第四十一話 切り札と賭け
ラクシャは構えることなくこちらを見ている――俺の剣が届く間合いより外にいるのは、コイン飛ばしを見ていたからだろう。
「……装備はレベル2相応なのに。さっきの弾は何? 私が知らないうちに賢者の魔法が増えたっていうこと?」
「どうだろうな。お前を倒す決め手にはなりそうか?」
「魔族は魔力でなければ倒せない。あなたには私を倒せるほどの魔力はない……でも、何かがある。何かしてきそうな、そんな気配が」
全く油断をしていない。ゾラスのレベルは20前後だと判断したが、ラクシャのレベルはその二倍はあるというのに。
「……あの魔族、砦にいた狼の人より全然強くないです?」
「う、うむ……恥ずかしながら、一歩も動けん。いざとなればパーティの盾とならねば……っ、それなのに、悔しい……!」
「いつも頼ってる剣を貸しちゃってるのよね……で、でも、マイトの足を引っ張っちゃうし……」
三人の声はラクシャにも聞こえているのか、彼女たちを一瞥したあと、俺を見る――何か視線が痛い。
「あんなに緊張感がない仲間たちと一緒でいいの? あなたがいつも甘やかしてるんじゃない?」
「……いるんだよな、中には。あんたみたいな話をする魔族が」
「本当に心配してあげてるのに。自分に見合わない場所にいると息苦しいはず。あなたがあなたらしく居られる場所は、そこじゃない」
「俺は十分好きなようにやってるさ。話はもういいだろう」
魔族は会話で人間の心を探ろうとする。俺を心配しているのではなく、誘惑だ――闇に堕とすための。
ラクシャの瞳が鋭さを増す。俺は予備動作を消し、相手の行動を読むことに集中する。
――『ラクシャ』が『ディープテンタクル』を発動――
前方の地面に黒い沼のようなものが生じ、同じ色の蛇のようなものが飛び出してくる――回避した直後、ラクシャ自身が俺に肉薄し、螺旋状の黒い槍を突き出してくる。
(受けられるか――いや……!)
剣で槍を受け流し、黒い蛇の追撃を避ける。正確に人体の急所を狙ってくるが、速度では俺が凌駕している――だが賢者の服では、袖まではかわしきれていない。
「速い……もう十回は殺してるつもりなのに。レベル2の『賢者』……そんなわけない……!」
一度『ディープテンタクル』を発動させたあと、それを操るラクシャの魔力は消耗していない――粘り続けても意味がない。
万全の状態でない今、俺たち四人の魔力を合わせてもラクシャを倒せるかは分からない――だが。
「あの子たちが逃げようとしたらその時は、私も約束を忘れるよ?」
ラクシャにはブランドを操っていた術がある。俺が時間を稼いでいるうちに逃げろというのは無理だ。
(物理攻撃で体力を削れるか……あの鎧は厳しそうだな……!)
「――そこっ!」
剣を持つ右手に、蛇が食らいつこうとする。一手ずつラクシャは俺を追い詰め、回避不能の状況を作った――そうするように誘われているとは知らずに。
(何度も同じ手は使えないが……っ!)
意識的に落としていた速度を引き上げ、蛇に袖を切り裂かせる。同時にフリーにしていた左手で、ラクシャに向けてコインを放つ。
「……っ!?」
声を発することもできず、ラクシャは防御に集中する。展開したのは魔力の盾――だが。
「きゃぁっ……!!」
「――一発とは言ってないぞ」
左手で撃ち出したコインは三枚。全く同じ場所に着弾させることでラクシャに揺さぶりをかける――そして。
今まで伏せていた、ゾラスを倒した手段。『技の目録』を呼び出そうとしたその時。
『――あなたのレベルが高かったら危なかった』
――『ラクシャ』が『黒翼禁域』を発動――
ラクシャの黒い翼が妖しく輝く――その光を目にした瞬間に、目に映るものが切り替わった。
死角を突き、必殺の機会を狙った。そのはずが、俺の位置が巻き戻っている。
「あなたは私を一瞬で倒せるような方法を持ってない……そうでしょ? それならあなたの攻撃を知覚しさえすれば、絶対に攻撃は届かない」
「……時間を巻き戻したっていうのか?」
「あなたの攻撃で私が傷つくことを禁じただけ」
そう――魔族というのは固有の能力を持ち、それがでたらめに強力な効果を持っている場合がある。
ゾラスの獣化による肉体強化も極めれば恐ろしいものだが、ラクシャの能力はそんな次元ではない。
「残念。あなたが魔法剣士だったら、その剣で私を殺せたかもね」
「くっ……!」
いつでも動けるように準備はしていた、だが――急に側方に生じた衝撃を受けきれず、そのまま吹き飛ばされる。
「マイトッ……!」
地面を跳ね、何度も天地が逆転する。ラクシャの魔法は想像以上に研ぎ澄まされている――詠唱から発生までがほぼ同時だ。
