第9話 元ヤン幼馴染とデート①

 新明良子が俺の家を襲撃してきてから三日がった。凄まじい一晩であったが、過ぎてみれば過去の一ページであり、三日も経てば興奮も冷めるというものである。



「よう、トーシロ。大学に行こうぜい」


「迎えを頼んだ覚えはないんだが」



 ただ事態じたい収束しゅうそくしたわけではない絶賛発散ぜっさんはっさん中である。自然な顔で玄関に立つ良子をながめて、俺は一つ欠伸あくびをしたのだった。



「だって、トーシロ、授業サボるじゃん」


「余計なお世話だ」


「遠慮しなくていいって。同中おなちゅうのよしみで世話してあげる」


「だいたい今日の午前中は全部休講だ」


「はい、ダウト。一限の憲法概論も二限の基礎物理Ⅱも休講の連絡はありません」


「げ、何で知ってんの?」


「ちょっと調べればわかるわよ」


「探偵か」


「ふふーん。真実はいつも一つなのだよ」



 何、その反応。朝からずいぶんご機嫌きげんですね。こちらはとってもおねむなのですが。



「はいはい、さっさと支度したくして」


「憲法概論は出席しなくてもレポートを出せば単位になるんだ」


「だめよ、そんなの。憲法よ、憲法。大事じゃないの」


「おまえ、わかって言っている?」


「もちろん。ほわちゃぁあ!」


拳法けんぽうじゃん」


「冗談よ。つまり大学に行くべきってこと」


「はぁ、わかったよ。ちょっと待ってて」


「急いでね。女を待たせる男はだめよ」



 田舎育いなかそだちだからだろうか。人のことは言えないが感性が古い。玄関で、早く、と連呼れんこする良子にかされて、俺は急いで着替えた。



「食べながら行くつもり? 行儀ぎょうぎわるい」


「うるへぇ」



 俺は食パンを一枚くわえて外に出た。こんな朝早くにバイトではなく、講義のために大学に行くなんて久しぶりだ。


 

「あ、待ってくれ。まくら忘れた」


「こら。寝る気満々かよ」


「あの先生の低音ボイスは眠るにはいい」


「憲法講義をBGMにしない」



 俺のわき小突こづいて、良子はそのまま歩いていった。そんな彼女を俺は呼び止める。



「良子は歩きか?」


「歩きていうか普通に電車だけど」


「そうか。俺は原付きだから。じゃ、そういうことで」


「え? バイク持っているの!?」


「先輩からもらった。おんぼろだけどな」


「じゃ、乗せてってよ」


「えー」


「大丈夫。今日スカートじゃないし」


「そういう心配じゃないんだけど」


「何? 乗れないやつなの?」


「いや、二人乗りできる排気量だけど」


「じゃ、いいじゃん」



 いいんだけどさ。美女を後ろに乗せて原付きで大学に通うとか、すごい感じがして嫌なんだけど。リア充アピールっていうか。まぁ、いいんだけどさ。



「ちょっと待ってて。ヘルメットもう一個持ってくるから」


「うぉー。懐かしい。中学のときに地元の暴走族しめたとき以来かも。あのとき、しばらくに使っていたから」


「何だその思い出。ぜんぜん共感できないわ」


「金属バットはないの?」


「ねぇよ。暴走族の方に寄せようとすんじゃねぇ」



 大丈夫ですかね、良子さん。元ヤンがにじみ出ていますが。それ、隠したいやつでは?


 俺はヘルメットを持ってきて、良子に放った。彼女はパンパンとヘルメットの内側を叩いてから、慣れた様子でかぶる。それから、バイクの後ろ側のスペースにひょいと乗り、俺の肩を叩いた。



「レッツゴー!」


「はいはい。ちゃんとつかまって」


「はーい。ぎゅ」


「もっとこう、胸を押し付けるかんじで」


「すけべ。さっさと行け」


「ういー」



 その後、良子は、大学にくまで終始ご機嫌であった。いいことだ。しかしながら、マフラーの音が気に入らないらしく、もっと爆音は鳴らないのかと暴走族風味に改造しようとしてくる点だけは、なんとかしてもらいたい。

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