第四十二話 凱旋


 歓楽都市の西門外で馬車が止まる。俺はメルヴィンさんと一緒に御者台に乗っていたが、途中から彼の代わりに手綱を握っていた。


「いや、見事な腕前です。馬を操られたことがおありで?」

「ええと……旅をしていたとき、移動手段として使ってたことはありました」


 ファリナは馬よりも速く移動できる脚力を持ち、自動人形のエンジュも空中を滑るように移動する魔法で高速移動できたが、神官のシェスカさんはそうはいかなかったので、移動手段として馬車などを使うことはあった。


 メルヴィンさんは俺の隣に座って色々と話してくれたが、ブランドが上昇志向のあまりに暴走気味であったこと、ドロテアと共に目付けを頼まれたができるだけ彼の意向を尊重したかったということを話してくれた。


「私も自分の腕に驕りがありました、このレベル帯ならば命を取られることはないと。今は老骨ではありますが、昔冒険者を始めたばかりの頃の気持ちを思い出しました。救われる側ではなく、救う側になりたいと思っていた……今でも何も変わらぬままです」

「メルヴィンさんがいなかったら、俺たちは間に合っていなかったかもしれない。ドロテアさんも……お二人は、ブランドにとって得難い人たちだと思います」

「……そう仰っていただけると、救われます。ありがとう」


 メルヴィンさんのような風格のある人物に感謝されると何とも落ち着かない――俺はしがない盗賊だったわけで。


 ――マイトがいなかったら私達は宝箱も開けられないし、盗賊は悪い職業じゃない。


 ファリナがそう言ってくれていたことを思い出す。だがどうしても盗賊は世間のイメージが悪く、盗みに使える技を覚えるというだけでも疑いの目を向けられてしまうものだ。


「マイト様、メルヴィン様、お疲れ様です」

「お疲れ様です、ドロテアさん」


 リスティたちと一緒に客車に乗っていたドロテアさんが、先に降りてやってきた。彼女はいつもつけているヘッドドレスを外しており、ブラウンの髪が頬にかかって少々疲れているようにも見えるが、思ったより目には精気がある――というか、輝いている。


「ドロテアさん、怪我は大丈夫ですか?」

「はい、ナナセ様にポーションを頂きましたので。それに、元気も頂きました」

「……というと?」

「とても明るい方々ですね。移動中、お話ができて楽しかったです」


 リスティたちとどんな話をしていたのだろう――一緒に乗せられているブランドは気を失っているわけだが、その横で会話が弾む女子四人というのもなかなか逞しいというか。


「んー……なんだか久しぶりに戻ってきたって感じがするわね」

「さっき出発したばかりなんですけど、成長して帰ってきちゃいましたね」

「うむ、やはり相手が強かったからなのだろうな」


 三人も降りてきてそれぞれに満足そうにしている。大変な戦いの後ということをまるで感じさせないが、確かに頼り甲斐が増している気がしなくもない。


「三人とも、レベルが上がったんじゃないか?」

「えっ……あっ、上がってる。こんなに調子良く強くなっていっていいのかしら……」

「修行してレベルが上がるものでもないので、私達はもう成長が終わってしまったのかと悩むこともあったくらいなのだが……」

「やっぱり、マイトさんがついててくれるからでしょうか……どんどん新しい世界が見えちゃってますよね」


 何か思い切り誤解を受けそうなことを言っているが、14歳の乙女がそれでいいのだろうか。


「いや、何とも眩い限りです。武者修行をしていた若い頃を思い出しますな」

「そうですね……と、そろそろ坊っちゃんをお医者様の所にお連れしなくては。マイト様、此度こたびの御礼は後ほどさせていただきます」

「ああ、それは気にしないでください。俺たちにとっても魔族は倒すべき相手でしたから」

「……あなたのように高潔な精神を持つ人を、私は他に知りません」


 いくら俺でも、ここまでベタ褒めされて照れないということもない――と、油断してしまうとどうなるか。


「マイトも大人の女の人に褒められると、ちょっと照れるのね……」

「私もマイトを褒めていると思うのだが、何か反応が違うな……私がパラディンだからなのか?」

「えっ、ロイヤル……ごにょごにょ、じゃなかったんですか?」


 そういえば――リスティが王女だということはメイベル姉さんとの話で分かったことだが、俺たちが魔族を倒したことでブランドが功績を上げることはなくなり、リスティの結婚を阻止したということになる。


