第三十九話 賢者のやり方
ゾラスと会話していたコボルドが、捕虜の一人に近づき――鋭い犬歯を持つ口を開く。
「ひぃぃっ……!!」
だが、それは俺に無防備を晒す瞬間でもあった。
「ガファッ……!!」
飛ばしたコインがコボルドの上あごに命中する――その瞬間部屋に走り込む。敵のコボルドは左右にあと二体、捕虜に向けて山刀を振りかざそうとする――だが。
「グルァッ……!」
「ガッ……!?」
もう二発のコインでコボルドの武器を飛ばす。次の瞬間、部屋の奥にいたゾラスが動いた――俺に向けて、短剣のように発達した爪を繰り出してくる。
「なっ……!?」
こちらを仕留めたと思っていたのか、空振りしたゾラスは明らかに面食らっていた。
(遅すぎるが……だが魔族だ、何かある……!)
「「ガルルァァァッ……!!」」
「――これ以上の狼藉はやめなさいっ!」
リスティが放つ声――同時に放たれる『気品』でコボルド二体が動きを止める。直後にリスティが駆け出し、同時にプラチナが盾を構えてコボルドに肉薄した。
「やぁぁっ!」
「――このぉぉぉぉっ!」
「「グォォォッ……!!」」
「小娘共がっ……英雄にでもなったつもりか……っ、ガァァァッ!」
「(やはり来るか……!)」
人狼の放つ咆哮は敵を威圧する手段でもあり、同時に自らの力を開放させる――そしてコボルド二体の目が赤く輝く。
「下等な人間のみの存在する地のはずだ……なぜここまで入り込めた……?」
「さあな。そっちが思うよりは苦労はしなかったよ」
「っ……ふざけたことを……っ、レベル5以下の
「誰かの手引でここに来たのか? この地域なら支配できると思ったのか」
挑発したつもりはないが、ゾラスはギリ、と牙を鳴らす。コボルド二体もまた、リスティとプラチナと対峙しながら口から涎を垂らしていた――人語を解するようなコボルドでも、やはり魔物は魔物だ。
「少しはやるようだが、所詮は蛮勇だ。貴様は首輪でも付けて飼ってやろう……魔力の供給源としては物足りんがな」
「……そいつはあいにくだな。まだ『賢者』に転職したばかりなんでね……!」
「――喰らいつくせ、眷属共!」
ゾラスが息を吸い込み、再び咆哮する――まさにその瞬間。
パシャッ、と一体のコボルドの鼻先に液体の入った小瓶がぶつけられる。誰もが呆然としている中で、もう一体のコボルドにも瓶が投げつけられた。
「グォッ……オォォッ……!」
「ウガッ……ゾ、ゾラス様、これは……っ」
「――私の特製、お腹が空くポーションです! 腹ペコであればあるほど気が散って動けなくなりますからね!」
魔力に飢えていたコボルドにもナナセのポーションが通用している――二体が気を取られる間にリスティが剣を抜いた。
「私の新しい技……今なら……!」
――『リスティ』が『ブレッシングソード』を発動――
「――やぁぁぁぁっ!!」
「グフォォッ……!」
剣を胸に当てて祈るような仕草――その後に繰り出された剣による突きは、細身のリスティから繰り出されたものとは思えない威力が込められていた。
「負けてはいられない……私の技も見てもらおう……!」
「グルゥァァァァッ!!」
――『プラチナ』が『ロイヤルガード』を発動――
「はぁぁぁっ……!」
「ウゴォォッ……!?」
コボルドの叩き下ろした武器を弾き、無防備になったところに盾による打撃を叩き込む。反撃を予想していなかったコボルドは立ったままでたたらを踏み、武器を取り落とした。
「ゾラスって言ったか……他の眷属を呼び寄せなくていいのか?」
「――グァァァアォォォォッ!!!」
