第31話 VSヒーロー!②

「待てこら! このゴミ虫!」


「誰が待つか! ていうか、それがヒーローの台詞せりふかよ!」

 


 俺はただひたすらに階段を上った。静かな人文棟に、ブルーの怒号が反響する。だが、耳元で鳴るのは心音と荒い息。自分の足跡が追ってくる。


 

「ルールを守らない奴なんて人間じゃない! ゴミで十分なんだよ!」


「おまえらのそういう決めつけが嫌いなんだよ!」


「決めつけじゃない! 私が正義なのよ!」


「そういうところだよ!」



 声は次第に大きくなる。折り返しの階段。ヒーロースーツの性能がいくら高いとはいえ、十分に発揮することはできないはずだ。それで簡単に距離を詰めてくるということは、単純に運動神経が高いのか。



厄介極やっかいきわまりない」


「うるさい! 止まれ!」



 声があったので反応できた。すぐ背後。振り返ったときには、すぐ後ろにあって、鋭い蹴りが目の前にあった。


 腕をかかげる。だが、そのままガードをはがされて吹き飛ばされた。



「ぐはっ!」



 廊下に身体が転がる。馬鹿力め。いくら対立しているとはいえ、人に対してそうも容易たやすく蹴りをいれられるとか、人格を疑う。そんな奴、普通じゃない。まぁ、うちの同僚にも若干一名、そういう女がいるけれど。はぁ、女の子って怖い。


 俺は、膝立ちになり、顔をあげる。階段を背にブルーが立ちはだかる。その他、状況を確認。何階まで来た? 4階。あと9階も昇るの? ていうか上れないんだけど。階段、ブルーの向こう側じゃん。



「さぁ逃げなさい、ゴミ虫らしく。どこへ逃げても私が蹴り殺してやるから」


「わるいけどこっちにもがあるんだ。そう逃げてばかりもいられない」


「へぇ。今さら感があるけど。まぁ、ゴミ虫にしてはいい判断よ。来なさい。踏み潰してあげる」


「ノリノリだな。あんた、ヒーロースーツ着ると性格変わるタイプ? 素面しらふになったとき恥ずかしくならない?」


「うっ! だ、黙りなさい! 私は根っからのヒーローなの! スーツの下には正義が詰まっているんだから!」


「何それ? 新し過ぎないそのヒーロー? もはや化物じゃん」


「ゴミ虫よりはマシでしょ」



 それ、化物と認めてない?


 だが、どうする? 相手はヒーロー。しかも、ここは4だ。催涙弾が一つだけ残っているが、ここで使うわけにはいかない。


 奇襲するしかないか。


 俺は腰のツールバックの中に手を突っ込み、中のものを握り込むと息を吸った。



「一つ提案があるんだが、今夜はこの辺にしてお互いに引かないか?」


「は? 何言ってんの?」


「これ以上やるとおまえも怪我をするかもしれない。ここで痛み分けといこう」


「バカね。そんなはったりが通用するとでも? 今、この状況であんたにいったいどんな打開策があるっていうの?」


「ふん。不用意なんだよ、ヒーロー。おまえは今、背後から狙われている。おっと、振り向くなよ。俺の合図一つでドン! だ」


「それもはったり。足音なんて聞こえなかったわ」


「バカだな。初めからこの建物にひそんでいたとは考えないのか?」


「……。嘘ね。そうやって私の機をらそうとしているんでしょ。小賢こざかしい」


「じゃ、試してみるか?」



 俺はブルーの後ろをすっと指さす。同時に反対の腕をなるべく動かさないようにして、爆竹を指で弾いた。



「ドン!」



 遅れて、ブルーの背後で爆竹が鳴る。さすがに、ブルーは振り返った。一連の流れに従って、俺は走り出す。その動きを制されない。彼女が本物の化物で背中に目でもない限り。



「この! やっぱり嘘じゃないの!」


「騙される方がわるいんだよ!」



 俺は階段を上った。すぐさまブルーが追ってくる。一瞬の隙はつけたが、ほとんど差はない。


 9階分を逃げ切るだけの余裕はない。


 一つ階を上ったところで、俺は再び後ろから蹴り飛ばされた。



「無駄なあがきを!」



 俺は蹴り飛ばされた反動で、そのまま廊下を転がり、奥へと進んだ。抜けて奥の扉を開ける。大きめの部屋。もちろんどん詰まり。目の前に大きな窓。見下ろせば先ほどまで戦っていた通りが見下ろせるだろう。


 

「観念なさい」



 ブルーが部屋に足を踏み入れる。俺は窓を背にして、彼女に対峙した。



「もう一度言うけれど、ここで引かないか?」


「まだ言うの?」


「俺の仲間が今、おまえを狙っている。ここで引いたら危害はくわえない」


「二度も同じ手にはかからないわ。結局さっきと同じ構図じゃない。仲間がいるのなら、何でさっきは逃げたの? ちぐはぐじゃない」


「俺にも事情があるって言っただろ。さっきは暴れるわけにはいかなかったんだよ。4階だったからな」


「は?」


「でも、ここならば問題ない。なぜなら、ここは5だからな」



 俺が告げると同時に、窓の外からライトが差す。向かいの一般研究棟からだろう。俺がしゃがむと窓ガラスが割れる。続いて鳴る銃声は、部屋の中を一瞬でカラフルに染めた。



「きゃっ! 何これ!?」



 電撃の走るペイント弾。一発がブルーをかすめたようで、電撃に思わず飛び退いていた。俺にあてないでくれよと、俺は部屋の隅で頭を抱える。



「クロスジ、生きている?」



 無線に入ったのは、Ms.パンプキンの声。



「なんとかな。援護助かった」


「そのまま窓伝いに5階から6階に行きなさい」


「完全にやり込めているだろ。このまま逃げられないか?」


「だめね。それだと今射撃している連中が逃げられない。作戦続行よ」


「はぁ、とんだ外れくじだ」



 射撃が止んだのを契機に俺は窓枠に足をかける。ヒーローならばこのくらいの高さ問題ないだろうが、俺のスーツ性能では、ぞっとする結果となるに違いない。つまり、普通に怖い。



「待ちなさい!」


「ついて来いよ、ノロマ!」



 部屋にブルーが突入してくる。射撃の後で恐怖はあるだろうに、よくもまぁ、そう突っ込んでこれるものだ。さすがはヒーロー。


 しかし、そこはMs.パンプキン。ぬかりなく、を用意している。



「あはははははは!」



 その一撃は、笑いながら窓の外から跳んできた。



「この貸しは高いで! クロやん!」


「ムリすんなよ! タマ!」

 


 タマノコシ投入。単なる時間稼ぎ。逃げる算段込みなのだろうが、ブルーvsタマノコシというやば過ぎる組み合わせに心は踊る。けれど、俺は上へ上へ屋上へ。

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