第34話 さよならヒーロー

「さよなら、好きだった人」



 そうつぶやいて、良子は、いや、ブルーはトリガーを引いた。俺の左足は先ほどの銃撃のせいでしびれている。だが、彼女の戸惑とまどいのおかげで、俺はなんとか、その銃撃を避けることができた。


 転がるように右へ。


 立とうとして、左足の激痛に気づき、また転がる。根性でなんとかなりそうにない。というか、なんてものを撃ち込むんだ。まぁ、さっきまで俺達も似たようなものを撃ち合っていたんだけど。


 

「逃げるな!」


「無茶言うな!」


「どうせ逃げ場はないのよ!」


「それはどうかな」


「無駄よ。あんたが、誰かだってわかっているんだから」


「俺のことをバラしたら、おまえのこともバラしてやる」


「! 卑怯な!」


「何だ? 嫌なのか? 正義のヒーローなのに?」


「こんなをしていることをバラされたら、生きていけない!」


「恥ずかしいとは思っていたんだな。俺はけっこう似合っていると思うけど」


「うっさい!」


「あくまでバラしたらの話だ。フェアにいこう。捕まったらおとなしくする。おまえのことを言ったりしない」


「悪者がフェアとか言うな! 白々しい!」



 ブルーは、再び銃口を向けてくる。その腕は震えているが、決して銃を下ろそうとはしない。それは、怒りなのか、正義感なのか。



「だったら、捕まえてやる。私が、私の手で、あなただけは!」


「うれしいね。美人に追われるってのは」


「黙れ!」



 もう一発撃ち込まれたが、それは照準が外れていた。しかし、銃を向けられるというのは心臓に悪い。人類史上最高最悪の武器。戦争で使われるわけだ。このリーチはあまりに有利。


 勝つことはまず無理。おまけに、想定外のこともあった。本当にメンタルもフィジカルもぼろぼろなんだけど、とりあえず条件は整った。



「もしも」


「?」


「もしも、また会えたら、そのとき話し合おう」


「あなたと話すことなんて、何もないわ」


「ま、そうかもな」


「説教ならしてあげる。捕まえた後でね」


「残念ながら、そいつはムリだ」



 言ってから、俺は残りの右足に力を込めて、思いっきりはねあがり、柵を飛び越えた。



「!?」



 屋上の柵を、飛び越えたのだ。



「じゃーな! ヒーロー!」


「バカ! ここは13階よ!」


 

 そう。ヒーロースーツでも飛び降りられない高さ。ゆえに追ってこれないルート。そここそが、俺の最後の秘策。


 落下する。


 ただ、ひたすら落下する。


 何もできることはない。宙に放り出されて、地球の重力に引っ張られ、地面へと落ちていく。あらがうことのできない物理法則。


 今の俺の状態と一緒ではないだろうか。


 運命。


 それも、抗うことのできない流れなのだとしたら、俺が何かを間違えたのではなく、どう足掻いても、こうなって、彼女と対立して、結ばれない、そう決まっていたのだとしたら。


 長いこと考えていた気がする。だけど、おそらくそれほど長い時間ではなかったはずだ。風が肌を切るように流れていく。コンクリートの地面が、俺を叩き潰そうと迫ってくる。



「作戦成功よ、クロスジ」



 そんな言葉が聞こえたような気がした。無線に流れてきたのだろうか。風の音で聞こえない。


 パン!


 事態を理解したのは、俺の目の前で、大きな物体が膨らんだとき。黄色い物体。グッズにしたがるセンスはどうかと思うが、今は感謝しよう。このかぼちゃヘッドに。


 巨大なかぼちゃヘッドのクッション。


 俺はそのクッションに突っ込み、そして、その中へ中へと沈んでいった。


 沈み込みはしばらくして止まる。反発はほぼなく、俺はクッションの中で制止した。ゆっくりと元の形に戻っていくかぼちゃヘッドの中で、俺は、大きく息を吐いた。



「よ、お疲れ」



 声と共に、手をさし伸ばしてきたのは、今日、おそらく初めて会ったであろう男、ミギマガリ。俺はその手をとりながら、クッションから這い出る。



「よく跳んだな。俺は怖くてムリだわ」


「もっと怖いのが目の前にいたからな」


「あはは。確かにな。ヒーローなんておっかないのが前にいたら、そりゃ飛び降りたくもなる」


「いや、ヒーローより怖い奴だ」


「?」



 俺は人文棟の屋上を見上げる。ここからでは視認できない。だが、見下ろしているのだろうか。どんな顔をしているだろう。心配しているだろうか。怒っているだろうか。そんなことを気に病む筋合いは、もう俺にはないのだろうか。


 そんな俺の悩みなど露知らず、Ms.パンプキンの陽気な声があがる。



「さぁ、みんな、さっさとずらかるわよ!」


「「「イエス! パンプキンパーティ!」」」


 

 ミギマガリのバイクの後ろに跨って、俺はその場を去った。周囲のハイテンションにはついていけず、ただひたすら、良子の笑顔だけを反芻はんすうしていた。おそらく、もう見ることのない彼女のことを。

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悪の組織の下っ端戦闘員なんだけど念願の初彼女がまさか正義のヒーローやっているってどういうこと?この世に神様っていないの? 最終章 @p_matsuge

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