ゾラスの身体が急激に巨大化する――まとっていた鎧が弾け飛ぶほどの『獣の暴走』による身体強化。
巨大な狼そのものとなったゾラスが俺に向けて爪を振り下ろす――避けるのは造作もないが、直感で紙一重よりも大きく裂ける。
「――オレの爪は鉄の鎧も切り裂く……そこに転がっている塵と同じ、ボロ屑にしてやる……!」
(人狼の技『斬鉄爪』……ファリナがお気に入りの鎧をやられて怒ってたな。だが、それは……)
俺が転職する前――レベル20だった頃の話だ。
確実に俺に爪が届いたと思っているゾラスを前に、俺は平然と立っている。
「ボロ……屑に……」
ゾラスが目を瞬いて俺を見る。それほどに自信があったのだろうが、今のを喰らってやれるほど
「何を……した? オレが知らない技を使ったのか……?」
「その技は
「ふざ……けるなっ、俺の爪が……こんな、こんな子供なんぞにっ……!」
絶え間なく俺に向けて繰り出される爪を、服も削られない間合いで避け続ける――一撃ごとに必殺のつもりだろうが、当たってはやれない。
俺の身体能力はレベル99の『盗賊』のままだ。ゾラスにとってはレベル2の賢者に攻撃を避けられている――ありえないことが現在進行形で起きている、それは精神的な動揺につながる。
「貴様ぁぁぁっ……人間風情がオレを……このゾラスを……っ、うぉぉぉぉっ……!」
大振りの爪が振り下ろされ、石床が砕ける――俺はその爪の上に着地し、ゾラスと至近距離で向き合った。
「な……ぁ……」
言葉を無くすゾラス。だがその目にはまだ余裕がある――攻撃しない俺に決め手がないと思っているのだろう。
「マイト……ッ!」
「いや……まだだ、リスティ! マイトは……!」
「――オレを討つ
ゾラスが爪を引き抜き、目の前の俺に繰り出そうとする――だが。
――『ロックアイI』によって『黒狼のゾラス』のロックを発見――
生物・無生物の『ロック』を一つ発見する。それが『賢者』として俺が手に入れた力。
ゾラスの胸に鍵穴が見えている。繰り出された爪を避け、俺は駆け抜けながら『ロック』を開けた。
「何……を……貴様……」
仲間の
(これが『ロックアイ』のもう一つの力……そうか。
「……クッ……ククッ。何をしたか知らんが、所詮まじない程度の弱体術。人狼には無限の再生力がある……貴様がオレを倒すことは不可能だ……!」
「俺はいつも、仲間と一緒に敵を倒してきた……魔族もな」
「その三人に何ができる? どうせ低レベルの塵だろう。そしてお前にも、オレに対抗しうる魔力など……」
「ああ、そうだな」
ゾラスの動きが止まる。そして俺が言ったことを言葉通りに理解したのか、牙を見せて残忍な笑みを見せる――だが。
「リスティ、プラチナ、ナナセ! 力を借りるぞ!」
「「「っ……!?」」」
――『白の鍵』によって取得した『技の目録』を顕現――
仲間の『ロック』を開けることによって、封印技を解放する。『白の鍵』という魔法の効果はそれだけだと思っていた。
俺の右手に本が現れる。どこから現れたのか、表紙に何も書かれていない、重さがあるようでない――だが中に何が載っているのかは、見なくてもわかる。
「なんだ……魔法書……どこから……!」
ゾラスが動揺しているが、俺自身も今まさに理解している最中だ――普通とは少し違う、俺だけの『賢者』のあり方を。
(ゾラスを倒すために必要な力は、この本の中にある……そのはずだ……!)
――『プラチナ』の封印技『乙女の献身』を発動――
本を開いて発動したのは、前にも使ってもらったことのあるプラチナの技だった。
(封印技……封印を解いたとき、この『技の目録』に収められるのか……!)
