第20話:ものまねの探偵

「どうするのって、何が?」

「どうやって事件を起こした人を絞り込むの?」

「分からないよ。なんで私?」

「昔の物語をよく知ってるから。こういう話、あるでしょ?」

「いや、まぁ、あるにはあるけど、物語の中の話は役に立たないと思う」


「そうなの? フィクションにもある程度のリアリティがあるって、昨日言われた気がするけどなぁ」

 パドマは、目を細めてこちらをじっと見た。確かに、そういう言葉を口にした記憶はある。


「うーん」取られていた言質げんちを明かされ、私は仕方なく、頭の中に血なまぐさい物語を思い浮かべた。「そうだなぁ。事件が起きた場所と時間、それから犯人の意図は、よく話題になるかもしれない」


「場所、時間、意図ですか。なるほどぉ」

「あまりあてにしすぎない方が……」

 コイトマが想像以上に真剣な顔でうなずくので、不安がつのる。


「でも、ほかに方法も無いんだし、とりあえずその三つから絞ればいいんじゃない? それほど間違ってる内容とは思えないけど」

「そうかなぁ」


「じゃあ、ほかに何かある? 絞り込むいい方法」

「それは、……ないんだけど」

「だったら、とりあえずその三つで行こう」


「賛成です。このまま何の方向性もなく考えているよりは良いかと」コイトマの意見は、パドマと一致しているらしい。「まずは、お屋敷まで戻って、痕跡こんせきを探しませんか? 犯罪の現場を特定できるかもしれません」


「あっ、いいね」

「良かった。では、さっそく戻りましょう」

 パドマの賛同を受けて、コイトマは居ても立っても居られないというように、坂道を下り始めた。少女もすぐに、その後を追っていく。


 私は、一人坂道に取り残された。純粋に立ち位置の面でも、心情の面でも。

 自分が所属してもいない集団の出来事に、深く立ち入らない方がいい、と心が訴えていた。独りよがりだとは思うけれど、そういう心情を抱いているのは否定できない。それに、事件解明の可能性に関しても、大きな疑問があった。


 確かに、昔の世界を舞台にした探偵小説や映像作品に触れたことはある。それが必ずしも現実を正確に反映しているとは思えないけれど、パドマの言う通り(まあ、もともとは私の言葉だが)、フィクションにもある程度のリアリティはあるだろう。そこに描かれている手法が、多少は役に立つかもしれない。


 しかし、それは手法が使えればの話だ。今の私たちには、DNAの採取や指紋の比較、カメラ映像の検証といった科学的な手法は、一切使うことができない。それでも、屋敷内の人物に苛烈かれつな尋問を行えば、あるいは一人くらい、自分が関わったと認めるかもしれない(それが事実かどうかは別として)。ただ、実施は難しいだろう。


 とはいえ。


 積極的に参加するつもりはなくとも、私は、二人を止めるつもりもなかった。犯人を特定できなかったとしても、犯人捜しをすることが、おそらく全員の目的にかなうのだ。


 コイトマに必要なのは、何よりもまず時間。彼女が今抱えている怒りや悲しみは、対処するには強烈すぎる。最終的には、生じた現実を認めるしかないと思うけれど、今の状態では難しいだろう。理想的とは言えないものの、犯人捜しは多少の時間をくれるはず。


 一方、パドマは――


「アガサ、行くよ」

 少女に思いを話せた瞬間、十数メートル先にいる当人が、こちらに振り向いた。その表情は、曇りのない笑顔。

 彼女はきっと、好奇心を満たせる何かを求めている。例えそれが血にまみれていようとも、謎があればそれでいいのだ。

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