☆11

 左右に伸びる荒々しい崖。崖の上に高い壁が続く。壁の向こう側、山なりに密集する建物。町に違いない。いよいよ別世界の住人との初顔合わせだ。

 しかしこのまま町に近づけば、海から巨大怪獣が現れたと、住民を驚かせてしまうかもしれない。攻撃でもされたら、一大事だ。

 まずは迂回して、目立たないように。一キロほど離れ、誰もいないのを確認し、岩場から上陸した。身長も通常に戻しておく。

 雑草と石だらけの荒地を歩いて、町を目指す。

 全貌が見えてきた。壁に囲まれた城塞都市。小高い山の形状。斜面を埋め尽くす町。頂上にそびえる塔はキープだろう。

 城壁に近づいた。高さ二十メートルほど。古びた石の壁。見上げると、押しつぶされそうな威圧感を覚える。

 壁に沿って歩いていく。入口はなかなか現れない。巨大化すれば城壁など一跨ぎだが、それでは住民がパニックを引き起こしかねない。第一印象には、くれぐれも気をつけないと。

「たいへんだ! 間にあわなくなるぞ!」

 後ろから走ってくる人の姿。人? ……いや、イルカ人間だ。身体はスーツ姿の人間の男性。頭部はイルカ。吻をぱくぱくさせている。

 イルカ男は走りながら懐中時計を何度も窺う。

「待ってくれ! まだ閉めないでくれ!」

 アリスを追い抜き、バタバタと走り去っていく。

「閉めないでって、もしかして門のこと?」

 イルカ男の後を追う。

 城門。円筒形の塔が左右に重々しく立つ。門番は二名。

 濠にかかる木製の橋の上で、イルカ男はフーッと大きく息を吐いた。

 イルカ男に続き、アリスはしれっと通ろうとしたが、

「止まれ」

 鼻先に槍の先端。立ち止まるのが一秒遅ければ、突き刺さっていた。

 門番二人はトランプ人間だった。胴体は平べったいトランプ(スペードの7とダイヤの9)。そこから人間の手足と頭が生えている。トランプ部がやけに大きく、手足とのバランスが悪い。

 風の抵抗を受けて走りにくそう、とアリスはひそかに思った。

 スペードの7は槍を下げ、

「おまえ、部外者だろう」

「はい。ちょっと町を見学させてください」

「入場許可証はあるか?」

 アリスが首を振ると、スペードの7は手で追い払う。

「入場許可証を持って、出直してこい。明日以降に。もうすぐ閉門だからな」

 一旦、門を離れる。門番が向こう向きになったときを狙って、アリスはリモコンで下限まで小さくなった。虫サイズで門番の足元をすり抜ける作戦だ。

 鎖を巻く音。城門にかかる橋は、跳ね橋だった。

 ダッシュ。目の前で上昇し始める橋。飛びつく。ギリギリ間に合ったものの、縁にぶら下がる格好となった。蝶の脚と変わらない、か細い腕で。

 現サイズでは、足下の濠は山奥の深い谷底だった。

 開脚。ミニチュアのパンプスを縁に引っかける。踏ん張る。強引に引き上げる。乗り越えた。そのまま急斜面を転がり落ちる。跳ね橋の角度は60度に達していたのだ。

 転がり、跳ね上がり、地面に叩きつけられた。

「よかった……生きてる。目は回ったけど」

 アリスはふらふら起き上がった。

 立ちはだかる落とし格子。もちろん今の極小アリスには、まったく効果がない。

 大きく開いた格子を通り抜け、町に踏み込んだ。まず物陰に移動し、通常の背丈に戻す。

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