第40話:怯えの侵入

 寝室から外に出て、庭の小道まで進み、周囲を確認した。グラスデバイスを使う限りでは、人の姿を確認できない。息を整え、右手にある崖の上に目を向けた。


 ほぼ直角にそびえる五メートルほどの崖の上には、少し下がった位置に屋敷が建っている。コイトマと監視ルームに向かったときの経路を考えると、部屋はちょうど、建物の右端に位置しているはずだ。


 崖の上にそびえる屋敷の右端、クリーム色の壁の下四分の一ほどのところには、窓が設置されている。ほぼ正方形をしたその窓は、上の辺が固定された状態で、屋敷の外側に面を傾けたような状態になっていた。下から滑りこめるかもしれない。


 崖の前まで行き、念のため、もう一度周囲を確認。人の姿はない。

 心を落ち着けたところで、建物を見上げ崖の上に着地点を設定する。

 ふっと息を吐いて、飛び上がった。


 一瞬爽快な浮遊感が訪れるも、すぐに壁が迫ってきて恐怖を感じる。賢いスーツを信頼してはいても、目の前に物体が現れる怖さは変わらない。思わず、目をつぶってしまう。


 直後、足の裏に軽やかな衝撃が走った。

 スーツが体勢を整えてくれ、体が静止する。


 恐る恐る目を開けてみると、十センチくらい前方に壁があった。クリーム色の地に、私の影が投影されている。すぐ背後には崖。下から見上げるよりも、かなり高く感じた。


 圧迫感を緩和するために半歩下がってから、周囲を確認する。

 崖と建物の間は五十センチほどあり、左手には壁がずっと続いている。右手には、手前の下方向に離れへ至る階段が見え、その奥、ほぼ視線と同じレベルに屋敷の門が見えた。


 門の前に詰めている女性は、まっすぐ前を向いており、こちらには気が付いていない。ただ、距離は五十メートルほどで、いつ見つかってもおかしくはなかった。おびえているわけにもいかないらしい。


 頭上に視線を運ぶ。

 地上から二メートルほどの高さに、窓が見えた。思ったよりも高い。部屋の外にせり出した窓と壁の隙間は、三十センチほど。なんとか滑りこめそうだ。


 ひとまず、窓枠の下の部分をつかみ、壁越しに熱感知をかけた。

 部屋の左側が全面的に熱を帯びている以外に、反応はない。人の姿はなさそう。念のため、窓まで頭を上げて内部をのぞく。部屋の左手に旧式のディスプレイが並んでいる以外は殺風景な部屋で、やはり人の姿はなかった。


 腕を曲げて体を持ち上げ、窓と壁の間に頭を入れる。そして、窓の傾きに合わせて体を部屋の中に入れ、窓枠におなかをのせ、腕を床の方へ伸ばす。そのまま体を揺らして徐々に前進し、床に手を置き、静かに着地した。勢いよく立ち上がった瞬間、血流が脳にかたよっていたこともあり、軽いめまいがする。


 数秒目をつぶった後で、ディスプレイの前へ。画面は全部で十個。三列ずつ配置されて正方形になっている九個の画面と、その右手にある少し大きな画面とに分かれている。今映像が流れているのは、正方形に配置されたディスプレイの方だけだ。


 映し出されているのは、屋敷の入り口部分と、この部屋の目の前の廊下、それから屋敷の裏口付近と思われる場所。あとは王家のプライベートスペースの入り口と思われる部分が二か所、プライベートスペースの一階から二階に至る大きな階段付近。そして離れの表口付近と、庭園を移したものが二か所。合計九個の映像を見ることができる。


 私はディスプレイの手前に配置された、操作盤に目を落とす。以前の映像を見るにはどうしたらいいのだろう。タッチパネルに触れると、メニュー画面らしきものが映し出された。試しに「昔の映像が見たい」と、小声で言ってみたものの、反応はない。音声入力に対応していないのだろうか。古風である。


 仕方なく、メニューのアイコンを適当にタッチしていく。


 どういう遷移せんいの仕方をしたのかは分からないものの、カレンダーが表示されたので、三日前の日付を選択する。最初の事件が起きたと思われる日だ。私は十分に時間をさかのぼってから、再生のアイコンを押した。右手に用意された大きなディスプレイに映像が映し出され、その画を早送りで先へ先へと進める。

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