21 国宝級。


「エリューちゃん。大丈夫?」

「うん。なんとかね」


 ディヴェの治療を受けながら、私は微笑みを返す。


「魔力封じの力、つえーなぁ。でも使えなかったら、どうするつもりだったんだ?」

「え? その時は全力で魔法をぶつけるだけだよ?」

「さも当然に……怖いぜ」


 笑ってケロッと言い退けると、ストがドン引きした。


「つまり、魔力封じの術を使いたいがために、あんな防戦してたのかよ?」


 ヴィクトが振り返る。


「うん、試すなら、やっぱり人かなーって」

「鬼だな、お前」

「ええっ!?」


 ストには怖いって言われるし、ヴィクトには鬼だって!?

 そこまで!?

 だって魔物相手じゃあいつ魔法使うかわからないじゃないか! 人なら大体魔法使うからよくわかるでしょう!


「笑って追い詰めるところ、鬼畜で素敵だったわ! 流石あたしのエリューナ!」


 グッと親指を立てるミミカ。

 鬼畜……!?


「ミミカちゃん、フォローじゃないよー。それ」


 ディヴェだけが、のほほんっと指摘した。


「エリューナ!」


 そこで、別の声が聞こえて、ダダダッと階段を駆け下りてきたのは。


「いやっ! エリューナ様!」

「さま?」


 ロクウェル殿下だ。いつから、見ていたのだろうか。

 私達の手前まで来ると、ロクウェル殿下はザッと土下座した。


「すみませんでした!!!」


 第二王子が、土下座で謝罪。

 ヴィクト達は、冷めた目で見下ろすだけ。


「どうかっ、どうかっ!! 城を消し去らないでくださいっ!!!」

「……なんの話ですか?」


 多分、アッシュウェル陛下から何かを言われているのだろうけれど。

 何を言われたのだろうか……。

 何を言ったのでしょうか? アッシュウェル陛下。



 ◆◇◆



 数時間ほど前になる。

 ロクウェルは、父親であり国王であるアッシュウェルに呼び出された。

 場所は、人払いが済んだ謁見の間。

 元々威厳ある父であり王だったが、頬杖をつく彼が怒っていることは、ロクウェルにもわかっていた。


「何故、エリューナ・ルーフスを追い出した?」


 単刀直入に、玉座から見下ろすアッシュウェルは問う。


「む、無能だったからですっ」


 今回の呼び出しの用件がわかりきっていたロクウェルは、正当な理由で解雇したことだと話そうとした。

 しかし、アッシュウェルは威圧的に言葉を返す。


「無能だと?」


 怒りがこもった声。

 ロクウェルは、ピンッと背を伸ばした。


「彼女のどこが無能だと言うんだ?」

「そ、それはっ……ダンジョンでほとんど役立たずでっ!」

「本当にそうなのか? お前はちゃんと彼女を活躍させていたのか? 護衛から聞いたぞ。戦闘能力にも長けた彼女には、補助と回復だけを任せていたとか……宝の持ち腐れだな」


 一度は押し黙るが、ロクウェルは反論に出る。


「彼女には最高王宮魔導師の座は相応しくありません! 護衛につけるほどのお気に入りだったのは、わかりますがっ」

「贔屓していたのは、認めよう。だが、それだけではない。召喚獣の件は?」

「そ、それは、一年もかかってではないですかっ!」

「何を言う。”たった一年”で完成したのだ」

「し、しかしっ、あれは最高王宮魔導師だったグラフィア様の研究を引き継いで、完成させただけでは!?」


 最高王宮魔導師の中でも随一の魔法の使い手だったグラフィア・マーリンの名を出す。


「他の最高王宮魔導師は、匙を投げた研究だぞ。新たな魔法の創造、ましてや魔法生物の創造なんて、どれほど困難で難解だと思っているんだ? 確かにあの最高王宮魔導師グラフィアの研究を引き継いでもらったが、彼さえも出来なかったことを成し遂げたということなんだぞ。学生の時にはすでに【超越の魔法使い】と呼ばれたが、その名に相応しい。超越した魔法の才能の持ち主だ」


