第20話 嵐の前のティーブレーク

「トーシロ、眠そうだけど、大丈夫?」



 構内の喫茶店で、船をこぐ俺を見て、向かいに座る良子が心配そうな顔を浮かべていた。


 

「あぁ、あの後、眠れなくて」


「そ、そうなんだ。あんなことが、あったもんね。私も、実は身体がぽっぽして、眠れなかったんだけど」



 何そのかわいい言い方。俺の彼女、かわい過ぎてやばいんですけど。


 俺の方は、エロい余韻よいんひたる余裕もなく、ラクダインの作戦会議に出ていた。本当は俺も身体をぽっぽしていたんだけどなぁ。というより、良子と一緒にぽっぽしたかったなぁ。いや、やめよう。こんなところでエロい妄想は。いろいろと支障ししょうが出る。何がとは言わないけど。



「それにしても、今日は珍しいのね。まだ大学にいるなんて」


「バイトまで時間を潰していたんだよ」


「だったら駅前のサボタまでいけばいいのに。ここのコーヒーゲロまずでしょ」


「へぇ。そうなんだ。俺、コーヒー飲めないから」


「え、そうなの? あ、ほんとだ、紅茶じゃん」


「まぁ、紅茶もおいしくないけどね」


「じゃ、だめじゃん」


「良子はコーヒー好きなの?」


「うん。私、コーヒーにはちょっとうるさいよ」


「そうか。でさ、さっきから砂糖何杯入れているの?」


「ん?」


「それでコーヒーを語られても」


「ちっちっち。わかってないな、トーシロは。コーヒーっていうのはね、いかに砂糖の甘さを感じるかが醍醐味だいごみなのよ。何のためにコーヒーが苦いと思っているの?」


「……知らんかったわ」


「一つ勉強になったね」



 新説である。コーヒー自身もそうであろう。まさか自分が砂糖の引き立て役だとは思っていないだろうから。ただ、俺の彼女が言うことなので全力で支持する。主役交代である。コーヒーには、これから脇役として砂糖を全力で引き立ててもらいたい。



「ねぇ、今日の夜は空いているの?」


「え? バイトがあるんだけど」


「その後。ご飯食べようよ」


「あー、ごめん。遅くなるから今日はむりかも」


「そっか」


「明日でもいい?」


「うん。じゃ、明日ね。餃子パーティしようよ。トーシロの家で」


「何でいつも臭いがやばそうなやつを俺の家でやるの?」


「私の家でやりたくないから」


「だよねー」



 かわいいから許すけど。


 何だろう。彼女ができるとすごい寛容かんようになる。もう、良子が何をしても許せる気がする。みんなに彼女ができれば、戦争はなくなるんじゃなかろうか。



「で、さ。その後は、ほら、昨日は中途半端になっちゃったから、仕切り直しというか」


「え?」


「いや、別にそういうことがしたいとかじゃないよ? こう、お互いの気持ちが合えば、そういうこともありやなしやというわけで」


「……」


「ちょ、ちょっと! いやらしい目で見ないでよ!」


「いや、だって、そんな話題振られたらさ」


「それでも、いやらしくないかんじできてほしいの。そんな目してたら、次もなしだからね」


「えー」



 いやらしいことしようとしているのに、いやらしくないかんじでって言われても。何? 建て前ではってこと? いろいろ未経験な男子に、その要求は厳しくない?


 俺が悶々もんもんとしていると、良子はコーヒーをぐいと飲んで、時計を確認した。



「あ、私もそろそろバイト行くわ」


「おう。気を付けてな」



 良子は、席を立つと俺の手をひょいと持ち上げた。何かと思ったら、ミサンガを確認したようだった。



「よし。ちゃんとつけているわね。えらいえらい」


「あぁ、これか」


「えへへ、おそろい」


「そ、そうだな」


「外したら別れるから」


「厳しいのね」



 高校生の頃にもさ、ミサンガつけている奴いたけどさ、あれずっとつけていると臭くならないの? まぁ、良子がそうしろって言うならやるけどさ。


 一度ぎゅっと手を握ってくれてから、良子は、じゃ、と背を向けた。もう、バイトなんてどうでもいいから、良子と家に帰って餃子パーティしたい。そして、その後、一緒にぽっぽしたい。餃子食ってからするのってどうなの? 臭い大丈夫? って思うけど、そんなのどうでもいい。


 だって、かわいいんだもん!


 はぁ、と俺は息を吐き、紅茶をすする。落ち着くためだ。そうしないと頭の中が良子のことでいっぱいになる。これじゃ、何もできやしない。


 スマホがアラームをあげて時間を知らせてきたので、俺も席を立つ。



「さて、じゃ、俺も準備しますか」

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