何を媒介にして詠唱したのか。音だ――ラクシャは話しながら、同時に別の音を発して魔法を発動させた。
駆け寄ってきたリスティに、俺は笑いかける。首を傾け、ラクシャに注意を向けながら、俺はリスティだけに聞こえるように言った。
「……俺にまだ、見せてくれてない技があるはずだ」
「……っ」
「リスティになら使えるかもしれない……そんな、技がある……」
『ブレッシングソード』。彼女が習得したその技は、王族の中でも特殊な職業についている者だけが使うことができる。
ならばリスティの『封印技』もまた、剣技である可能性がある。
「この剣を一旦預ける。賭けにはなるが……」
「ううん……マイトがこんなに頑張ってくれてるんだから。私もマイトを信じる」
リスティの
「マイトさん……無茶はしないほうがいいんですよね?」
「……今回だけは、特別に。あっちもパーティで戦えと言ってくれてる」
「そうか……覚悟は決まった。見てくれ、震えが止まっている」
俺は立ち上がる。ダメージはさほどでもないが、もはや服がボロボロだ――動きやすいように自分で袖を破ると、ナナセがそれを手に取る。
「記念にもらっておきます」
「もうお別れの挨拶はいいの?」
――『ラクシャ』が『ディープテンタクル』を発動――
ラクシャが地面に作り出した黒い沼から、もう一匹の蛇が姿を現す。その動きはラクシャの腕に連動している――舞うような動きをしているのはそのためだ。
「二人を囮にすれば、もう一度チャンスを作れるかもね」
「――囮は一人でいい。俺だ」
「私からも教えてあげる。傲慢は身を滅ぼすっていうことを」
稼ぐことができる時間は短い。黒い蛇二匹の攻撃を引き付け、避け、そしてラクシャをコインで狙う――跳ね返りを拾える相手でもないため、残弾はあと三枚だ。
「まだ速さを上げられるなんて……でも……っ!」
ラクシャの動き、そして蛇の動きの癖を読み、避け続ける。思考の時間を限りなくゼロに近づけなければ当たる――もはや無我の状態だ。
「こちらを見ろ、ラクシャ!」
「っ……!?」
プラチナの声にラクシャが反応する――否、強制的に反応させられる。
何度も通じる方法ではない。だが、俺に対する攻撃に集中していたラクシャに、反応不可能な時間が生じる。
「――お願い……っ!」
――『封印解除I』が発動 『リスティ』の封印技『誓いの剣』が解放――
リスティの剣が輝きを放つ――その技を受ける方法は、ラクシャにはいくらでもあるはずだった。
「――そんな剣で、私の盾は破れない……っ!」
ラクシャは魔力の障壁だけでリスティの剣を受けようとする。空間を滑るようにリスティの剣がいなされ、地面に叩きつけられる。
反撃されればリスティは――だが、そうはならなかった。
「こちらを見ろと言ったはずだ!」
プラチナがラクシャに盾を構えて突進する――しかし吹き飛ばされながら、ラクシャは俺に向けていた蛇を呼び戻し、プラチナに反撃する。
「プラチナッ……!」
リスティが叫ぶ。プラチナの盾は黒い蛇に両断され、鎧もまた断ち割られる。
そして次の瞬間、プラチナの姿が崩れ――どろりと溶ける。
アームドスライムのアム。ナナセはアムをラクシャに気づかれないように接近させ、至近距離でプラチナに擬態させたのだ。
核を傷つけられさえしなければ、スライムはいくらでも再生することができる。こんな方法は一度きりしか通用しないが、それで構わない。
リスティに預けていた剣を受け取る。『技の目録』はすでに俺の左手にある。
――『プラチナ』の封印技『乙女の献身』を発動――
――『ナナセ』の封印技『魔素合成』を発動――
ありったけの魔力を込める――ゾラスの時とは違い、リスティの剣に。
「マイト……ッ!」
「マイトさんっ!」
「行けぇぇぇぇっ!」
――『リスティ』の封印技『誓いの剣』を発動――
ラクシャの翼は輝かない。『その剣なら私を殺せたかもしれない』と、彼女自身が言った通りに。
「……そんな、技……私に、届くはずないのに……」
リスティの封印技は、ラクシャの黒翼による防御を阻止した。彼女はリスティの攻撃を侮って黒翼を使わなかったのではなく、使えなかった。
そして平均レベルが低い地域でも、武具の性能限界が低いとは限らない。
リスティの持つ剣は、間違いなく名剣だ。コインを強化するよりも、何倍もの威力を生み出してみせた。
「相手の特殊な防御能力を封じる……そんな技みたいだな」
「……王都からいなくなった姫。私たちが探させられていたのは……その『姫騎士』……」
「っ……」
明かしたくない秘密ならば、それでいいと思っていた。
――レベルが上がって覚える技は職業によるものだからな……俺たちの前で見せると、リスティの本当の職業も分かるかもな。
