第39話:相違と予感

 水の底で生まれて泡が、ポコポコと水面ではねている。泡の出現に法則性を見出そうとしばらく眺めてみたけれど、発見の前に飽きてしまった。


 私は椅子から立ち上がり、沸騰を告げているポットを保温モードに切り替える。そして、隣にあるコーヒーをカップに注いだ。窓の外に立ち並ぶ木々を眺めながら、黒い液体を口にすると、頭の中にあるもやが少し晴れたような心地がする。


 パドマと情報を共有した後、二人で事件について考えてみたものの、有力な意見が出ないままに時間だけが過ぎていった。可能性はいくらでも思いつくけれど、それを確認する手段がないのだから、当然だ。


 前進のない状況にしびれを切らした少女は、庭へ散歩に行っており、部屋の中はいたって静か。鳥のさえずりも、今は聞こえていない。熱いコーヒーをすする音が際立ち、なんだか落ち着かなかった。


 何か別のことに意識を集中させようと試みるも、すぐに一連の事件に考えが及び、ため息が出る。ただ、パドマとの議論から少し時間が空いたこともあって、頭の熱は落ち着いていた。どうせ解決されるまで状況は変わらない、と私は自分の脳のおもむくまま思考に身をゆだねる。


 今までに起きた三つの事件の映像が、頭の中に浮かんだ。王女とブルーナ、そしてユノの姿が次々に再生され、そして消える。心の中に、鈍い痛みが走るのを感じた。ユノの映像の時は、特に。


 彼女の映像は記憶に新しいだけ鮮やかで、何より、事件に込められた暗い感情を一番強く漂わせていた。遺体を残した場所、下腹部をさらすという放置の仕方、刺し傷の執拗しつようさ。ユノの体を媒介として、犯人の強烈な思いと対面させられ、息苦しい。名前も分からない彼女は、どうしてこんな行為に走ったのか。


 そう、どうして。


 ユノの体の状態は、腹部に傷があるという点で、ブルーナと似ている。しかし、そこに漂う雰囲気には確かな違いがあった。


 何が違うのだろう。


 放置された場所、遺体にかけられた布、さらされた体、首のあざぬぐわれないままの血。なぜこのような違いが生まれたのか。


 犯人の、死者に対する恐怖が薄れた?


 いや。それだけでは、ちょっと説明がつかない。


 もちろん、人を殺めることに多少の慣れはあったかもしれない。それによって、恐怖や罪悪感が失われた可能性もある。けれど、恐怖や罪悪感の減少という消極的な差だけではない、別の何かがそこに感じられた。憎悪や憤怒ふんぬといった、より積極的な何かが。


 反対に、ブルーナの現場からは、そういった積極的な気持ちは感じられなかった。目はとじれられ、腕はクロスし、布が――


 そうか。


 ふと、一つの仮説を思いついた。

 一瞬のひらめきを逃さないよう、すぐに妥当性を確認。論理を飛躍させようとする脳を必死に落ち着かせ、一つ一つの事件に仮説を当てはめていく。


 心が急いていて精度の高い検証は難しかったものの、完全な論理の破綻はたんはないように思えた。時間が経過するごとに、その自信は深まる。

 この仮説を証明する方法はないだろうか。破綻がないことを示しただけでは、犯人を特定したことにはならない。


 私は記憶を探り、関係性のありそうな事柄を思い浮かべていく。

 彼女を見た場所、事件が起きた時刻の出来事、屋敷の見取り図。

 頭の中がまた熱を持ち始め、脳の機能が落ちていくのを感じる。


 ただ、やめるわけにはいかなかった。やめることには耐えられない。

 脳の細胞にむちを入れるように、再び記憶の海へもぐる。

 事件の現場に至る経路、遺体の映像、カメラの位置――


 よぎった直感に、息が止まる。


 いくつかの事柄が線で結ばれ、一つの結論にたどり着いた。

 途端、脳にかかっていた圧力が一気に解放されて、頭が真っ白になる。


 数秒のブランクの後、その真っ白な部分を埋めるように、少しずつ考えが浸透してきた。同時に、思い付きがきちんと整理されていく。

 カメラの映像を確認できれば、何とかなるかもしれない。完全な証明にはならないけれど、相手を動揺させるには十分なはず。


 まずは確かめないと。話はそれからだ。

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