第16話 夜のお家デート①

「はぁ、今日は何かつかれたな」


「そうねぇ」



 絵画オークション事件のあった日の夜、俺は部屋で缶酎かんちゅうハイを開けながら、隣で缶ビールをぐびぐびと飲む良子に声をかけた。


 

「お酒はひかえるって話では?」


「外では、ね。うちではいいじゃん」


「俺の家なんだけど」


「かたいこと言わないの」



 俺の家だから余計にだめだと思うんだけど。前回、何があったのか覚えてないんですかね。覚えてないんでしょうね、酔っぱらっていたから。


 

「いいけど、飲み過ぎるなよ」


「はーい。あと一本だけで終わるから」


「……ペース早くない?」



 いつの間に空けたの? というか空缶あきかんが何で二つあるの? 俺まだ半分くらいなのに? タイムリープしてる俺?


 はぁ、ともう一度ため息をついてみる。この女に何を言っても無駄だ。俺の意見など昔から聞いたことがないのだから。


 俺の気苦労きぐろうかいすることもなく、良子はおいしそうにナッツを頬張り、缶ビールをごくりとかたむけた。



「それにしても、ほんと、ラクダインの奴ら、むかつくわ!」


「ずっと言っているな。でも、意外だわ。良子がラクダインを嫌いだとか。どっちかというと、良子は反体制側だと思っていた」


「は? 何で? 私があんな根暗共ねくらどもの組織に入るわけないじゃないの!」


「根暗って」


「根暗じゃないのよ。自分達の思い通りいかないからって正々堂々立ち向かわないで、陰湿いんしつ悪戯いたずらばっかりしてさ」


「まぁ、そういう見方もあるかな」



 俺は、缶酎ハイに口をつける。はちみつレモンサワーってのは初めて飲んだけれどわりといけるな。



「でも、トーシロはかっこよかった」


「え?」


「ほら、戦闘員に襲われそうになっているハル先輩を助けに行ったじゃない」


「あぁ、ぜんぜん力にならなかったけどな」


「そんなことないよ。トーシロは、不まじめになって変わっちゃったなと思ったけれど、あれは昔みたいだった」


「昔は、あんなにださくなかっただろ」


「うーん、昔からださかったけどかっこよかったよ」


「ださかったのか」


「ださかったね」



 いけいけの中学生ではなかったことは認めよう。けれども、念を押されるほどださかったかというと議論の余地があると思う。とりあえず言い訳くらいさせてほしい。


 うふふ、と酒で蒸気させたほおをにまりと持ち上げ、良子は俺に笑いかけてくる。



れたかも」


「やめろ。からかうな」


れんなって」


「照れてねぇし」


「トーシロは? 私のこと好き?」


「おまえ、飲み過ぎじゃねぇの?」


「もう、ごまかさないでよ」


「酔っ払いの言うことはに受けない」


「えー、ひどっ。女の子がこんなに勇気を出して好きって言っているのに」


「酒の勢いじゃねぇか」


「酔ってないでござる」


「酔ってない奴はござるなんて言わないでござる」



 俺がこつんと良子の頭を小突こづくと、ぶーっと頬をふくらませた。その仕草しぐさはかわいかったけれど、人をからかうのはよくないだろ。


 そう思っていたのだけれど、良子は目をらしつつ、話を続けた。



「わりとマジなんだけど」


「え?」


「なんか、ぬるっとしたかんじになっちゃったけど、本気で言ってる。だから、トーシロにも本気で言ってほしい」


「えーっと、何を?」


「……」


「あー、好きかってことね。わかっている。わかっているけど」



 突然の展開に、俺は戸惑とまどっていた。好きとか急に言われても。確かに良子は最近家によく来るけれど、それは同郷どうきょうの知り合いをしたっているだけだと思っていた。


 

「どっきり、では?」


「……」


「ないよね。うん」



 酒のせいか別の何かのせいか良子の顔は真っ赤である。視線をこちらに向けることなく、じっと俺の返答を待っている。


 こんな健気けなげな良子を、俺は見たことがない。それに嘘をつけるような器用な女でもない。それを俺は知っている。だって中学の頃から、ずっと彼女のことを見ていたのだから。なるべく真剣に、俺は彼女の問に答えた。


 

「好きだ」


「え?」


「俺は、良子のことが好きだよ」


「え? え? えー!」


「何で驚くの?」


「だって、絶対嫌われていると思ったから」


「うちに入りびたっているのに?」


「いや、その、中学の頃とか、ほら、私、けっこうやんちゃしてたし、印象わるいし、トーシロとか、私のこと嫌いかなって、思ってて」


「まぁ、怖かったのはその通りだけど。好きか嫌いかは別の話だろ。正直、中学の頃から、けっこう気になっていたし」


「へ、へぇ。ほうほーう。そうなんだ。へー」


「何だよ」


「いや、両想りょうおもいになっちゃったなって思って」


「まぁ、そうだな」



 俺は、高鳴たかなる心臓をおさえるために酎ハイをぐいと飲んだ。どうにか落ち着けと息を大きく吸っているところに、すっと温かいものが手の上に乗る。良子の手だ。暖かくて、柔らかい。



「はぁ、緊張した。告白って実は初めてしたかも。この歳でね。あははは」


「俺も初めて告白されたよ」


「そうだよね。童貞だもんね。あははは」


「うっせぇ」



 良子は、にこっと笑って、すっと顔を近づけてきて、そして、その柔らかなくちびるをぐいと俺の唇に押し付けた。


 息が止まる。


 時間が止まる。


 心臓の音が、耳のそばで鳴る。


 熱い。燃えそうなほどの熱い。けれども心地いい。そんな口づけ。


 どのくらいったかわからないまま、俺と良子は唇を離す。そのときの良子の表情はあまりに煽情的せんじょうてきであった。



「ファーストキス?」


「童貞だって言っただろ」


「そっか。私も」


「マジで? 意外」


「あ、ひどっ」



 ヤンキーだったから、中学時代に既に経験済みだと思っていた。意外と清純なんだなと思いつつ、俺は清純ではないらしく、良子の唇に指を乗せた。



「二回目も、もらっていい?」


「ふふ、どうぞ」

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