「その技は、私の……三人同時に、発動している……?」
前回は手に触れて魔力を送り込んでもらったが、こうして鍵を開けて『繋がっている』ならば、近くにいるだけで魔力を送ってもらえる。
それだけではない。俺の身体に注ぎ込まれると同時に、魔力が増幅されている――明らかに、四人の魔力の総量より大きくなっている。
「何だ……その力は。ありえない……何を、している……?」
この魔力を攻撃に使う技――それもこの目録に収められている。『魔素合成』だ。
「お、おい……待てっ、やめろ! そんな魔力、こんなレベル帯であっていいわけが……!」
――『ナナセ』の封印技『魔素合成』を発動――
『魔素合成』は、調合素材として『魔素』を作り出す技。
俺の中にかつてない量存在している魔力を魔素に変え、それをコインに纏わせる――今まではただの物理攻撃でしかなかったコイン飛ばしが、圧縮された魔力の塊に変わる。
「俺は魔族には容赦しないと決めてるんだ。悪いな」
「ウガァァァァァアァゥッ!!」
――『黒狼のゾラス』が『ブラッディクロー』を発動――』
自らの生命力――血を武器に変える、人狼の奥の手。相手の生命力が高いほどその威力は強まる、しかし。
指でコインを弾いた瞬間、撃ち出された魔力はゾラスの血爪と一瞬だけ拮抗し――一気に貫通し、後ろの壁まで突き抜けた。
「……なぜ……そこまでの技を持っていて、攻撃魔法を使わない?」
ゾラスの胸には大穴が開いている。血の色に染まったその目は、元に戻り始めていた。
「これが俺の、賢者としてのやり方だ」
「賢者……そうか。オレには攻撃魔法を使うまでもないということか……」
ゾラスの姿が消えていく。魔力で作られた肉体を、もはや保てなくなっている。
「……だが……ラクシャが見つけた人間共はどうかな?」
ラクシャというのはゾラスの仲間のことだろう。人間共というのは、おそらくブランドのパーティのこと――彼らも魔族と戦うつもりでフォーチュンを出たのだから、迎撃を想定してはいたはずだ。
「オレを倒しても、この国は……いずれ魔族に支配され……」
全て言い終える前にゾラスが消え、眷属のコボルドたちも同時に消滅する。俺の手の中にあった本も消えた――必要な時にしか現れないようだ。
消滅した魔族が残す小さな宝石は、魔石と言われるものだ。ゾラスの魔石は討伐の証拠として拾っておく。
「なんだか、よくある感じの捨て台詞を言ってましたね」
「さっきゾラスが言ってた『人間共』って、ブランドって人たちのことよね……」
「マイトの魔法についても気になっているのだが、どうやら急がねばならないようだな」
「そうだな。ブランドは俺たちに助けられたくはないだろうが」
「案外、彼らもラクシャという魔族を倒せているかもしれないが……それは希望的観測というものか」
「あ、貴方がたは……凄まじい強さのようだが、一体どこから……」
捕虜の一人が声をかけてくる。彼から話を聞くと、椅子に縛り付けられているのが守備隊長だという。
意識のなかった守備隊長は、回復のポーションを口にすると辛うじて意識を取り戻した。
「ぐっ……うぅ……狼の魔物たちは……」
「俺たちが倒しました。魔族を倒したことで、眷属も全て消えたはずです」
「……ありがとう……私たちでは全く歯が立たなかった怪物を、倒してくれたんだな……そちらの鎧の騎士がやってくれたのか……」
「? 私は何も……」
「はい、まあそんなものです。魔力を失っていますから、ゆっくり休んでください」
俺たちのパーティでは、一見して一番強そうなのはプラチナということだろう。彼女はしきりに照れていて、リスティとナナセも笑っていた。
「一つお願いがあるんですが、馬を貸してもらうことはできますか」
「魔族たちは、守備隊の制圧を優先していた……厩舎の被害がないといいが……」
砦の解放には成功したが、まだ仕事は残っている。ラクシャという魔族の動向を確認すること――それも、可能な限り迅速に。
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