「……なに?」

「あ、ああいや……」


 リスティは穏やかに微笑んでいる。その視線がくすぐったく感じるのは気のせいか。


「ひとまず、ギルドに行きましょう。メルヴィンさんたち、私たちが魔族を倒したということで報告しても大丈夫ですか?」

「はい、もちろん私達が保証人になりましょう」


 まだ気絶しているブランドだが、目覚めた時に自分が置かれた状況を知ってどんな顔をするのだろう――多少は反省してもらうべきだが、メルヴィンさんたちのためにも自棄やけは起こさないでもらいたい。


   ◆◇◆


 街に入ってからギルドに近づくほど、明らかに注目されているとわかる。


 気にしていても仕方がないので、ギルドの建物に入る――すると。


「帰ってきた……俺たちの三つの綺羅星きらぼしが……!」

「マイト……お前がたとえ賢者だとしても、星の輝きには及ばない!」

「だが三人と無事に戻ってきたことは俺たちのギルドの誇りだ……!」


 好き勝手なことを言われているが、魔族を倒したことでさらに三人の人気が上がっていると感じる――当の三人はあまり気にしていないようだが。


「皆さん……っ、ご無事で戻られて何よりです……!」


 魔族討伐の依頼を受けたあとはすぐに出発したので、受付の人にもかなり心配された。


 結果的には無事に戻ってきたので良いが、俺たちを出迎える彼女は目を潤ませていた――リスティたちも貰い泣きしかけている。


「心配してくれてありがとう、でも私達は大丈夫。ちゃんと足もついてるわよ」

「魔族も討伐して帰ってきましたからね、証拠も持って帰ってきています」

「っ……討伐というのは、倒してしまった……ということですか? 凄い……アースゴーレムを倒してしまって、今回は魔族まで……あ、あのっ、詳しくお話のほうお聞きしてもよろしいですか? 別室を用意しますので」

「うむ、ここだと目立ってしまうからな。視線を集めるのは嫌いではないのだが」

「プラチナはいいけど、マイトは目立つのは苦手そうだから。どちらかといえば私もね」


 王女がそれでいいのだろうかと思うが、確かにリスティは気丈でこそあれ、目立ちたがりという感じでもない。


「ふふふ……マイトさんがいなかったら当面は埋もれていた私たちですが、もはや頭角を現してしまったと言ってもいいですね」

「はい、本当におっしゃるとおりです」

「あまり調子に乗ると痛い目を見るので、三人を甘やかさないでいただけると……」

「とんでもない、皆様はこのフォーチュンを救ってくれた英雄です。どうかご謙遜なさらず」


 そうなってしまうのか――周りの人々が拍手を始め、口笛なども聞こえてくる。


 それに応えて手を振ったりしている三人を見ていると、こういうのも良いかと思えてくる。感謝されるというのは、いつだって悪い気はしないものだ。


   ◆◇◆


 魔族が二体いたというのを報告すると受付嬢は驚きのあまり失神しかけていた――そしてゾラスの魔石は金貨二百枚、ラクシャの魔石には三百枚の報酬を出してくれた。


 魔石には等級があり、ゾラスの魔石は三級、ラクシャの魔石は二級だという。三級の魔族でも一軍を投じて戦わなければならないのが、このレベル帯の厳しいところだ――ラクシャに関してはレベル制限を無視しすぎていて、天災に近いものがある。


「本当なら報酬はもっと高額になるのですが、魔石の買い取りを行わない場合は金額が抑えめになってしまいまして……申し訳ありません」


 受付嬢のレジーナさん――今回初めて名前を知った――は、そう言って俺たちに頭を下げた。何も謝る必要などないのだが。


「魔族が攻めてくることも、俺たちが討伐したことも例外的なことだと思います。報酬はそれほど高額でなくても……」

「いえ、これについては王都のギルドからも報奨金が出ることになりますので、これで全額ではありません。ただ、お受け取りになるには王都のギルドからの使者を待つ必要がございます」

