第46話 弓道女子会

12月1日 木曜日 16時20分

私立祐久高等学校 弓道場


#Voice :飯野いいの 緋羽ひわ


 昨日、あの後、萩谷さんは生徒会LINEグループで、シャワー室で襲撃されたことを報告した。あたし、生徒会とは無関係だから、生徒会のLINEグループなんてあったの、初めて知った。


 それで、「キュービットさん」対策のために、あたしと野入くんも生徒会LINEグループへ特別に招待されたの。


 萩谷さんは、屋内プールの更衣室のシャワー室で、いきなり針で刺されたと、詳しい状況を報告した。針の写真も載せて共有した。厚手の生地を縫うのに使う太い針だった。


 いままでと呪いの方法が違うこと。

 特に、女子更衣室の中に、コンクリート壁に囲まれたシャワー室なんて場所に、遮蔽物を飛び越えて、実体物を送り込んできたことに、星崎先輩が驚いていた。


 お守り鈴をいつも身に着けているように。

 何かあったらすぐ情報共有すること。

 そう、確認し合った。


 えっと、そのあとも……

 星崎先輩や菅生先輩がお話に付き合ってくれるから、遅くまでLINEを続けてしまい…… 気が付くと、女子会的な雑談になってた。

 鹿乗くんと、野入くんは、お話のノリについて行けなくなって、途中で退散しちゃったけどね。


 それで、星崎先輩と萩谷さん、弓道の経験があるっていうの。

 星崎先輩は、鈴守神社の巫女さんだから、弓を用いる神事もあるから、練習していたというし。

 萩谷さんも、中学生の頃に弓道を習った経験があるって…… 本当に、萩谷さんって文武両道に長けているの。それなのに謙虚で自慢なんてしないし、本当に、すごいなって思った。


 それでね、今日の練習後に弓道場を貸してくださるように、部の顧問の先生にお願いしたら、あっけなくOKがもらえた。顧問の先生も、星崎先輩が弓道できるの知ってた。


 そして、今日、びっくりした。

 弓道着姿の星崎先輩と萩谷さん、すごいカッコイイ。

 ふたりとも、きっと、あたしを励まそうって気持ちで、あたしに合わせてくれたの。嬉しかった。



 ◇  ◇



12月1日 木曜日 16時30分

私立祐久高等学校 弓道場


#Voice :鹿乗かのり 玲司れいじ


 飯野緋羽には悪いが、女子会に着きあう気はないと、言いたかったんだが…… 星崎先輩に呼び出されて、俺はいま弓道場にいる。


「うわぁ、正直にいってヤバいな!」

 野入が、俺の隣で興奮気味に感嘆を漏らした。野入も、星崎先輩から召集されたらしい。


「星崎先輩は当然だが、萩谷が弓道着姿になるとは……っ!」

 なに、興奮しているんだ、野入。おまえは、毎週、萩谷の競泳水着を見ているだろうが。そう思ったが、弓道女子の凛々しい清楚さは、格別だ。


 もっとも、見物が目的でここへ来たわけじゃない。

 星崎先輩から、LINEでメッセージが届いたんだ。


『明日、12月1日 16時30分頃に弓道場に、呪いのアプリ関係者を集めます。敵対する誰かが、こちらを見張っているなら、高確率で釣り出せると思います。護衛役に人手が欲しいので来てください』


 そう請われたら、さすがに断れない。

 特に、野入には、突撃隊長になってもらおうと、思っていた。


「何でもできてしまうなんて、本当にずるい人たちですね」

 傍らで、ため息混じりの口が聞こえた。

 籠川だった。


「キミも星崎先輩に呼び出されたのか? あと、ケガはもういいのか?」

「肩の怪我なら、まだ、包帯巻いてるけど、もうどうでもいいわ」

 突き放したように、籠川は答えた。


 籠川の様子を見て、変わったなと感じた。

 以前は、もっと向上心をギラギラ感じさせる嫌な面が見え隠れしていたが、角が取れて、人当たりが以前よりは、丸くなった気がする。とはいえ、扱いにくい相手なのは変わらない。


「鹿乗くん、今更だけど、助けてくれて、ありがとう、ね」

 籠川が、ぼそりとつぶやいた。

「ああ、気にするな」

 愛想がないのは、俺も同じか。


「あのね……」

 と、籠川が話し始めた。


「警察でいろいろ話して、全部吐き出したら、やっと、呪いのアプリから解放されたような気がしたの。本当は、まだ、催眠が解けていないのかも知れないけど、でも…… 感謝しているわ」

 俺は、怒りから籠川を犯人扱いし、ひどい言葉を浴びせた。内心では、罪悪感がわだかまっていた。


「俺も、警察に突き出すようなマネをしたのを詫びたい」

「気にしないで。あのアプリの洗脳は、誰かに話せば解けるみたいなの。きっと、星崎先輩はそれをわかっていたんでしょうね」

「そうなのか」

 俺は感嘆した。


 鈴守神社は、けして観光客が押し寄せるような有名な神社ではない。境内はそれなりの広さがあるが、周りは田んぼだらけだ。アクセスも市営のコミュニティーバスだけ。玉砂利は掃き清められていたが、寂れた神社の雰囲気がする。そんな場所だ。


 しかし、俺は気になって、鈴守神社について調べた。

 両親や祖父母にも尋ねた。


 結果は、驚くべきものだった。

 怪異や祟りとうわさされるような事件が、祐久市には多いことも知った。その解決の裏に、鈴守神社の存在が見え隠れしていることもだ。


 祖父母は、鈴守神社を特別視していた。

「そうか、鈴守の巫女様とご縁を頂いたのか! それは大切にせにゃいかんぞ」

 と、祖父が笑った。


 呪われた土地、祐久市にとって、鈴守の巫女は特別な存在だったのだ。

 俺は、星崎先輩がそんな人だとは思っていなかったし、いまも信じられない。


 だが、弓道着姿で弓を射る姿を見て、ようやく祖父母の言葉の一部を理解できた気がした。

「これが、鈴守の巫女なのか」

 ―― と。

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