先に面通しさせた方がいいんじゃないのか」


 面会室の前まで来たところで五十嵐が再び伊織に気遣いを見せた。

 面会室に通じる扉には覗き窓がついていて、中の様子を伺うことができる。つまり顔を合わせる前に心の準備をさせてはどうかという話だ。


「あー、うん。そうね」


 寄生された【嘘花】を初めて見る者は、その異形に飲まれる傾向がある。

 特に【後期】以降樹化した姿を恐れる者は多く、酷い時はパニックになったり気絶したりする者もいた。

 あの小宮山でさえ最初は恐慌状態で失禁したというから、五十嵐の憂慮も当然と言えば当然だ。

 しかし伊織には身内に【嘘花】がいた経験がある。正直無用と思われたが、声高に説明することも憚られて龍生は束の間天を仰いだ。


「真木はもう部屋に入っているんですか」


 龍生の問いに五十嵐が当然とばかりに顎を突き出す。


「『設置』に時間がかかるからな。立ち合いの刑務官も待機済みだ」


「ふむ」


 まあ、特に不都合があるわけでもない。

 事情を説明するより穏便だろうと、龍生は伊織に指示を出した。


「じゃあ志摩さん、念のためにそこの窓から真木を確認して。無理そうなら今回は中に入らなくていいから」


 無言で頷いて伊織が覗き窓に近づいていく。

 必要ないと突っぱねないところをみると、伊織の方でも身の上話をする気はないようだ。


「ああ、そうだ」


 鞄の中から一枚のリストを取り出すと、龍生はそれを五十嵐に手渡した。


「会話の弾みで真木が【終末】を迎える可能性もあります。今のうちに葬儀屋に連絡しておいた方がいいですよ」


 一般にはあまり知られていないが、【嘘花】の焼却処分は火葬場が担っている。

 回収、運搬、処分までの段取りは葬儀屋が取りまとめており、どちらも通常業務と並行しながらことに当たっていた。


「ここに載っているのはうちで推薦している優良葬儀屋の一覧です。分かっていると思いますが、間違っても脱法葬儀屋なんかに金を流さないよう──」


 うええ。

 突如、くぐもった呻き声がしたかと思うと伊織が吐いた。


「おお……盛大にやったな。おーい大丈夫か」


 うずくまった背中が細かく震えている。

 初見でないから大丈夫、というのはどうやらこちらの思い込みだったらしい。

 痩せっぽっちの背中をさすってやると、「大丈夫です」とか細い声が主張した。


 ──干渉に浸ってご迷惑をかけることもないと誓います。


 その舌の根も乾かぬうちの失態に意地を張っているのだろう。


「御堂」


 珍しく名前を呼んで、五十嵐が腰を屈める。


「ここは俺が請け負うから、貴様は中へ入れ」


 本当に一刻も早く処分したいのだろう。急かす五十嵐に苦笑して、龍生は立ち上がった。


「そういうことなら後を頼みます。志摩さん、君は落ち着いたら外で待っていて」


 流石に同行は無理だと判断したのか、うずくまったままの伊織が微かに頷く。

 聞き分けの良さがかえって痛々しくて、龍生は思わずその頭に手を伸ばしかけた。

 いかん、いかん。セクハラになる。

 我に返って手を引っ込める。何だか一瞬、幼い子どものように見えたのだ。


 息を吸って、吐く。

 ドアノブを握りしめると、龍生は感性の扉をきっちり閉ざした。

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