 言葉を失うロクウェルに、アッシュウェルは続けた。


「他にも、彼女は彼女自身が簡単にやってのける高度な魔法の使い方を、我々凡人にも扱えるようにする研究もしていた。召喚獣の魔法も、その一つだった。あれは天才の彼女しか使えない魔法だ。恐らく、この先もずっとだろう。研究資料も報告書も、残ってはいるが、今の最高王宮魔導師では成功しない。彼女、エリューナ・ルーフスは、国宝級の最高王宮魔導師だった」


 国宝級の最高王宮魔導師。

 ――――だった。

 そう過去形にしたのは、他でもない。ロクウェルだ。

 ゴクリ、とロクウェルは息を飲み、身体を震わせた。


「お前がどれほどの失態を犯したか、理解出来たか?」


 ロクウェルは、声を出せない。


「さて、無能はどちらだ? 問うているのだ。ロクウェル」


 アッシュウェルが、目を細めて返事を促す。


「……わ、私めです……陛下……」


 か細い声で、ロクウェルは答えた。

 そして、俯く。


「はぁ……」


 重たいため息を、アッシュウェルは吐いた。


「ロクウェル。彼女の人柄に感謝するべきだぞ? もしも、彼女が本気で怒ったのならば……この城を消し去っていたところだろう。……まぁ、怒りを通し越して、呆れられただけかもしれないだろうが。お前は王宮に危機をもたらした。その罪の重さは、わかるか?」

「っ……!」


 ロクウェルが、顔を青々に青ざめてしまう。


「エリューナに、会ったそうだな? 何を言っていた?」

「……も、”戻らない”と」

「当然だな……はぁ」


 もう一度、アッシュウェルがため息をつく。


「私と会ってくれないだろうか……この事態を防げなかった私にも非がある、か……」


 ぼそりと、独り言を溢してから、アッシュウェルは人差し指を突き付けた。


「謝罪をしてこい。それまで戻ってこなくていいぞ」

「!!」

「しっかり過ちを謝罪をしてこい。それから、お前の処罰を告げる」

「……っ。……わかり、ました……陛下」


 ロクウェルは項垂れるように頭を下げるしか出来ない。

 そして転んでしまいそうな足を動かして、謁見の間から出た。



 ◆◇◆



 冒頭に戻る。


「役立たずだと、おこがましいだと、言ったことを許してほしい!! 追放したことも、申し訳ございません!! どうか、どうかっ! 城を消し去ることだけは、やめてくださいっ!!!」

