第21話:感情の演出
「事件を調べていることが悟られるとまずいので、自然な感じで行きましょう」
屋敷に至る緩やかな上り坂の途中で、コイトマがささやいた。
彼女
「誰が事件を起こしたかも分からないしね」
パドマが答える。
「えぇ。やっていないと確実に言えるのは、お二人くらいです。それに犯人ではないにせよ、屋敷にいる人間に悟られると、結果的に犯人まで話が伝わる可能性があります」
「確かに」「確かに」
二人の返事が、見事に重なった。妙な面白みを感じ、コイトマと視線を合わせようとしたものの、彼女は真剣なまなざしを屋敷のほうへ向けていた。
そこで、失態を悟る。
必死に事件を解明しようとしている彼女の前で、軽薄な態度をとったのは、配慮に欠けていた。まして、その場に参加させようとしたのは、残酷と言える。
「少し休まれてはどうですか?」
慌てて
「大丈夫です。私がいないと、お二人も自由に動けませんから」
口角だけを上げ、笑顔を作ったコイトマの向こうでは、パドマが小さな声で歌い始めた。
「すみません、こんな時に」
「いえ。あの年でこわごわとした配慮を見せられても、こちらが困ってしまいます。それに、私がアガサさんとパドマさんに話を聞いたのは、お二人のこの件に対する思い入れの少なさが、良い結果を生むと思ったからです。そういう意味では期待通りと言えます」
彼女はそう言って、屋敷の門前にいる女性に軽く手を挙げた。
私は、その言葉に答えることができない。
もう少し慎重に振舞わなければ。
心の中で決意を固めるも、直後にかすかな疑念を持つ。態度を強いて変えることが、本当に彼女を思いやることになるのだろうか、と。
今度同じような状況に置かれれば、きっと、私は
けれどそれは、自然な感情だけに裏打ちされた態度ではない。学んだ結果の行動である。悪く言えば、演出している。
果たして、演出した態度を見せることが、相手に対する誠意なのだろうか。喪失感を抱いている人を、思いやることになるのだろうか。
「こちらです」
コイトマの言葉で思考が途切れ、彼女の方へ注意が向いた。
中庭に入ってすぐのところで、左手を示した彼女の指先には、地下の暗がりへ至る階段があった。
二階部分に回廊がめぐらされた中庭には、空から陽の光が注いでいるけれど、回廊の下にある階段付近には届いていない。たくさんの
「この右手の扉の先が、噴水へと続く階段になっています」
階段を降り切ったコイトマが、こちらを見上げた。
地下には、階段と垂直の方向で長い廊下が走っており、右手の突き当りが両開きの立派な扉になっていた。
「それと、こちらの奥の部屋に、監視カメラの映像を見るモニターがあります」
彼女の誘導に従って廊下の左手に目をやると、通路の右側の壁に、二つの扉が間隔をあけて配置されていた。
「こっちの部屋は何があるの?」
手前の扉を指さして、パドマが尋ねた。
「食べ物の保管庫ですね」
「ふーん」
瞬間的に興味を無くす少女である。
「屋敷の中に、どれくらいカメラがあるんですか?」
「おそらく五か所です」
「おそらく、なの?」
再びパドマが尋ねる。
「すみません、確証がないんです。我々が一から作った建物ではありませんので、仮に故障したカメラがどこかにあったとして、それを見つけられていない可能性はあります」
「なるほど」
「ちなみに、カメラはどんな配置になっているのですか?」
少女が納得したようなので、質問を
「まずは屋敷の出入り口、表口と裏口にそれぞれ設けられています。今入ってきたのが表口にあたり、ちょうど建物の反対側に裏口があります。それから、王家のプライベートスペースに二か所。後は、この廊下に設けられています。見えますか?」
「あっ、見えました」
コイトマの示した先、モニタールームの入り口を超えた廊下の突き当りに目を
「ここを通らないと、庭の噴水に続く階段には出られない?」
パドマが言った。
「いえ、そんなことはありません。お二人を昨日お通した、共有の書斎からも出られますし、ほかにも何か所か。今いる廊下と垂直になる形で階段が左右に通っていますので、そこに面した扉であればどこからでも」
「夜は鍵を閉めているってことは?」
「無いですね。階段を挟んで向こう側は、女王様たちのプライベートなスペースですので、そちらに続く扉は一応
「そっか。それだと確かに、階段を下った人間を特定するのは難しそうだね」
パドマは考え込むようにうつむいた。
「あれっ? でもそうなると、王女がプライベートスペースに入ったら、寵妃候補たちは彼女にアクセスできなくなるのでは?」
疑問の浮かぶままにそう言ってから、自分の言葉が示す可能性に心が冷えた。犯人をかなり絞り込んでしまったのでは、と。
「ええ、確かに。ただ、鍵をかけたといっても、厳重な管理をしているわけではありません。今は寵妃を選ぶための期間ですので、王女は寵妃の部屋を好きに訪れることが可能ですし、外に呼び出すことも自由。事件を起こすチャンスはいくらでもあるかと」
「そうですか」
コイトマの淡々とした様子に安堵する。
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