第8話 幼馴染とお泊り②

面目めんぼくねぇ」



 朝、というにはすでに太陽がのぼったころ、良子は、ざぶとんの上に正座して、できるだけ身体を小さくしようと肩を寄せていた。



「マジでそうだよ。ほんと、反省して」


「ごめんなさい」



 俺は正面に座って、なるべくさげすんだ目を良子りょうこに向けた。そうされるようなことを彼女がしたのだとわかってもらいたい。


 

「もう二度としないで。あと、お酒。飲むなとは言わないけど、気を付けて」


「……はい」


「今回は俺がいたからいいよ。でも、他の誰かだったら、たいへんなことになってたからね!」


「……トーシロじゃなかったら、あんなに飲まなかったと思うけど」


「返事は?」


「はい」


「よろしい」


「あのぉ」


「何?」


「聞きにくいんだけど、そのぉ、昨日の夜さ、えっとぉ、の? 私達?」


「……ふぅ。俺は酔っ払いに手を出したりしない。それが、どんなに無防備な美女だったとしても!」


「ほんとに? 何もなかったの?」


「何もなかった。だから、今、俺はゆかで寝ていて身体が痛いんだ」


「そ、そっか」



 すべて事実である。遺憾いかんながら。いや、何に対して遺憾なのかわからないが、昨晩、俺は良子に指一本……、というわけにはいかなかったが、責任をとらなければならないような破廉恥はれんちな行為はいっさいしていない。


 よくがんばった、俺の理性。本能に負けそうになったところを、なんとか逆転勝ちである。理性に従ってベッドからり、寝息ねいきを立て始めた良子に毛布をかけ、自分はざぶとんを並べて横になり、そして心の中で泣いた。



「何もなかったのか。そっか」



 ほっとしたような、つまらなそうな、よくわからない表情を浮かべた良子は、そっかそっかとひざたたいていた。



「もう、へたれだな、トーシロは。この状況で何もしないとか。いや、別にトーシロとそういうことしたいとかじゃないけど、こうなったのは私がわるかったんだし、おっぱいくらいまれても許してあげたのに」


「せっかく我慢したのに後悔しそうなこと言うな」


「だから童貞なのよ」


「うっせぇ。そういうことは好きな人とやれ」


「へーい」



 それから、お酒はひかえるということと、付き合っていない男と二人きりで飲まないことを良子と約束した。なんか、不良娘のお父さんの気分だ。実父も苦労したに違いない。


 良子は着替きがえると、玄関へと向かった。今さら気づいたけれど、彼女はわりと小柄こがらであった。底の高い靴をいていたらしい。


 彼女は、こんこんと靴を鳴らして扉を開けた。



「じゃ、また大学でね」


「おう」


「今日のことは誰にも言わないでね」


「わかっているよ。言いふらす趣味はない」


「あと、できれば忘れていただけると」


「それは……、努力はするよ」


「何? その間は?」



 酔っぱらって吐き散らした姿はむしろ積極的に忘れたいけれど、昨晩、ベッドの上に横たわった美人のあられもない姿は、なかなかに鮮烈せんれつで、忘れようと思って忘れられるものでもない。今晩あたりに思い出して、悶々もんもんとしそうだ。いや、変な意味じゃないよ。



「あとさ、トーシロは私のことバカだと思っているかもしれないけれど」



 バカというより自分の魅力に気づいていないのではないかと思う。不良であるならばまだしも、まじめな無自覚系美人の破壊力やすさまじい。もう少し、警戒して生活してほしい。


 そんな俺の心配をよそに、良子は、昔のヤンキー時代を思い出したように、悪戯いたずらっぽく笑ってみせた。



「いくら私が不用心でも、まったくなしの男の部屋にとまったりはしないんだぞ」



 ……おう。

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