リスティの『ブレッシングソード』は『剣士』ではなく『姫騎士』の技だった。
『誓いの剣』が強力な効果を持っていたのも、その職業の特性によるものなのか――全ては推測することしかできない。
「……このままでは……終わり、たくない……」
維持することができなくなったのか、ラクシャの装甲と黒い翼が消滅する。
――そして、ラクシャの胸の前に現れた錠前が、光の粒となって消えた。
「……分かった……あなたの、本当の職業……」
「俺は『賢者』だ。今は、それ以外の何者でもない」
ラクシャは最後に、その答えを不服そうにしながら――魔石を残して消え去った。
スライムのアムはプラチナではなく、前にも擬態していた女性の姿に変わっている。そして、発する第一声は――。
「……お腹空いた」
アムがいてくれたことで、俺たちはラクシャの想像を超えることができた。しかし本当に全てを出し尽くしてしまい、魔力不足で今にも倒れそうだ。
「っ……」
「お疲れ様、マイト」
本当に倒れかけて、プラチナに受け止められる。彼女も疲労が激しいはずだが、それを感じさせなかった。
「私たちはやはり、とんでもない人物を仲間にしてしまったのだな……」
「いや……みんなも十分とんでもないぞ。ラクシャのレベルは、おそらく……」
「さ、さんじゅう……ですか? どうして魔族ってレベルの制限がないんですか?」
「それは俺もずっと不思議に思ってるが……」
プラチナに支えてもらっているのも悪い――と思っていると。
ふわりと、今度は正面から抱きしめられる。
「リ、リスティ……?」
「……ごめんなさい、マイト」
その言葉が何を意味しているのかは分かっていた。リスティはおそらく、この国の王女だ――身分を隠して冒険者をしていて、俺と出会った。
「何も謝ることなんてない。俺たちは、勝ったんだから」
「そうですよ、リスティさん。私も驚いてますけど、なんとなく分かってましたからね。プラチナさんの盾、この国の騎士団の紋章ですし」
「ぐっ……払い下げ品が流通しているので、あまり気にしていなかったのだが。ナナセは以外に鋭いのだな……」
「私だって、もう二人のお友達のつもりですから。それとも、お二人はそうじゃなかったんですか?」
俺はリスティの肩をそっと叩き、離れてもらう。リスティはナナセに対して申し訳なさそうにしている――そんなリスティに、ナナセは小瓶を見せながら言った。
「そんな顔しないで、今は笑って帰りましょう。笑顔になれる薬、飲んでみます?」
「それはただのポーションだろう。私でも色くらいは覚えているぞ」
「ありがとう、ナナセ。スライムってあんなこともできるのね……」
「この子はアムって言います。マイトさんとの共同作業でできた子です」
「マスター、ごはん……」
今アムに魔力を吸われたら確実に気絶するので、ちょっと待ってもらわなければならない。
「皆様方……お見事でした。魔族を倒していただき、我らの命を救っていただいた……この御礼は必ず……」
メルヴィンにドロテアが肩を貸して、こちらに歩いてくる。目覚めたドロテアよりも、メルヴィンの方が傷が重かったということだ。
倒れたままのブランドは目覚める気配はない。起きた時に現実を受け入れられるか――それは、彼次第と言うほかはない。
どう答えるかは、リスティに頼んだ。俺は少しでも魔力を回復させないと、今にも気絶しそうな状態だ。
「ギルドの仲間として、同じ目的のために戦うことができて良かった。街に戻ったら、ゆっくり傷を癒やしてください」
「……かたじけない。本当に……」
歓楽都市フォーチュンに訪れようとしていた危機は、こうして終わりを迎えた。
俺たちは砦から後を追ってきてくれた厩舎係に馬を引き渡し、メルヴィンたちが乗ってきた馬車でフォーチュンに戻ることとなった。
『――お疲れ様、主様。やっぱり、ボクも一緒にいた方がいいみたいだね』
ウルスラのそんな声が聞こえてきたが、当面は今回ほどの相手と戦うことはないだろう――揺れる馬車の上で微睡みながら、そう思っていた。
//お知らせ
この場をお借りして告知のほう失礼いたします。
このたび本作「ラスボス討伐後に始める二周目冒険者ライフ」の書籍化が
決定いたしました!
ご報告が遅くなってしまいましたが、発売は明日1月19日になります。
担当イラストレーター様は「ファルまろ」先生です。
リスティ、プラチナ、ナナセの三人娘は大変可愛く、マイトは格好良く
あのシーンやこのシーンを鮮やかに描き出していただいております!
よろしければ是非チェックを頂けましたら幸いです。
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