☆13

 チチカカ手書きの案内図に何度も目を落とし、アリスは路地を縫って進む。

 この町は決まったルートを通らないと、道が移動してしまうのだという。

「ここを右に曲がって……あ、あれだ。見つけた。階段」

 山の上の神社に続くような長い階段。階段の左右を黄色の花が帯状に彩り、その上をアヤメに似たムラサキの花がアゲハ蝶のように舞っている。

 この階段を登ると、フシギノクニの天辺に出る。そこには城の中心であるキープが、威厳を発しながらこれ見よがしにそびえている。

 石造り。円筒形。高さは百メートル近い。外観は白地に赤と黒のライン。頂にトランプの4種のマークをあしらった旗がなびく。

「みんな『トランプタワー』って呼んでる」とチチカカは語った。

 城主はトランプ大女王。フシギノクニの独裁者。自己中心的で激しやすい。

「逆鱗に触れようものなら、即処刑でお陀仏さ」

「トランプ大女王様は怖い方なんですね……」

「正直、あまり関わりたくないな。ただ、アリスはどうしても大女王に会わなければいけない」

「どういうことですか?」

「フシギノクニの住民になるために、大女王の許可が必要なのさ。定住希望を申し出ると、まずトランプタワーで大女王と直接面会することになる」

 アリスの顔がこわばる。

「要するに面接試験だな。合格すれば晴れてフシギノクニの住民だ」

「面接試験って、どんなことを聞かれるんですか?」

「『あなたは何ができますか?』ってな。フシギノクニに住むためにはフシギノクニで働いて、フシギノクニの発展に寄与しなければならない」

 アリスにできること? アリスにできることは……

「絵が描けます」面接官に答えるように言った。

 チチカカは腕組みし、感心した風で、

「へえ。いいじゃないか。ここに画家なんていないし、需要はあるかもな」

(画家っていうほどのモノではないのですが……)ひそかに恐縮する。

「アリスが描いた作品はある?」

「現実世界から持ってきました」

「よし。大女王に自信作を見せびらかしてやれ。ただし」

「ただし?」

「『なんだこの下手くそな絵は! 馬鹿にしてるのか!』なんて激昂された日には、その場で詰みだからな」

「…………」

「ハハハ、冗談冗談。でも大女王を怒らせたら、本当にアウトだからな。肝に銘じておけよ」

 怒らせたらアウト。怒らせたらアウト。怒らせたらアウト……。

 小声で繰り返しながら、アリスは階段を登る。

 頂上。キープを用心深く囲む高い壁。ここでもまた、いかついトランプ兵が立つ門をくぐらなければならない。

 チチカカに書いてもらった紹介状を、門番クラブの5に見せる。

「待ってろ。いま案内を呼ぶ」

 案内役はハートのJだった。胴はトランプだが、顔は碧眼の美男子。品格を感じさせ、キープを背に立つと、王子に映った。

 ハートのJに続き、門をくぐる。正面にキープ。その前に、何もない石畳の空間が広がっている。

「宮殿前広場だ。フシギノクニの全住民が一堂に会することもできる」

 ハートのJの説明を聞きながら、きれいな声だなと、アリスは思った。

 広場を突っ切り、塔の根元へ。幅のある急な階段が、キープの入口へと続いている。アーチ型の入口から、キープ内部へと足を踏み入れた。

 円形のエントランスホール。アリスはハッとする。ホールの床がピンクと白のブロックチェック柄。現実世界のアリスの部屋と同じではないか。

 アリスはワクワクしながら、ハートのJに先導され、ホールを進む。

 歩きながら見回すと、右の壁に開口部を見つけた。その向こうに、ちらっと階段が覗いた。

 ホールの奥に、また階段。優雅に弧を描いて伸びる。壁に沿うようにカーブしながら、上の階へ。

 通されたのは、謁見の間。中央に玉座が据えられている。大ぶりの椅子で、相撲取りが二人並んで座れそうだった。

 ハートのJはアリスを玉座の前に立たせ、

「君、名前は?」

「アリスです」

「アリス、ここで待っていなさい。間もなくトランプ大女王がやって来るから。大女王が入室したら、ひざまずいてお辞儀すること。いいね」

「わかりました」

 ハートのJが立ち去り、アリス一人残された。

(怒らせたらアウト。怒らせたらアウト……)胸のうちで復唱する。

 数人の足音が近づいてくる。アリスは背筋を伸ばした。

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