第55話 いくつか確認させてください

12月3日 土曜日 10時40分

私立祐久高等学校 保健室


#Voice :菅生すごう ともえ



「あの、菅生先輩、いくつか確認させてください」

 離れた位置から、鹿乗くんが手を挙げて尋ねてきた。

「うん、なぁに?」

 あ、そっか、鹿乗くんはまだ感染していないから、そんなに離れて話すんだ。


「そのタブレットパソコンは危険です。いま、ここにいるメンバーの中では、俺だけは、まだ感染していないはずです」

「大丈夫。覗き見防止フィルムを張ったから。真正面からまっすぐ見詰めない限りは大丈夫だよ」

 動画越しなら見ても大丈夫だって、あずさから聞いていた。それなら、フィルム越しでも? と、思って試してみたんだよ。


 安全と聞いて、ようやく鹿乗くんがこっちに歩み寄ってきた。

「菅生先輩は、木瀬や名倉が犠牲になったことを知っていますよね。それなら、どうしてもっと早く、ここにタブレットパソコンがあると教えてくれなかったのですか?」


 この質問は予期していた。

 謝らないといけないと思った。

 勤労感謝の日に保健室に来てくれたとき、私はここにタブレットがあることを言わなかった。私だって、操られていたんだよ。


「ごめんなさい。私も感染して操られてたの。授業も欠席して、ずっとひとりで『キュービットさん』を繰り返していたんだよ」


 鹿乗くんは、嫌そうに表情を歪めた。でも、納得した様子。

 確かに、催眠でヒトを操る厄介な性質があるわ。このアプリ。


「つまりね、私がみんなの幸せと健康以外の願い事をいわないから、千日手というか、無限ループみたいになってしまって、ずっと、私、ひとりで『キュービットさん』をしていたの」

 あ、みんな呆れた顔になってる。

 でも、私はずっと保健室にいるから、ひとりの時間ならいくらでもあった。


 「キュービットさん」は、ネガティブな願いを引き出すまで、私から離れられなくなっちゃった。私も、微妙に操られていたから、みんなの幸せと健康を願い事として受理されるまで、ずっと、粘り続けてしまった。


 結局、高梁先生に、授業に出て欲しいと懇願されている最中に、眼が覚めた。

 高梁先生には、感謝しなきゃいけない。

 こんな私でさえも、見捨てずに一生懸命になってくれたから。


「えっとね、広田くんからタブレットを預かってすぐ感染したのが、11月8日の夜。やっと、状況を理解できたのが、11月30日、昨日の夕方ね」

 途中で、ぶっ倒れた野入くんや、ケガをした萩谷さんを保健室で診た。

 あずさと鹿乗くんも、「キュービットさん」のことで相談に来た。


「催眠には落ちたけど、私ってば、誰の不幸も願わないから…… 結果として、ずっと、『キュービットさん』をやり続けるハメになってしまったんだよ」

 ふふんと、私は少しだけ得意げに話した。

 きっと、それが良くなかった。

 話を聞いていたあずさが、カチンと来て、キレた。


『さすがは保健室の天使様です。でも、ともえ先輩…… 保健室にタブレットパソコンがあるってことを、?』

 保健室の机に置いたノートパソコンの中で、あずさがむくれている。


『私と鹿乗くんで学校中を探し回っていたんですよ』

「ごめん! ごめんなさい!」

『画面を見ただけで感染しちゃうアプリなんて危険なモノだから、他の生徒たちにバレないように、こっそり探すの大変だったんだから! 唯一、相談したの、ともえ先輩だったのに…… ナチュラルに?』

 ミーティングアプリの中から、あずさがジト目で見らんでいる。


「ほんとうに、ごめんなさい。今度、パフェおごるから!」

 画面を拝んだ。

 だって、私も操られていたんだもの。記憶までおかしくなっちゃうんだもの。仕方ないよ。


『――鈴猫珈琲店のメガ盛りパフェ』

 ぽつりと画面内であずさがつぶやいた。

 え……? 鈴猫珈琲店のメガ盛りパフェ? 祐久駅前のお店だよね?


「ちょっと、待って! 鈴猫珈琲店のメガ盛りパフェって言ったら、確か…… ピッチャーで大盛りパフェを食べるアレのこと!?」

 慌てて聞き返した。

 ミーティングアプリの画面内であずさが、ゆっくりうなずいた。


「え…… 勘弁して。あのパフェ、高いんだよ。それに、ビール用のピッチャーに、パフェがもりもり詰まっているんだよ。2リットルあるんだよ。お腹壊しちゃうよ」

 私は抗弁を試みた。

 でも、観念するべきかと悟った。本気で怒ったら、あずさは手が付けられないからね。


『ダメです。生徒会みんなで食べたら、2リットルくらい、すぐです。ね、野入くんも、広田くんも、緋羽ちゃんも参加OKだからね。このあとは、駅前集合でメガ盛りパフェパーティーだよ!』

 あずさの宣言で、保健室に集まったみんなは歓声をあげた。いっぱい食べそうな野入くんと鹿乗くんは、ガッツポーズしている。やっぱりそうなるんだね。

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