第7話 幼馴染とお泊り①

「ほら、着いたぞ」



 俺は電灯のスイッチを手探てさぐりでみつけて明かりをつけ、玄関に良子をごろんと転がした。



「ちょっと待っていろよ。部屋片へやかたづけるから。あと吐くならトイレで吐けよ。そっちな。水はここ置いとくぞ」


「ういー」



 もう半分寝かかっている良子は、玄関で、ぐでーと伸びていた。もはやどんな態勢たいせいでも気持ちわるいらしく、足やら手やらを何度も組み替えている。


 俺は前言通り部屋を片付けた。汚部屋おべやということはないが、男の一人部屋。整理が行き届いているとは言いがたい。さらに、俺も男。見られてはならないものの一つや二つや三つや四つ、もちろんある。いや、いかがわしいものばかりじゃないよ? ほら、バイト先の資料とかさ。


 とはいっても急に片付くわけもなく、とりあえずやばいものだけ押し入れにぶち込み、代わりに毛布を取り出す。前に友達が来た時に使った後、洗っただろうか。臭いは、うーん、まぁ、酔っ払いにかけておくぶんにはいいか。


 玄関の方から、おろろと吐く音とトイレの水が流れる音が聞こえてくる。どうやら、トイレには辿たどり着いたらしい。最悪、玄関のマットはあきらめていたのだが、えらいえらい。


 

「あれ? 私のうちじゃない?」


「俺の家だ。散々、来ると言っておいてそれか」



 おぼつかない足取あしどりでバスルームから歩いてきた良子は、開口一番にそう告げた。内容物はあらかた吐き切ったらしく、少しだけ顔色がよくなっていた。



「すんすん、あんまりくさくない」


ぐな」



 とりあえずファブリーズをその辺にまきちらしておいてよかった。俺は一度くしゅんとくしゃみをしてから、良子の手を引いて、ざぶとんの方へと誘導ゆうどうした。



「ほら、ざぶとん二つと毛布をやるから、さっさと寝ろ」


「やだ! 私、ベッド!」


「いや、そっちは俺の」



 手を振り払って、良子はベッドにダイブした。勝手に他人のベットを占有せんゆうするなんて、これだから酔っ払いは。



「使ってもいいが、ベッドに吐いたら許さないぞ」


「ういー。はぁ。トーシロの枕、ぺたんこ」


「高い枕ってやつがわからないんだよな、って、こら! 脱ぐな!」



 そのまま、眠るならそれもしと思っていたが、良子は、うー、とうなりながら服を荒々しく脱ぎ始めた。それはもう豪快ごうかいに。コートは玄関で既にパージしてきたようだ。靴下をぽいぽいと裏返して放り捨て、スカートをおろし、続いて、ブラウスを子供のようにぐしゃぐしゃにして丸めて床に投げた。


 青なんだ、意外。白い肌にキャミソールの青と花柄はながらがよくえる。全体に一体感があるのはショーツとセットだからだろう。彼女の大人っぽさを清楚せいそいろどり、きれいに収まっていた。まるでAv……、ファッション雑誌から抜け出してきたかのようななまめかしさと美しさがそこにはあった。


 じゃなくて!


 着痩きやせ、するんだな。キャミソールがぴたっと身体のラインを浮き上がらせ、その胸のふくよかさをあらわにしていた。さらに、ぺたんとベッドに乗せられたお尻と、もちっとした太腿ふとももはあまりに煽情的せんじょうてきで、俺の脳幹のうかんにがつんとうったえてくる。とはあえて言うまい。


 じゃなくて!



「男の前でそう易々やすやすと脱ぐな! 痴女ちじょかおまえは!」


「だって、着替えないと寝れない」


「だとしても、恥じらいというか、なんというか」


「はぁ、これだから童貞は」


「今、それは関係ないだろ!」



 女に慣れていれば、自分の部屋で美人が脱ぎだしたこのAv……、みたいな状況でも、ぴくりともさせず平然としていられるのだろうか。何をかは言うまでもないとして、少なくとも経験の少ない俺には、耐えかねる事態であった。


 言いながら、良子はさらにキャミソールを脱ぐ。そこで、さすがに俺は目をらす。


 というか、これはオッケーということなのか? 女子が、男の部屋にのこのことやってきて、服を脱いで、ベッドの上にいる。これでエロい展開を想像できないとは言えまい。もはや。そうとしか考えられない。


 いやいやいやいや、待て待て、ちょっと待て。


 気をしっかり持て、俺。目の前の半裸はんらの美女は、確かにドエロい状態にあるが、相当に酔っぱらっている。判断力の弱っている女に手を出すなんて、後でどうなるか。


 俺が葛藤かっとうさいなまれていると、頭に何かが当たる。気づいて、手にとってみると、ブラジャーだった。


 え?


 えぇぇぇぇえ!?



「ちょ、おまえ、これ!?」


「あはは、ブラもって、きょどっている」


「ど、どうすんだよ!?」


「どうするって、つける?」


「つけるか!」


「あはは」



 俺はなんとか呼吸を整えて、落ちていた良子のスカートを拾い、その中にブラジャーを仕舞い込み、棚の上においた。ついでに脱ぎ散らかした衣服を集める。そうすることで、気持ちを落ち着かせようとつとめた。


 

「ねぇ、ティシャツか何かちょうだいよ。裸でいさせるつもり?」


「勝手に脱いでおいて」



 なるべく見ないようにして、俺がティシャツを放ると、良子はいそいそと袖を通した。



「眠い」


「さっさと寝ちまえ」


「トーシロも早くベッドにおいでよ」


「こいつ……」



 もう、いっそのこと何も考えず本能にしたがってしまおうか。というか、を前にして、俺はいったい何と戦っているんだ? どんな判断をくだしたら勝ちのルールなのかわからなくなってきたぞ。


 振り向けば、だぼっとしたティシャツを着た良子の姿。彼女はネックレスとピアスを外していた。それから、こちらにとろんとした目を向けて、すっと手をのばしてくる。



「ほら、もう寝よ」


「ちょ、こら、引っ張るな、わ!」


「きゃっ!」



 思ったよりも強い力で引っ張られて、俺はベッドに倒れ込んだ。


 目下もっかには良子。もっと小さいティシャツを渡せばよかった。肩からずり落ちそうで、その大きな胸がこぼれそうだ。花火のように広がった髪が、彼女のきれいな顔を強調する。その中央で黒い瞳が、俺を見据えていた。



「んっ」


「おい、変な声出すなよ」


「そっちが変なとこ、触るから」



 え? 何これ? もう理性がたもてないんだけど。というか保たなくてもいいよね? だって、女の子の方からベッドに引き込まれたんだもの。もうムリだよ。何かいいにおいするし。ちょっとゲロくさいけど。俺のがびんびんに反応しちゃっているもん!


 思わず、ごくりと息をむ。



「良子」



 手を良子のほおにかける。すると、彼女は小さく身体をふるわせてから、すーっと目をつむった。


 だから、俺は――

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