第11話 元ヤン幼馴染とデート③

「なぁ、俺さ、絵画展ていうから、ゴッホとかフェルメールとか想像していたんだけど」


「何それ? ポリフェノールの仲間?」


「それはゴッホの葡萄畑ぶどうばたけという作品を知っていての高度なボケなのか?」


「トーシロが何を言っているのかさっぱりわからないけれど、そもそも私、有名な画家の作品だなんて言った覚えはないんだけど」


「言ってないけどさ、素人しろうと作品の展示会とも聞いてないんだけど」



 休日の大学はいつも静かだ。部活やサークルの活動が行われているが、それは一部で、構内はぽつんぽつんと散歩をする人がいる程度。


 いつもならば。


 しかし、今日はやけに人が多かった。確かに天気はよくて散歩日和さんぽびよりではあるけれど。


 みな、展示会目当て?


 だが、予想は外れで、展示会の参加者はそう多くなかった。


 一般講義棟で展示会は行われていた。そんなの美術館でやれよと思ったが、普段歩いている廊下に絵画がかざられているというのは新鮮で、わりといい企画だと思った。


 ただ、そこに飾られているのは、ひかえめに言って素人の域を出ない作品であった。それもそのはずである。美術部の作品なのだもの。



「うちだけじゃないわよ。近隣の大学合同でやっているって言っていたもの」


「変わらないよ。はぁ、もっと有名な人の作品かと思っていたのに」


「有名って、トーシロってそんなに絵にくわしいの?」


「いや、そう言われるとそうでもないけど」


「でしょ。だったら、美術部の作品でもいいじゃない。私達から見たらどっちもうまいんだから」


「そりゃそうだけど。こういう展示会って情報を見に来ているところもあるじゃん。うん、何かよくわからないけど、著名ちょめいな作家な作品だからきっとすごいんだろうな、みたいな」


「うわっ、何それ。ださ」


「ほっとけ。絵はわからないんだ」


「もっとハートで感じなさいよ。この絵は好きだなとか素敵すてきだなって。感性が大事なんだから」


「感性ねぇ」



 その通りなのだけど、言っているのが良子じゃなかったら、すごいうさんくさいな。彼女の場合は本心から言っているのだと思うけど。


 俺は良子の言葉に従って、ただ感性のおもむくままに絵をながめつつ、廊下を歩いた。確かにこうして見ると、なかなか風情ふぜいがある。何よりバラエティにんでいた。天使の絵や、風景画、アニメ絵などもありいい意味で統一感がない。絵の配置の仕方も遊び心があり、なかなか楽しい。


 ただ、何だろう。全体的にがぬぐえない。



「来てくれたんだ」


「あ、ハル先輩」



 スタッフのティシャツを着た女子が、良子に手を振っていた。どうやら彼女のさそいで、この展示会におとずれたらしい。美術部ティシャツの女子は、俺の方をちらりと見て、口をすっとおおった。



「え? 彼氏連れ?」


「違いますよ。これは彼氏じゃなくて、あの、何だろう、子分こぶんです」


「もうれちゃって」


「だから違うんですって」



 おそらく俺よりも先輩だろう。ハル先輩は、大学に長く染まっているような雰囲気を感じさせる。決していい意味ではない。ふてぶてしいというか、浮世離うきよばなれしているというか。


 あわあわとする良子を見て、ハル先輩は笑っていた。



「記念にミサンガ買ってく? おそろいのやつ。手作りの一点ものだよ。蛍光塗料けいこうとりょうぬってあるから夜道もおたがいを見失わない。愛のペアミサンガ」


「いや、だから、そんなんじゃないけど」


「今なら2本で千円でいいよ。ほら、青と赤の色違いのやつ」


「別に付き合っているわけじゃないけど、でも、せっかくだし、買ってこうかな。ね、トーシロ」



 せっかくも何もカモられているじゃん。何かまけたみたいな言い方だけどそもそも一本五百円て書いてあるし。商売上手だな、この先輩。


 仕方なしと俺はスマホで決済をする。手作りらしいミサンガはやけにしっかりとした作りをしており、店で売っていてもおかしくない。転売したらいくらするだろうか。



「はい。トーシロの。着けてあげる」


「おう。ありがと」


「はい、私が青ね。おそろい。外しちゃだめだよ」


「あんまりブレスレット好きじゃないんだけど」


「毎日確認するからね」


「えー」



 確かに良子のこの仕草しぐさを見ると勘違かんちがいするかもしれない。ハル先輩は、にやにやと見てくるけど本当に違うんだよな。もうお腹いっぱいといったように、ハル先輩は話を変えた。



「で、展示会はどう?」


「いいかんじですね。私、絵とかぜんぜんわからないけど、うまいなーって思います」


「あはは、ありがと。みんなも喜ぶよ。あんまり人は入ってないけどね」


「すいません、私、あんまり人呼べなくて」


「良子ちゃんはわるくないよ。自治会を通してのイベントなら、こんなもんでしょ。展示会ができただけでみんな喜んでいるよ」


「そうですか」


「願わくば、もう少し自由にやらせてほしかったけどね」



 ハル先輩の言葉に、良子が黙ったので、代わりに俺が尋ねた。



「この展示会、自治会の主催なのか?」


「あら、よくわかったわね。まぁ、この人の少なさを見れば想像にかたくないか」


宣伝下手せんでんべただからな、自治会は。まぁ、絵画展がどのくらい集まれば盛況せいきょうなのかわからないけれど」


「関係者向けって考えればそこそこかな。盛況かって言われたらあれだけど。まぁ、儲けが出なくていいってんだから、気楽なもんよ。一般棟を使わせてもらっているから、場所代はかからないし。そういう点では自治会様々さまさまってね」


「なるほどな」


「どんな小さい場でも発表できるってのは表現者にはうれしいもんなの。だから、文句は言わないよ」


「ふむ。でも、もあったわけだ」


「……」



 言ってから、俺は余計なことを言ったと後悔した。ハル先輩は、一瞬動きを止めたが、何も聞かなかったように、良子と雑談を始めた。


 茶々を入れるのは無粋ぶすいだろう。部外者に言われるまでもなく、ハル先輩もわりきってやっているのだ。


 しかし、皆が理解を示しているかはわからない。



「ふざけんな!」



 いや、そうでないだろう。少なくとも不満を持つやからがいるらしい。廊下の奥から響いてきた声がそう告げていた。

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