第12話 元ヤン幼馴染とデート④

「何で俺の作品が展示できないんだよ!」



 ハル先輩がため息をつきつつ走っていったので、俺達は思わず後を追った。


 向かった先では、ちょっとした騒動が起きていた。数人の男女が、一人のスタッフを問いめている。スタッフの女の子は、困ったように壁際かべぎわに寄っていた。



「そんなこと私に言われましても」


「おまえら自治会が検閲けんえつしたんだろ!」


「いえ、私は今日受付で来ただけで絵の選定はしていませんから」


「そんな言い訳がとおるか!」



 いや、通るだろ。頭に血がのぼっているらしく、理性的な判断ができていない。トラブルとはそういうときに起こるものだ。


 詰め寄っている奴らは、自らの作品をかかえていた。彼らの話によれば、検閲された作品達である。



「俺はな! この作品に命を込めているんだよ。なのに、ちょっと過激だからって展示できないって何だよ! そんなのおまえらの主観じゃねぇか!」



 なるほど。絵が過激だったから、展示できなかったというわけか。個展ならばまだしも、では検閲があるのは仕方ないだろうが、納得できない気持ちもわかる。


 彼は作品をバッと見せながら切実せつじつさけんだ。



「なぁ、教えてくれ。何で、俺の”とされた聖女ジャンヌ様~だめ!悪魔に昇天イかさせられたなんて神様しゅじんに言えない!ぬるぬる地獄じごく編~”が展示できなんだよ!」



 いや、だめだろ。



「いや、これはだめでしょ」



 自治会スタッフもやけに冷たい目をして同じことを言った。この女性スタッフの気持ちはわかる。そこにえがかれている絵は、明らかに十八禁のドエロいやつであった。というか、何だそのタイトル。どこの同人マンガだよ。逆にそのストーリーを一枚の絵で表現できるなんてすごいな。ぬるぬる地獄編ということはシリーズものなのだろうか。いや、見たいわけじゃないよ。ほんと。


 次に自治会スタッフに詰め寄ったのは女だった。



「そっちのド変態イラストはわかるけど、私のはどうしてだめなのよ! 私の”地獄のもん~もう考えなくてもいい。俺が君の門を開くよ~”は、ロダンとダンテの純愛をえが清純せいじゅんな愛の物語なのに!」



 うん、BLだね。BL自体はわるくないけどね。



「これは、だめです。けど、一枚写真いいですか?」



 自治会スタッフは、いささか苦しそうに告げた。もしかすると同類なのかもしれない。とりあえず、生唾なまつばむのはやめてほしい。しかしながら、同類であればそうせざるを得ないくらいに濃厚のうこうなラブシーンがそこに描かれていた。絵はあらいながらも愛が詰まっており、確かに伝わってくる。地獄の門とは有名なロダンの彫刻の一つだが、この絵を見ると、どうしても門という言葉が別の意味に思える。俺は思わずきゅっとおしりに力を入れた。


 さらに割って入ったのは、短髪の男だった。



「どっちもどっちじゃないですか。エロが規制されるのはわかります。けれども、僕のは違うじゃないですか。僕の”新訳ももたろう~鬼が島の欺瞞ぎまん~”は、正義を自称するももたろう一派が悪とレッテルを張られた鬼を一方的に暴力で断罪することに対するアンチテーゼなんですよ!」



 主張は立派だけど。



「あの、私、血はちょっと」



 目の前にさらされた絵から、自治会スタッフはめいっぱい顔をそむけていた。それもそのはずである。そこには悲惨ひさんな地獄絵が描かれていた。犬は鬼の喉をみちぎり、猿は首をめ、きじは目玉をくりぬいて空でさらしている。桃太郎の片手には鬼の生首が握られており、笑いながら刀を振り回していた。グロとバイオレンス。さらに極端な主張。エロ以上にやばいテーマにさすがに拒絶反応が出る。というか、何でみんなサブタイがあるの? 流行はやっているの?


 それぞれの主張を胸に詰め寄る美術部員達におびえる自治会スタッフ。それを見かねて、ハル先輩が割って入った。



「こらこら、君達。この子に言っても仕方ないでしょ」


「ですけど、部長! 俺達、納得できないっすよ!」


「この件については散々話し合ったじゃない。だいたい検閲の会議には私も参加している。文句なら私に言いなさい」


「部長だって文句たらたらだったじゃないっすか! ”ハーピィお姉さんのショタっ子ゴブリン性育日記”が検閲にかかったとき、自治会の奴らの穴という穴を〇してやる! ってぶち切れてたでしょ!」



 え? 何その欲望にまみれたタイトル? ハル先輩、まともそうに見えたのに、性癖、アブノーマル過ぎません?



「仕方ないわ。私達は先にいき過ぎている。世の中が亜人オネショタを受け入れるのはまだ先なのよ」



 来ねぇよ、そんな日は。


 ハル先輩が仲介に入って、美術部員は少しだけ落ち着いたようで一歩だけ引いた。しかし、まだ収まらないらしく、美術部員は声を荒げる。



「でも、納得できないですよ、俺」


「そんなこと言わない」


「くそっ! やっぱり自治会はだめだ。こうなったらの方に」


「こら、自治会の前で滅多めったなことを言わないの」



 美術部員の発言を、ハル先輩は間髪入かんぱついれずに否定した。不穏な空気が流れる。彼女が否定しなければもっと空気はわるくなっていただろう。しかし、その努力むなしく、美術部員は口を開く。



「もう、遅いっすよ」


「え?」


「俺、頼みましたから、秘密結社ラクダインに!」



 次の瞬間、外で大きな音が鳴った。

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