第6話 幼馴染とお好み焼き②

「おえぇ、気持ちわるい」



 道端みちばたの植え込みに胃の中のものをリバースする女子大生、新明良子しんめいりょうこの背中をさすりながら、俺は視線を空に向けた。秋の夜空に大きな月。自然の壮大そうだいさに比べれば地上の出来事など些細ささいなことだと、そう思えないかためしている。



「飲み過ぎなんだよ。ちゃんと加減を覚えなきゃだめだぞ」


「だって、頼んだら、出てくる、から、おろろろろろ」


「そりゃ、お店だからな」


「お水なら、あのくらい、飲んでも大丈夫、おろろろろ」


「水ならな。水飲むか? とりあえず口ゆすげ」


「ビール飲んだ、のに、お好み焼きの味が、おろろろ」


「いろいろ混ざってんだろ。あんまり言うな、そういうこと」



 良子は、お店で口の中に入れたものをあらかた出したら、少し楽になったようで、俺の肩に寄りかかって再び歩き出した。


 もう歩けないと言い出したときに、ずいぶん酔っていることに気づくべきだった。仕方ないからタクシーを呼んで、彼女の自宅の住所をざっくりと聞き出し、そして向かった。なんだかんだで、乗ったところまではハイテンションで元気だったのだ。しかし、タクシーを降りたところで、急に静かになり、この有り様。まったく世話がやける。



「それにしても、うちの近所じゃん」



 良子が示した住所は俺の住むアパートの近所だった。世界はせまいなとか、よく今まで会わなかったなとか、いろいろ思うところはあったけれど、とりあえず彼女を運ぶのが先だ。



「ほら、しっかり歩けよ。おまえのアパートの近くだろ。どこか教えてくれよ」


「はー!? 女の子がねぇ! そう簡単に家の場所教えるわけないでしょ!」


「いや、女の子が、男の前でこんなになっちゃだめだろ。いいから言えよ」


「えっち! トーシロのえっち!」


「あ、もう、その辺に捨ててくぞ」


「え? 私を捨ててくの? 何でそんなひどいことするの? 私のこと嫌いだから? ぐすん。私が元ヤンだから? ぐすん。ひどい。え、え、えーーん!」


「あー、もう、めんどくさい」


「私、めんどくさい女なんだ。えーーーーん!」



 まったく文字通りその通りなのだが、そう言うといっそうひどくわめきそうなのでとりあえず口を閉じる。それにしてもひどい泣き上戸じょうごだ。泣かした男は数知れないだろうに。主に物理的に。


 

「俺の家も近くなんだ。だから、見捨てて帰ったりしないから。ちゃんと部屋にまで運んでやる」


「え? トーシロの家も近くなの!? じゃ、そっちがいい!」


「絶対だめだ。あと、おまえ、男と二人きりで飲むなよ。ソッコーでお持ち帰りされるぞ」



 ゲロインに手を出す度胸どきょうのある男がいればだが。少なくとも俺は願い下げだ。まぁ、そもそも誰にも手を出したことは、ないんだけど。



「やだぁ! トーシロの家に行く! お泊まり!」


「騒ぐな。近所迷惑だろ!」


「おーまり! おー泊まり!」


「だーめだ。さっさと家の場所をけ」


「う、う、おぇぇえ」


「そっちじゃない」


「だって、うちに来たら、トーシロ、私にえっちなことするじゃん」


「いや、しないし。さらにいえば、うちに来ても構図こうずはほぼ一緒だから」



 バカなんだろうか。そういえば、酔っぱらっているのだった。冷静な判断力というものが欠如けつじょしている。この女の言うことをいちいちに受けていたら夜が明けてしまう。


 良子のすまいがわからないとなれば選択肢は3つ。

 

 一つ目は、このままほったらかして良子を道端みちばたに捨てて帰る。これはさすがに人道じんどうはんする。見た目は美人な良子が道端に寝ていればよこしまな気持ちをいだく男が出てくるかもしれない。そうなってはかわいそうだ。手を出した男の方が。何より道にゴミを捨ててはいけない。


 二つ目は、もう一度タクシーをひろい、駅に戻って近くの安ホテルに叩き込む。いちばん確実な方法ではあるが、とにかく面倒。何よりも金がかかる。残念ながら俺は富豪ふごうではない。仮に誰もがうらやむ大富豪であったとしても、自分の容量もわからず飲み過ぎてグロッキーになっているに一円たりとも使いたくない。


 さて、では、残る選択肢は一つしかない。


 いや、他にも選択肢はあるような気もする。だが、俺も酔っているのと、眠いのと、めんどうくさいのとで、判断力がいささかにぶっていた。


 だから、このとき、俺はひどく安直あんちょくに考え、そして良子をかつぎ直してから一歩を踏み出した。

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