「金貨五百枚でも全額じゃないなんて……そんなお金、どうしたらいいの?」

「家を無料で貸してもらっている以上、貯めておくほかはないが……」


 王女とそのお付きのロイヤルオーダーだというのに、この庶民的な金銭感覚は――率直に言って親近感が持てる。


「マイトさん、パーティのお財布はしっかりと管理してください。私を放っておくとお高い薬の材料を沢山買ってしまったりしますよ?」

「必要なものは買っていいと思うぞ。報酬は山分けでいいんじゃないか?」

「使い道なんてそんなに思いつかないから。装備の手入れくらいかしら……」

「リスティ、そのことなのだが……」


 プラチナが何事かをリスティの耳元で囁いている――だが俺は地獄耳なので聞こうとしなくても聞けてしまう。


「……服などは新調したほうがいいのではないか? 装備のサイズもきつくなってきたことだし、お直しをせねば」


 これは聞いてはいけない話だ――そう判断するなり、可能な限り意識を向けないようにする。


「そ、そうね……私よりプラチナの方がもっと大変よね、色々と」

「いや、特に太ったというわけではなく……」

「二人とも、何をひそひそ話してるんですか? 内緒話は良くないですよ?」

「ナナセにも関わりがあることなので、後で話し合うとしよう。マイト、すまないな」

「あ、ああ……えーと。報酬は共同管理ということでいいよな」


 パーティでの共同生活には、色々と取り決めが必要だ――それでいて、必要以上に行動を制限しないことも重要だろう。


「皆様、本当にお疲れ様でした。どうかゆっくり身体を休めてくださいね」

「ありがとうございます、レジーナさん」


 挨拶をして俺たちはギルドを辞する――表から出ると騒ぎになるので、レジーナさんは何も言わなくても裏口に案内してくれた。


   ◆◇◆


 その後俺たちは家に帰ろうとしたが、事情によって落ち着いて滞在することができず、ミラー家に避難することになった。


「大変なことになっちゃったわね……」


 今はミラー家で夕食をご馳走になっている。採れたてのミルクを使った肉と野菜のシチューは、身体に沁み込むような味がした。


 俺たちが魔族を討伐したという話が広まってしまっていて、荒くれ者たちが宴会に誘ってくれようとしたり、握手をしてくれとか、顔を見たかったとか、そんな訪問者が次から次へと現れるので、結局逃げてくることになった。


