第47話 鈴守の巫女

12月1日 木曜日 16時40分

私立祐久高等学校 弓道場


#Voice :萩谷はぎや 瑠梨るり


 星崎先輩、やっぱりすごいなと思った。巧いだけじゃなくて、姿が綺麗だった。

 しかも弓もすごい。

 わたしと緋羽ちゃんは、カーボン製の弓だけど、星崎先輩が持参したのは、古びた竹弓だった。引く力が強くて、矢を放った時の音もまるで違う。


 私は何とか的に収めているけど、星崎先輩は継ぎ矢かと思ったほどに、正確に的の中心を射っていた。ブレないのってすごい集中力だと思う。


「星崎先輩、その弓、凄いですね」

 緋羽ちゃんの弾んだ声が話しかけた。緋羽ちゃんも上手いけど、1本目を外す癖があるみたい。


「試しに触らせてあげるから、おいで。萩谷さんも」

 わたしも呼ばれた。

 歩み寄ったら、星崎先輩が声を潜めていうの。


「おじい様にお願いして、神社の神事に使う弓を借りてきました。いまから、鈴守神社に伝わる破魔矢の秘術を教えます。小さな声でお願いね」

「えっ!?」

 思わず声をあげそうになり、慌てて口をつぐんだ。

「「しーっ!」」

 と、星崎さんと、すぐに理解して合わせた緋羽ちゃんが、人差し指を口元に立てた。


 鈴守神社の破魔矢の秘術?

「わたしたち、呪いで襲われたから、お守り鈴だけじゃなくて、もっと積極的に身を守る術を…… と、いうことでしょうか」

 小さな声で確認すると、星崎先輩も小さくうなずき返してくれた。



「最初は、緋羽ちゃんね」

 そういうと、星崎先輩は、緋羽ちゃんに竹弓を構えさせた。後ろから星崎先輩が、緋羽ちゃんを抱くようにして、手を添えて教えている。

「この破魔矢は、飯野緋羽ちゃんのもの。悪しきモノを打ち破ってくれる」

 と、わたしたちだけにしか聞こえない小さな声で囁いた。


 緋羽ちゃんは真剣なまなざしになっていた。

 まるで目に見えない矢筒から矢を抜いて、つがえるような仕草をした。大きな竹弓を、星崎先輩に手伝われながらも引き絞った。


 緋羽ちゃんが弓をいっぱいに引き絞ったところで、星崎先輩が離れた。

 ギリギリと引き絞られた弦の音がしている。


「放てっ!」

 星崎先輩が命じる。弦が大きな音を立てて鳴った。弓が返る。


 えっ?


 わたしは、目に見えない矢が空気を切る音を聞いていた。

 的に不可視の何かが刺さった。


「上手! いまの忘れないでね。きっと、緋羽ちゃんのこと、守ってくれるから」

「はいっ!」

 緋羽ちゃんは、額を汗で濡らしながら、元気よく答えた。



「次は、萩谷さんね」

「あ、はい……」

  

 神事に使うという古い竹弓を構えた。重たい。すごく強い弓で、こんなの男の人じゃないと、引けないと思ったほど。背中から星崎先輩に抱かれるように手伝われて、ようやく引くことができた。


「この破魔矢は萩谷瑠梨さんのモノ。悪いモノから絶対に守ってくれる」

 あのお約束の言葉を、いまはゆっくりアルトの声が耳元でささやいた。


「矢をつがえて」

 星崎先輩の声と同時に、空中に矢筒が現れた。

 えっ?

 驚いた。

 星崎先輩の手がわたしの手を取って、矢筒に導いた。


 矢を矢筒から引き抜いた。

 練習で使うアルミニウムの矢よりも、重くて真っ黒な矢だった。矢尻から矢筈まで羽根も全部、真っ黒な矢だった。


 つがえて引き絞った。

「もっと強く引いて」

 星崎先輩の声がいう。

 ギリギリと弦が鳴る。


 星崎先輩が添えていた手を離した。ひとりだけで頑張って弓をひいた。

 一心に的を見詰めた。


「放て」


 星崎先輩の声。わたしたちにしか見えない不可視の矢が、空を切って、真っすぐ、的に吸い込まれた。


「すごい……」

 わたしは思わず声を漏らしてしまった。


「萩谷さんも、いまので覚えたよね。忘れないでね。この破魔矢は、弓も矢もなくても射ることができるから、ね」

「はい」

 自然と答えてしまった。弓も矢もいらないって、あり得ないけど、でも、実際に見えない矢を射ってしまったから、素直に信じられるの。


  

 ◇  ◇



12月1日 木曜日 18時20分

私立祐久高等学校 弓道場


#Voice :萩谷はぎや 瑠梨るり


 弓道場の片づけを手伝ってから、みんなで一緒に校門まで歩いた。

 鹿乗くんは、自転車通学だから、ひと足先に自転車置き場の前で「じゃあね」と別れた。

 籠川さんと緋羽ちゃんとわたしは、電車通学なの。

 緋羽ちゃんとは、お家の方向が真逆だから駅でお別れだけど、籠川さんとは途中まで同じ電車に乗るの。


 もちろん、籠川さんと同じ電車に乗っていることは、入学してすぐの頃から知っていた。でも、籠川さんは苦手だから、見かけたら違う車両を選ぶようにしていたの。


 だけど、星崎先輩に別れ際に、呼び止められた。

「萩谷さんにお願いがあるのだけど」

「はい?」

「籠川さんと登下校は同じ電車でしょ。駅から学校までも同じバスに乗って、籠川さんに付き添ってほしいの」

「えっ!?」


 思わず声をあげてしまった。

 でも、星崎先輩は私に向かって拝むように両手を合わせた。

「籠川さんが苦手なのは知ってるけど、籠川さんを守れるのは、萩谷さんしかいないの」

「で、でも……」

「無理を承知でお願い。途中駅までで構わないし、離れた場所から見守るだけでもいいから、お願い。籠川さんは弓道の経験がないから、鈴守の破魔矢は使えないの」


 繰り返し請われて理解できた。

 星崎先輩はバス通学だから、籠川さんに付き添えない。

 通学経路が籠川さんと一緒で、鈴守の破魔矢が使えるのはわたしだけ。

 そして、青木くんが呪いの力で生徒会を狙っているらしい。


「わかりました。あ、でも、わたし、籠川さんとは登下校の時間がずれることもありますし、途中駅までですよ」

「うん。ありがとう。学校から距離が離れると、呪いの力も弱くなると思うから、途中駅まででも十分です」

 星崎先輩は、私の手を取って安堵のため息をついた。


 星崎先輩にお願いされたから……

 わたしは、籠川さんの後ろについて同じ車両に乗った。さすがに隣に座るのは気が引けたから、少し離れた位置で扉の傍に立った。

 電車が発車してすぐ、籠川さんと、目線が合った。


 どうしようか? 迷ったけど、愛想笑いを返した。

 籠川さんの眼鏡は、わたしを一瞥しただけだった。

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