第44話 怯える広田くんに救いを

11月25日 金曜日 20時25分

私立祐久高等学校 サーバー室


#Voice :広田ひろた 鏡司きょうじ



 はっと我に返った瞬間、僕は、激しい疑問と、恐怖と、動揺に襲われた。


「ここ、どこだ? いま、何時……?」


 見回した。

 黒い鋼製ラックにブレードサーバー が収容されていて、空冷ファンの音がいくつも重なって聞こえた。

 僕のすぐ前には、そのサーバーに接続された業務用のノートパソコンがある。メンテナンス中のプログラムコードが表示されていた。


 さらに、その周りには、コーラのペットボトル、ブロックチャートの走り書きをしたレポート用紙、何かのプリントアウトらしい資料…… それにサーバー室のセキュリティキーを収めたICカードが置かれていた。


 ICカードにプリントされた名前は、学年主任の先生のものだ。


「ぼ、僕は…… 何をしているんだ!?」


 まるでフラッシュバック現象のように、脳裏を記憶の断片が駆け巡った。


 僕は、今日の放課後に職員室へ学年主任の先生を尋ねた。

 名目上の理由は、学校の授業で解らない箇所を尋ねに行ったことになっている。学年主任の先生は、指導熱心で、つい先日も祝日に補習授業を開いてくれた。気難しげに見える数学教師だけど、良い先生だと思う。


 なのに、僕は隙を見て、学年主任の先生の机から、学校のサーバー室に出入りするためのセキュリティーキーのカードを盗んでしまった。

 そして、いま、こんな夜間に学校のサーバー室に忍び込んで…… 何をしていたのだ?


 こんなことをしたのは、僕じゃない僕だ。

 

 僕は、悪い催眠術にでもかかっていて、自身の行動の理由さえもわからないまま、とんでもないことをしている。


「な、な、なにをしているんだ、僕は……っ!」


 業務用パソコンに表示されたプログラムコードを見て、気づいた。

 これは、「キュービットさん」の実行ファイルの中身だ。

 そのソースコードだ。

 あろうことか、僕が、「キュービットさん」のプログラムコードのメンテナンスをしていたんだ。


 「キュービットさん」は、windows8環境で走るインターフェイスと、呪いのエミュレートを執り行う儀式サーバー、すべてを統括する上位サーバーに別れていた。


 いや正確には――

・windows8アプリで、ユーザーに催眠を掛けて捕らえて、ネガティブな願いを収集する呪いのアプリ端末。(萩谷のお絵描きタブレットパソコンがこれだ)


・アプリ端末の近傍で、呪いの儀式をエミュレートして執り行う儀式サーバー。(学校のサーバーが乗っ取られて、儀式サーバーにされていた)


・クラウドにある上位システムで、WebAPIにより、アカウント管理から呪術データの供給まですべてを統括する上位呪術サーバー。(未知の存在で正体不明)


 ……に分かれている。

 僕が遠隔でフルアクセスできるのは、末端の萩谷のタブレットパソコンだけだ。

 学校のサーバーを乗っ取って構築された中間サーバーは、多少の機能を使えるだけ。

 どこにあるのかも知らない上位サーバーに至っては、僕は、WebAPIの仕様の一部を知らされているに過ぎない。


 僕は、まるで、使いやすい駒にされていると、気づいた。

 呪いのアプリをメンテナンスする、悪魔の駒だ。


 僕は、状況を理解して、震えあがった。


 学校のサーバー室から、萩谷のタブレットパソコンの中にアクセスして、あの呪いのアプリを遠隔でメンテナンスしていたんだ。

 ソースコードや資料は、上位サーバーから、乗っ取られた学校のサーバーに転送されていた。

 僕は、催眠状態でこれらの資料をプリントアウトして、閲覧し、指示どおりにコードを書いて、萩谷のお絵描きタブレットに転送していた。


 学校のサーバーを乗っ取って、呪術の儀式をエミュレートしている理由は、単純だ。学校のサーバーの中には、生徒たちのすべてが記録されている。

 髪の毛や写真を探して呪うよりも、効率的な呪いの藁人形が構築できるはずだ。


 さらに、学校のサーバーは、用済みになれば処分される。そう、僕も同じはずだ。きっと、使い捨ての駒なのだろう。


 僕の脳内で、右脳と左脳の間で、たくさんの情報が、絶望的な言葉と、凄惨なイメージが、飛び交っていた。


 ピッ……


 小さな通知音とともに、業務用ノートパソコンの画面にポップアップウインドウが表示された。


『プログラムの回収作業は完了しました。この場所を片付けて、速やかに退去してください。お疲れ様でした』


 僕は、壊れたロボットのように、カクカクとうなずいていた。


 いま、僕は、サーバー室への不正侵入をしている犯人だ。

 呪いのアプリを最新のwindows11環境に対応するアプリに、改修した犯罪者だ。


「た、たすけて…… 誰か……」


 僕は、この後、失神していたはずだ。

 僕という存在は、確かに気絶したはずだ。


 それなのに…… 僕は、本当に僕なのか?

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