「皆さんはフォーチュンの救い主ですからね。魔族が攻めてくるかもしれないとのことで、私どもも避難をすべきかという話になっていたところです」


 ミラーさんの夫のマックスさんは、怪我が治って家に戻ってきていた。俺たちがいない間、フォーチュンがどんな状況だったのかを話してくれたが、相当な混乱があったようだ。


「お父さんは念のためにってもう半分くらい荷造りしちゃってたんですよ。ウルスラさんが止めてくれていたんですけど」

「ははは……いや、お恥ずかしい」

「家族を守ろうという気持ちだったんですよね。当然の行動だと思います」

「っ……マイトさん、何と優しい言葉を……」

「マックスは気が優しいけど、農作業の道具を持つと人が変わっちゃうんだよ」

「いや、お恥ずかしい……おっと、風呂釜の火を見てくる時間です。準備ができたら妻に伝えておきますので、順に入浴してください」


 マックスさんはそう言うと外に出ていった。農作物を荒らす獣が出るらしく、夜の見回りなどもするそうだ――ウルスラはそういった自然の営みにはあまり干渉しないらしい。


「夫はマイトさんに本当に感謝していて、訪問していただいてすごく感激しているんです」

「そうだったんですか。俺も元気な姿を見られて良かったですよ」

「マイトって年上の男の人にも気に入られちゃうのね……メルヴィンさんもそうだったし」

「お父さんがなんだか若くなっちゃったみたいに見えました、マイトさんがすごく落ち着いているので」


 アリーさんもマリノも、俺たちが訪問してからずっと褒めるようなことばかり言ってくれている――状況的には仕方ないのだが。


「さて、そろそろお楽しみの時間だね」

「む……何のことだ?」


 みんなが食事を終えるまで待っていたウルスラは、アリーさんから瓶を受け取ってこちらに持ってきた。


「主様、今日はお祝いをしてもいい日だよね?」

「「「ああっ……!」」」


 リスティたちの声が揃う――ウルスラはダイニングテーブルに瓶を置くなり、俺の膝の上に座ってきた。


「何をするんだ、いきなり……俺でも少しはびっくりするぞ」

「座り心地が良さそうだなと思って。ボクは軽いから大目に見てくれるよね」

「そういう問題じゃなくてだな……この持ってきたのは酒か?」

「はい、近くの村にある酒造所でいただいたものです。薬草酒ですが、甘めの味付けですので飲みやすくなっておりますよ」


 アリーさんが説明してくれる。酒に甘みは必要ない――と思っていたのは昔のことで、今では味覚が変わっているので、林檎酒のように甘い酒もいけるようになった。


「このまま薄めずに飲めるものなんですか?」

「はい、濃いようでしたら果汁やお水で薄めても美味しいですよ」

「ふむ……では、私はそのままで……んっ。こ、これは……っ」


 小さめのグラスに注がれた薄緑色の酒を口にして、プラチナが目をみはる。


「美味しい……薬草酒っていうから苦味があるのかと思ったけど、甘みとスパイスみたいな風味が混ざり合って……」

「癖になりそうな味ですね……これ自体が一種のお薬というか」

「風邪を引いたときに飲むとすぐに治ってしまうんですよ。この辺りだけの民間療法ですが」

「主様にはボクが注いであげるよ」


 ウルスラが薬草酒を注いでくれたので、俺も一口飲んでみる――確かに美味い。しかし相応に酒精も強いようで、すぐに身体が熱くなってくる。


「ボクも飲んでもいいよね?」

「見た目的には問題があるけど、実年齢的には問題ないか」

「ふふっ……ちょっと引っかかる言い方だけど、今日は機嫌がいいから気にしないであげるよ」


 ウルスラも薬草酒の水割りを飲む。地霊として奉られている間、おそらく酒などの奉納もあったのだろう――あの捕らえられたかのような状態では、口にすることはできなかっただろうが。


「マイト、次は私が注いであげる」

「え……い、いいのか?」

「ご遠慮なくどうぞ、こういった時のために用意しているものですので」

「あまり飲みすぎても良くないのでな、三人で少しずつ注ぐというのはどうだ?」

「いいですね、こういうのは結束を固めるために必要なことです」


 リスティ、ナナセ、プラチナがそれぞれ酒を注いでくれる――前のパーティではこれほどゆっくりした時間を過ごすことは無かったが、酒以外ならこういったやりとりもあった。


 ――お酒は身体が鈍るから、私は進んでは飲まない。


 ――エルフはお酒で魔力が高まるんだけれどね。魔力以外も色々と……。


 ――自動人形は酒精を摂取しても酩酊状態などは発生しません。


 盗賊としては、指先の精密さに影響が出る――なんていうほど飲むこともなく、シェスカさん以外は酒に飲まれて問題発生ということもなかった。


「マイトって、そうやって時々ぼーっとしてるのよね……いつもは目つきが鋭いのに」

「うむ、何か優しい顔をしているぞ。それでいてどこか切ないような顔だ」

「悩みがあったらいつでも相談してくださいね、急にマイトさんが抜けちゃうのは困りますから」

「抜けるってことはないよ。今後どうするかを決めたいと思ってたくらいだしな」

「そうね……後で寝る前に少し話しましょうか」


 王都近くの塔を根城にしているという魔族は、ラクシャと繋がりがある――ラクシャは最後に、こんなことを言っていた。


『……王都からいなくなった姫。私たちが探させられていたのは……その『姫騎士』……』


 なぜ魔族はリスティを探しているのか。それは彼女の本当の職業と、秘めている力に関係があるのか――それとも、王族だからということか。


 当面はこの街を拠点にする気でいたが、リスティたちの意向次第では王都に行くことも考えるべきだろう。場合によっては、王都のギルドからの使いがこちらに到着する前に。

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