第21話:感情の演出

「事件を調べていることが悟られるとまずいので、自然な感じで行きましょう」

 屋敷に至る緩やかな上り坂の途中で、コイトマがささやいた。


 彼女いわく、屋敷内部における事件解明への動きは、今のところ鈍いらしい。かつて経験したことのない事態が起きた一方で、警察機構はなく、事件解明の手順も整理されておらず、混乱の真っただ中にあるのだとか。そんな方針がどう転ぶか分からない状態で、勝手に調査を始めるというコイトマの選択は、反感を招く可能性もありそうだ。そこに外部の人間が参加しているとあれば、なおさら。


「誰が事件を起こしたかも分からないしね」

 パドマが答える。

「えぇ。やっていないと確実に言えるのは、お二人くらいです。それに犯人ではないにせよ、屋敷にいる人間に悟られると、結果的に犯人まで話が伝わる可能性があります」


「確かに」「確かに」

 二人の返事が、見事に重なった。妙な面白みを感じ、コイトマと視線を合わせようとしたものの、彼女は真剣なまなざしを屋敷のほうへ向けていた。


 そこで、失態を悟る。

 必死に事件を解明しようとしている彼女の前で、軽薄な態度をとったのは、配慮に欠けていた。まして、その場に参加させようとしたのは、残酷と言える。


「少し休まれてはどうですか?」

 慌てて気遣きづかうような言葉を口にしたものの、すぐに後悔。断られると分かり切った提案をして、何の意味があるのだろう。


「大丈夫です。私がいないと、お二人も自由に動けませんから」

 口角だけを上げ、笑顔を作ったコイトマの向こうでは、パドマが小さな声で歌い始めた。


「すみません、こんな時に」

「いえ。あの年でこわごわとした配慮を見せられても、こちらが困ってしまいます。それに、私がアガサさんとパドマさんに話を聞いたのは、お二人のこの件に対する思い入れの少なさが、良い結果を生むと思ったからです。そういう意味では期待通りと言えます」

 彼女はそう言って、屋敷の門前にいる女性に軽く手を挙げた。

 私は、その言葉に答えることができない。


 もう少し慎重に振舞わなければ。

 心の中で決意を固めるも、直後にかすかな疑念を持つ。態度を強いて変えることが、本当に彼女を思いやることになるのだろうか、と。

 今度同じような状況に置かれれば、きっと、私は迂闊うかつな態度を取らないだろう。友人を亡くした人と同じように悲しみを表現したり、言葉を失ったりするはずだ。


 けれどそれは、自然な感情だけに裏打ちされた態度ではない。学んだ結果の行動である。悪く言えば、演出している。 

 果たして、演出した態度を見せることが、相手に対する誠意なのだろうか。喪失感を抱いている人を、思いやることになるのだろうか。邪念じゃねんがないという意味では、パドマの方がよほど誠実な態度を取っているのでは?


「こちらです」

 コイトマの言葉で思考が途切れ、彼女の方へ注意が向いた。

 中庭に入ってすぐのところで、左手を示した彼女の指先には、地下の暗がりへ至る階段があった。


 二階部分に回廊がめぐらされた中庭には、空から陽の光が注いでいるけれど、回廊の下にある階段付近には届いていない。たくさんの寵妃ちょうひ候補が暮らしているとは思えないほど、あたりは静かだ。


「この右手の扉の先が、噴水へと続く階段になっています」

 階段を降り切ったコイトマが、こちらを見上げた。

 地下には、階段と垂直の方向で長い廊下が走っており、右手の突き当りが両開きの立派な扉になっていた。


「それと、こちらの奥の部屋に、監視カメラの映像を見るモニターがあります」

 彼女の誘導に従って廊下の左手に目をやると、通路の右側の壁に、二つの扉が間隔をあけて配置されていた。


「こっちの部屋は何があるの?」

 手前の扉を指さして、パドマが尋ねた。

「食べ物の保管庫ですね」

「ふーん」

 瞬間的に興味を無くす少女である。


「屋敷の中に、どれくらいカメラがあるんですか?」

「おそらく五か所です」

「おそらく、なの?」

 再びパドマが尋ねる。


「すみません、確証がないんです。我々が一から作った建物ではありませんので、仮に故障したカメラがどこかにあったとして、それを見つけられていない可能性はあります」

「なるほど」


「ちなみに、カメラはどんな配置になっているのですか?」

 少女が納得したようなので、質問をはさんだ。

「まずは屋敷の出入り口、表口と裏口にそれぞれ設けられています。今入ってきたのが表口にあたり、ちょうど建物の反対側に裏口があります。それから、王家のプライベートスペースに二か所。後は、この廊下に設けられています。見えますか?」


「あっ、見えました」

 コイトマの示した先、モニタールームの入り口を超えた廊下の突き当りに目をらすと、黒いカメラがレンズをこちらに向けているのが見えた。映像を見てみないと正確なことは言えないけれど、廊下の様子はすべて収まっていそうだ。


「ここを通らないと、庭の噴水に続く階段には出られない?」

 パドマが言った。

「いえ、そんなことはありません。お二人を昨日お通した、共有の書斎からも出られますし、ほかにも何か所か。今いる廊下と垂直になる形で階段が左右に通っていますので、そこに面した扉であればどこからでも」


「夜は鍵を閉めているってことは?」

「無いですね。階段を挟んで向こう側は、女王様たちのプライベートなスペースですので、そちらに続く扉は一応施錠せじょうされていますが、こちらから階段に出る扉は全く」


「そっか。それだと確かに、階段を下った人間を特定するのは難しそうだね」

 パドマは考え込むようにうつむいた。

「あれっ? でもそうなると、王女がプライベートスペースに入ったら、寵妃候補たちは彼女にアクセスできなくなるのでは?」

 疑問の浮かぶままにそう言ってから、自分の言葉が示す可能性に心が冷えた。犯人をかなり絞り込んでしまったのでは、と。


「ええ、確かに。ただ、鍵をかけたといっても、厳重な管理をしているわけではありません。今は寵妃を選ぶための期間ですので、王女は寵妃の部屋を好きに訪れることが可能ですし、外に呼び出すことも自由。事件を起こすチャンスはいくらでもあるかと」


「そうですか」

 コイトマの淡々とした様子に安堵する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る