第15話 ヒーローショー③

「ごめん、お待たせ」


「ほんとだよ。あれか? 便べんp――」


「デリカシーパンチ!」



 殴られた。


 長いこと待たされたあげくなぐられるとか、あまりに理不尽じゃない? この子ほんと自由、と俺があきれていると、良子は形式的に腕を組んで見せた。



「もう、女の子にトイレ事情を聞かない。これ、基本なんですけど」


「昭和のアイドルかよ。だいたい女の子だってうんこするだろ」


「するかしないかではなく、そういう話をなるべくマイルドにする心遣こころづかいが必要だって言っているの」


「さいですか」


「ということでお昼はトーシロのおごりで」


「何かにつけて奢らせるのやめてくれない?」



 べーっと舌を出す良子には、もはや交渉の余地よちはないらしいと、俺は肩を落とす。せっかく大学にいるのだから学食でいいだろう。安いし。


 早く自治会の聴取ちょうしゅう終わらないかな。


 俺達は、遅れてやってきた自治会の保安隊の聴取を受けていた。理由は展示会参加者だということと近くにいたから。


 展示会で自治会スタッフに文句をつけていた美術部員たちも拘束されていた。あれは、まぁ、仕方ない。だって、自分で言っちゃったんだもの。ラクダインに依頼したって。退学はないだろうけど、観察処分くらいは受けるかもな。



「それにしても、もう少し早く帰って来られれば良子もヒーローを見られたのにな」


「え?」


「あの後、すぐにブルーが来たんだよ。ほら、今年度から入った新キャラの」


「あ、そ、そうなんだ」


「女子でヒーローするってすごいよな。スタイルがよくて正義感が強くてクール。自治会通信のインタビュー記事読んだか? 『ラクダインのゴミ共は全員殺す』だって。絶対ヒーローの台詞せりふじゃない」


「あんた、自治会通信読んでんの? 意外」


「たった半年で人気ナンバー2。あの毒舌どくぜつがいいんだってさ。さっきも歓声あがってたよ。ラクダインのオークションに参加してんのにね」


「へー、人気なんだ。ふーん」


「確かにあの身体のラインがばっちり出る全身スーツはエロいからな。人気が出るのもわかる」


「! えっち!」



 殴られた。



「え? 今、何で殴られたん?」


「がんばる女の子をエロい目で見たざい。死刑」


「えー」


「えー、じゃない。これだから男の子は」



 そういう習性なのだもの。仕方ないよね。だって男の子なんだもん。


 俺がブルーの姿がいかにエロいかをどう説明しようか考えたところ、良子は心配そうに俺のそでを引いた。



「ねぇ、展示会はどうなるのかな」


「ん? あぁ。さっき聞いたけど、このままやっていいそうだ。実際、とばっちりみたいなもんだからな」


「そっか。よかった」


「人もけっこう来ているそうだぞ。たぶんオークションから流れたんだろう」


「それって、オークション参加者なんじゃ」


「かたいこと言わない」



 良子は納得いかないといった様子だったが、展示会が盛況せいきょうならと不満をみ込んでいた。


 自治会の聴取はすぐに終わった。良子はトイレにこもり切りだったし、俺は展示会スタッフと一緒にいたから、関係ないのは明白だった。


 

「それじゃ飯行こうか」


「うん。何食べる?」


「学食でいいだろ」


「え? 奢りなんだからもっといいもの食べたい」


「学食おいしいでしょうが」


「あれは値段にしては、ってだけで、休日のランチとしてはいささかもの足りな――」



 そのときだった。



「やめて!」



 美術部部長ハルの悲鳴が聞こえた。振り返るとそこには、ラクダインの下っ端戦闘員が一般講義棟に入り込もうとしていた。



「うっせぇ! 自治会主催の展示会なんてつぶしてやる!」



 過激派か。


 自治会と敵対しているがゆえに、ラクダインの中には自治会そのものを攻撃しようとする奴らがいる。どこにでも加減を知らないバカというのはいるものだ。


 ハル先輩が勇敢ゆうかんにも立ちはだかる。しかし、興奮こうふんしている戦闘員に歯向はむかうの危険だ。俺はとっさに走った。



「やめろ! バカ!」



 半ばタックルする形で俺は戦闘員に突っ込んだ。戦闘服を着た奴にまともな攻撃は効かない。止めるには、不格好だがこうするしかなかった。



「何だ、おまえは!」


「通りすがりの者だ!」


「ほんとに誰だ!?」



 確かに。こんなことする義理はない。だけれども、考えるよりも先に身体が動いてしまった。



「不満があるのはわかるけど、誰かを傷つけるのは違うだろうが!」


「うっせぇ! おまえには関係ないだろ!」



 やはりスーツの性能のせいで力が強い。いきまいてみたが、俺はかるく吹き飛ばされ転がった。


 

「くそっ、やっぱりムリがあったか」


「邪魔しやがって。まずはおまえかr――、ぐはっ!」



 仕返しかえしをどうしのぐかと考えていたのだが、その心配は視界のはしからんできた膝蹴ひざげりによってかき消された。



「てめぇら。いいかげんにしろよ」



 腹の底から響くような低い声。記憶の奥で警報けいほうが鳴り、身がふるえる。この声を聞いたことがあるのだ。


 膝蹴りを繰り出した女子は、しゅたっと降りて、俺に背を向ける。その後ろ姿には殺気がこもっている。さぞ恐ろしい目で戦闘員をにらみつけていることだろう。


 不良。そう呼ぶのが不適切だとすれば元不良もとふりょう


 などと散々さんざんいじられた女、新明良子はなつかしい口調で啖呵たんかをきった。


 

「こっちが下手したてに出てりゃ調子に乗りやがって! あたいの身内に手を出すたぁ覚悟かくごはできてんだろうな!」


「な、な、な、何だ!? おまえは!? 顔怖かおこわっ!」



 ほんとにね。超怖いよね。


 びびった戦闘員は、一歩引いてから震える声で叫んだ。



「ふ、ふん! 調子に乗るなは俺の台詞だ! たった一人で俺達に勝てると思うなよ!」


「俺達? あっちに転がっている奴らのことか?」


「? お、お、おおおおおおお、おまえら!?」



 良子があごしめすと、そこには戦闘員が二人転ふたりころがっていた。昼寝しているわけではないだろう。そうだったら、どれだけ平和的だったろうか。二人はつらそうにうめき声をあげていた。



「バカな。戦闘服をている俺達を素手すでで?」


「てめぇは、この程度では済まさねぇ」


「ひっ!」



 もうやめてあげなさいって。戦闘員の方、びびっちゃっているじゃないの。



「お、お、覚えてろ!」


「あ、逃げんな!」



 俺が心配していると、戦闘員は台詞ぜりふき、仲間をひろうとそのまま一目散いちもくさん逃走とうそうしていった。まるでライオンを見たうさぎ脱兎だっとのごとくである。本能とはなかなかに仕事をするようだ。


 良子が、がるると戦闘員の後ろ姿をにらんでいるので、俺はそっと近寄り様子をうかがった。



「良子さん?」


「あぁん! はっ! トーシロ?」


「大丈夫ですか?」


「な、何が?」


「ほら、怖い、かんじ出てたから」


「え? も、もう、そんな、ことないでしょ。私、普通の女の子なんだから」



 何かをごまかすようにパチパチとまばたきをしてから、良子は、えーっととうなって、それから、顔の下に両手を置き、めいっぱいかわいい顔をしてこう言った。



「怖かったぁ」



 打ち合わせたわけではないのに、その場にいた全員が思わず、ずっコケたことをここに記す。

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