第22話:警告の一刺し

「じゃあ、寵妃候補の人たちに、当日王女が誰の部屋に行ったかを聞けばいいんじゃない? 見ている人がいるかも」


「なるほど、聞いてみます」パドマの言葉に、一度は納得したようにうなずいたコイトマは、しかしすぐに首をひねった。「聞いてはみますが、期待はできないかもしれません。寵妃候補の部屋には、王女様専用の通路からアクセスするので、自分以外の部屋の状況は分からないはずです」


「そんな通路があるんですね」

「はい。寵妃候補の部屋の外周を囲うように、通路が設けられています。ほかの候補から王女様が訪れた先が分かると、いろいろ問題が生じますので」

「カメラは?」

 またパドマが尋ねる。


「残念ながら」

「そっか。じゃあ、結構穴だらけってことだね」

「はい。一応監視はしておりますが、こんな恐ろしい事件が起きるとはだれも思っていませんでしたから」


「可能性をつぶすのって難しいんだなぁ」

 私は思わずそうつぶやいていた。昔の人間たちは、どうやってこういう事件を解決していたのだろうか。


「でも一応、寵妃候補たちに聞いておいてよ。自分の部屋に来たっていう人がいれば、少なくともその時間には事件が起きていなかったことが分かるし」

 少し投げやりに、パドマが言った。


「そうですね。やらないよりはましですから、聞いてみます。それより、まずはカメラの映像を見てみませんか? できることからやっていきましょう」

「賛成です」

 私が言葉を返すと、コイトマは廊下の奥へ歩み始めた。


「今は難しいかもしれませんが、いずれマルガリータにも話を聞いてみたいですね。王女がいつ寵妃候補たちのスペースへ行ったのか分かれば、事件の起きた時間などを限定できますし」


「そうですね。時期を見てうかがってみます」

 マルガリータへの配慮が感じられるコイトマの発言の直後、「外に出ていなければ、プライベートスペースの中で起きたってことだしね」とパドマの率直な言葉が響いた。あたりに、重い沈黙が流れる。


 私は少女の言葉に反応を返さないまま、「噴水へ続く階段には、何か痕跡こんせきがなかったですか? 仮に別の場所で事件が起きたなら、血の跡が落ちているかもしれません。すべてを拭き去るのは難しいでしょうし」と続けた。

 はっきりとは見ていないけれど、王女の頭には大きな傷があったはずだ。

「なるほど、確かに痕跡があるかもしれませんね。早速――


 コイトマの言葉と重なるように、扉の開く音がした。


 廊下の奥に目を向けると、モニタールームの中からアデリンが姿を現し、背筋が寒くなる。昨日と変わらず黒縁の眼鏡をかけた彼女は、上下ともに黒いパンツスーツ姿だ。近くで見ると、思ったよりも体格がいい。


「アデリン……」

 ほとんど言葉を失っているコイトマに向け、「お客様をどちらへご案内するのですか?」と彼女は穏やかに尋ねた。

 コイトマは一瞬言葉に詰まってから、「特にどこへということはありません。屋敷の中をご案内していました」と絞り出すように答える。


「なるほど。確かに昨日はそういう時間の余裕がなかったですからね」彼女はそう言って、にこやかな表情を私たちに向けた。「申し訳ございません。こちらも人手が不足しておりまして」

「いえいえ、泊めていただけでもありがたいです」

 どことなく威圧感を感じ、必死に首を振った私である。


「そう言っていただけると、こちらも助かります」美しい所作しょさで言った彼女は、再びコイトマに向き直った。「ただ、今は時期が時期なので、ご案内する場所も考えなくてはいけないのでは?」

「はい、そうですね」

「見知らぬ人が街に訪れた途端に事件が起きた、と心無いことを言う人もいるのですよ」


「しかし、この二人が事件を起こしていないことは確認ができています」

「それは知っています。ただ、そういう人もいるのだから、いらぬ疑いを受けないようにするのもあなたの役目だと言っているんです」

「……すみません」


「私たちが案内をお願いしたのが悪いんです」

 押される一方のコイトマをかわいそうに思ったのか、パドマがかわいげのある人格を見せて擁護に回った。しかし、


「お二人は悪くありませんよ。この街のことを何も知らないのですから。ただ、コイトマは違います。彼女はこの街を知っていて、案内する場所を選ぶことはできたはずです」

 アデリンは全くなびかずに、言葉を続けた。少女は少し不満げな顔を見せてから、口をつぐむ。かわいげのあるキャラクターで擁護を始めたので、鋭さを見せるのを躊躇ちゅうちょしたのかもしれない。


「コイトマ、あなたは女王様の近くにいなさい。心を痛めておられるようだから。私はお二人を離れにご案内します」

 完全に気勢きせいをそがれたコイトマは、一瞬言葉を探すようなそぶりを見せたものの、「承知しました」と小さな声で言い、中庭の方へ歩いていった。


「では、ご案内します」

 アデリンの静かな圧力で、私たちの足は前に進む。

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