第14話 ヒーローショー②

 ヒーロー。


 その実態はなぞつつまれている、こともなく、自治会の公認組織だ。秘密結社ラクダインの活動が活発になった頃に対抗してつくられた実行部隊。


 彼らの仕事は一つ。許可なくイベントを開催するラクダインの活動を、物理的に阻止そしすること。


 

あらわれたな! ホシレンジャー!」



 ピエロ仮面が大げさに反応すると、ブルーはその反応を待っていたかのように、ポーズをき、第二一般講義棟の屋上から飛び降りた。


 飛び降りたのだ。


 言っておくが第二一般講義棟は4階まである。普通に考えて飛び降りられる高さではない。もしも飛び降りたとしたら、それはただの自殺。


 しかし、ブルーはこともなげに地面に着地した。


 

「何度見てもすごい性能のスーツだよな」



 俺は素直に驚いていた。慶星けいせい大学の工学部が開発したパワードスーツ。仕組みはわからないが、見ての通り、身体能力を大幅に向上させる効果がある。


 ゆえのヒーロー。


 ピエロ仮面は、ヒーローの方に視線を向け、そして芝居しばいがかった口調で告げた。


 

「ふん! 一人で来るとはなめられたものだな! おまえら、やってしまえ!」


「「「ききぃ!」」」



 掛け声と共にどこからともなくヘルメットの軍団が現れる。ヘルメットにはラクダのマーク。つまるところ、下っ端戦闘員だ。ききぃ、という掛け声は絶対悪ノリだと思う。


 戦闘員の動きも人のいきを超えていた。おそらく彼らも彼らでパワードスーツを着ている。



「ゴミが私に触るな!」



 しかし、ヒーローにはまったく及ばなかった。


 文字通り蹴散けちらしていく。ブルーの蹴り一つで戦闘員ははじきとばされていた。それはもう見事に。悪役の下っ端といえばやられ役だが、彼らは見事にその役を果たしていた。そんな自覚はないだろうが。


 戦闘員のやられっぷりを見ることなく、ピエロ仮面はくるりと向き直り、オーディエンスに語りかけた。



「さて、皆さま。突然ではございますが、本日のオーディションはこれにて終幕となります。お楽しみいただけましたか? しばらくすると自治会の保安隊がやってきますので、それまでに仮面の方は処理してください。捕まって停学になってもラクダインは責任をとりませんのでご注意を」



 ピエロ仮面が告げると、参加者は蜘蛛くもの子を散らすように、会場から逃げ出した。彼らはラクダインとは関係ない。しかし、非認可のイベントに参加したということで処罰されるかもしれないので、逃げるにこしたことはない。


 逃げていく一般生徒。その中を割るようにして、ピエロ仮面の元に青いスーツが向かっていった。



「観念なさい。鼻血はなぢぶぅ」


「ピエロだと言っているでしょ。鼻が赤いのは血が出ているというわけではありません」



 呆れたように言うピエロ仮面を意にかいするふうもなく、ブルーはベルトから伸縮式しんしゅくしき模擬剣もぎけんを引き抜き、パッと展開させた。


 

「今日こそは殺す」


「それはおだやかじゃありませんね。ヒーローの言葉はもっと希望にあふれていませんと」


「黙りなさい、ゴミ虫。あなたは、はい死にますとそのクソの詰まった頭を差し出せばいいの」


相変あいかわらず口がわるい。それではモテないでしょう。そんなセクシーな体つきをしているくせに」


「……殺す!」



 ブルーは剣をかまえて、ピエロ仮面へと駆けた。ピエロ仮面はタキシードにシルクハット。とても戦えるようには見えない。そのまま殺さ――、捕まるのではないかと思われたが、そうはならなかった。


 

「ボウリョク、ダメ、ゼッタイ」



 甲高かんだかい金属音と合成音声が、ピエロ仮面とブルーの間に割って入った。



木偶でくめ!」



 ブルーの舌打ちは、目の前のモノには届かない。ロボなのだから仕方ない。



「サソリさん、ブルーさんの相手をお願いします」


「サンドバック、デスカ?」


「時間稼ぎです」


「ダイジョーブ、ドエム、デスカラ」


「……お願いしますよ」


「リョーカイ、デス」



 二つの大きなアームと無数の足、それからバランスをとるための尻尾しっぽ。見た目からサソリと名付けられたその自律移動体AMRは、ブルーの前に立ちはだかった。



邪魔じゃまよ」



 ブルーは剣を叩き込み、サソリはアームでその攻撃を受ける。ヒーロースーツの力は強大で一撃ごとにハンマーで殴ったような音が鳴るが、サソリの方は重量と姿勢制御機能で対抗たいこうする。


 しかし、ブルーはあせることなく、剣戟けんげきを叩き込み続け、サソリの態勢をくずしていく。剣で下からすくいあげ、アームを払いのけたそのとき、ブルーはベルトから、ハンドガンを引き抜き、サソリの腹に押し当てた。



制裁せいさいの時間よ」



 ブルーがトリガーを引いた瞬間に、にぶい音を立ててサソリは吹き飛び、そしてバチバチと光が放たれ、するどい音が鳴りひびいた。



「相変わらずおっかないですね」



 げてぷすぷすとけむりを出すサソリを見やりつつ、ピエロ仮面は苦々しげに言った。



悪者わるものにかけるなさけはないわ」


「そうですか」


「それより逃げるのを忘れているわよ。これじゃ、この木偶でくも死にぞんね」


「いえ、十分時間はかせいでくれました。ステージの撤収てっしゅうが終わりましたからね。逃げる算段さんだんととのいました」


「逃がすと思っているの?」


「おっと、例の台詞せりふを言うのを忘れるところでした。やりますね、ヒーロー。。しかし次はこうはいきませんよ」


「次なんてないわ」


「ふふふ、それでは、ヒーロー。またどこかでお会いしましょう」



 ピエロ仮面が深々とお辞儀じぎをすると、周囲で大きな破裂音はれつおんが鳴った。続いて空には大きな花火が開く。昼間だから、はっきりとは見えないが、全員の視線を空に向けるには十分だった。


 次の瞬間、あたりが煙でつつまれる。


 

「くそっ! またこんなやり方で!」



 ブルーのくやしそうな声が聞こえてから、しばらくして煙は晴れる。そして、そこには何もなかった。ステージも、サソリの残骸ざんがいも、ピエロの仮面も、下っ端も。



「ヒーローがやってきて非認可オークションは終了。しかし、ラクダインは逃亡。いつも通りだな」



 階段に座って一部始終を見ていた俺は、パンと膝を叩いて立ち上がる。彼らの抗争は今日に始まったことではない。それぞれはまじめにやっているのだろうが、一般生徒から見ればただのヒーローショー。いい暇つぶしだ。



「それにしても、良子、遅いな」

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