第41話:王家の領域

 山から吹いてきた風が、庭園の方へ流れていく。

 私はゆらゆらと揺れる髪を耳にかけ、風上へ目を向けた。


 緩やかな傾斜を描く山肌は、数百メートル先で角度を少し厳しくし、頂上まで続いている。街に来る前から数えると、四日ほどお世話になっているけれど、その頂をきちんと見るのは初めてかもしれない。思ったよりも、高さは感じなかった。屋上から見ているせいだろうか。


 屋敷の屋上は、中庭を囲う四辺にそれぞれ外側へ傾斜のついた屋根が設けられており、その上部を囲うように管理用と思われる通路が巡っている。庭園に面した方の通路を王家のプライベートスペースに向け歩いて行くと、左手に傾斜した屋根の向こうに噴水庭園が一望できた。一方、通路の正面では、プライベートスペース部分に設けられた屋根が、こちらに立ちふさがるような形でそびえている。


 プライベートスペースとの間にある隙間を飛び越え、傾斜の頂点まで登ったところで、下方に例の透明なエレベーターが見えた。その奥に広がった大地まではかなりの落差があり、無意識のうちに地面にたたきつけられる光景を想像してしまう。スーツを着ているとは言え、さすがにただでは済まないだろう。


 私は滑らないよう慎重に、屋根の端まで進んだ。そして、寝ころびながら軒先へ頭を出し、下方を確認する。中央やや左手に、目的のものを見つけた。壁の上部、おそらく二階部分に、細長い窓が反時計回りに屋敷の外へ口を開けている。


 再び慎重に窓の上部まで移動し、屋根にぶら下がって窓枠の上に足をかけた。斜め下の部屋に熱検知をかけ、人の体温らしき影が無いことを確認した後、念のため耳を澄ます。物音は聞こえなかった。


 私は窓の上部から飛び降り、窓枠の下の部分を手でつかんだ。体を持ち上げて部屋の中を確認すると、そこはバスルームで、広々としたタイル張りの空間の真ん中に、滑らかな流線型の美しいバスタブが配置されていた。


 しばらく陶然とした後で、音を立てないよう網戸を外し、中へ入る。


 バスルームの白いタイルはわずかに濡れており、足を置くと小さな音がした。細心の注意を払い、正面奥にあるバスルームの入り口まで移動。木の扉の前で、再び熱検知をかける。人がいないことを確認して、中に入った。


 バスルームの隣は寝室になっており、左の壁際に天蓋付きのベッドが配置されていた。深く紅い絨毯はふかふかと柔らかく、物音を立てる心配はなさそう。ベッドの奥、部屋の左の面に設けられた扉の前まで進み、再び同じ儀式を繰り返してから、隣の部屋へ移動する。


 今度は、広々とした書斎に行き着いた。部屋の真ん中あたりに、丸机と一人掛けのソファがいくつか置かれている。左の壁の近くには、大きな窓を背中にした執務机があり、入ってきた扉の並びには本棚があった。占有しているスペースの大きさなどから考えて、王家の誰かが使っている部屋で間違いなさそうだ。

 部屋の右手、扉の先に人影がないことを確認しつつ、身をかがめてそちらに進む。


 出た先は廊下のような場所で、目の前を横断するように通路が走っていた。五メートルほど奥には、胸ほどの高さがある壁。右手に視線をずらしていくと、壁が切れた先に下へ階段が伸びている。おそらく、昨日プライベートスペースを訪れた際に見た、回廊の上にいるのだろう。階段のさらに右手には、奥に向かって通路が続いていた。顔を反対に向けると、ほぼ相似形に、壁の一番左端が切れて階段があり、その奥を通路が横断していた。


 私はかがんだまま前へ進み、正面の壁に背をつけた。そしてじりじりと左手に移動し、階段の方へ頭を出す。監視ルームで見た映像は、踊り場から大広間の方をとらえたものだったから、階段を下りない限り、姿は映らないはず。


 階段は左下に弧を描くように踊り場まで続き、踊り場からはまっすぐに一階まで伸びていた。その先は大広間だ。広々としたスペースに、人の姿はない。階段から頭を引っ込め、ほっと息をつく。

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