「いや、だから城を消し去るって、一体なんの話ですか?」


 ロクウェルはわなわなと震えたまま、土下座を続けている。

 さっきから城を消し去るって、物騒だ。


「父上から……陛下から、それほどの力があると。国宝級の最高王宮魔導師だと……」

「国、宝、級……」


 アッシュウェル陛下ってば、とんでもないことを言ったみたいだ。


「まっ。冗談抜きで、その気になれば、あの城を消し去ることも出来るもんな?」

「ひっ」


 ヴィクトが私の肩に腕を置いて、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。

 心底怯えた様子で、ロクウェル殿下はびくんっと身体を跳ねさせた。


「アッシュウェル陛下からお叱りを受けたのでしょう? それで、許しをもらうべきだと言われてきたのですか?」

「い、いえ、謝罪をしろ、とだけ……。そして処罰を下すのは、戻ってから……だと言われました」

「そうでしたか……。あの、もう立ち上がってください。人の目が少ないとは言え、あまりよろしくないのでは?」

「……僕は、恐らく……」


 ロクウェル殿下は顔を上げたけれど、曇らせたままだ。


「王宮を危険にさらした罪で……王位継承権は剥奪だと思います」


 王位継承権二位だったか。その剥奪。

 危険にさらした……。

 私を王宮から追放したことが、危険にさらしたことになったのか。

 城を消し去ると思われるほど……。

 アッシュウェル陛下は一体、私をどう思っていたのだろうか……。


「許してもらえるとは思っていません……陛下も、許されるとは思っていないから”謝罪しろ”とだけ言ったのしょう」


 しゅん、としている。しおらしい姿は、初めて見た。


「それほどの罪だと自覚しました。本当に申し訳ございませんっ」

「謝罪はもういいです。ちゃんと理解したのなら、もういいです」


 自分の愚かさを自覚したのなら、もういい。


「お帰りください」

「は、い……」

「ああ、釘を刺しておきますが……私の仲間に関わったら、どうなるか……想像できますよね?」

「はっはいっ……!」


 ちょっと脅しをかけておいた。立ち上がったロクウェル殿下は、また青ざめた顔で足早に観客席の階段を上がり、地下の闘技場を出ていく。


「一発殴ってもよかったのに……」


 なんてミミカが言葉を溢すものだから、横を見る。

 すると、視線の奥では、ギルドマスターが着替えていた。

 ボロボロと穴が開いてしまったワイシャツを脱いでいる。露出した上半身は、美術品の彫刻のように引き締まっていた。いや、それよりも膨らんだ筋肉。インテリ系とは到底思えない筋肉だった。厚そうな胸筋。ぱっきりと割れた腹筋。そのくせ、しっかりあるくびれ。腰は細めで、綺麗な逆三角形の上半身だ。それでいて暑苦しさを感じさせない。むしろ、強い大人の色気を感じ取れる。

 私が見ていることに気付いたギルドマスターは、ただにこりと笑いかけた。

 私の視線の先を追いかけたのは、ヴィクト達。


「どこ見てんだよお前!!」


 ぺしっとヴィクトの手が私の目元を覆った。

 痛いよ……ヴィクト。


「貴族令嬢なのに、男の裸を凝視するなんて!! 破廉恥よ!? エリューナ!!」


 ミミカまで、ぺしっと私の目元に手を重ねた。


「いや、えっと、ええっと」

「動揺するな!!」「動揺しないで!!」


 否定しろっ!! と声を上げられる。


「おや。私の裸に魅力を感じてくれましたか? エリューナさん」


 見えないけれど、ギルドマスターが歩み寄ってきたようだ。

 あの上半身で近付かれたかと思うと、顔が熱くなってきた。


「いえ、あの、そのっ、失礼しますぅううっ!!」


 私は逃亡する。階段を駆け上がって、地下闘技場をあとにした。

 もちろん、ヴィクト達は追いかけてきてくれる。


「エリューちゃん、ああいうのがタイプだったのー?」

「その話はやめようよ……」


 のほほんとディヴェが横を歩きながら、訊いてくるのでやんわりと断る。

 後ろを歩くミミカの視線が突き刺さっているのが、わかった。


「今日はどうする? また同じ店に行くか?」


 ストが問うので、皆は同じ店でいいと答える。

 夕食をとりながら、少しだけ会議。

 そして、宿屋の男部屋として使っているヴィクトとストの部屋に入らせてもらい、そこで作戦会議。

 ヴィクトのベッドに女子陣が、ストのベッドに男子陣が向き合うように座った。

 明日は30階層まで下りて、そして未踏の34階層を目指す。

 33階層のフロアボスの情報は、ギルドから仕入れてきた。

 三つの頭を持つ巨大犬の姿をした魔物が立ちはだかるらしい。右は氷を吐き、左は火を吐く。真ん中は、何をするかは情報がない。

 そこのフロアボスは、巨大犬だけでなく、大蛇もいるそうだ。それも、二匹。人一人を一口でパクンッと食べてしまうほどの大口を持つ大蛇だ。


「片方は火を吐いて、もう片方は氷を吐くなんて魔物、前にも倒したよな?」


 ストが片手で頬杖をつきながら、確認する。


「【深淵の巨大ダンジョン】の55階層だね。あれは巨大なトカゲだった。気になるのは、真ん中の頭の特徴ないことだね……どんな攻撃を吐くのかしら」


 ちょっと気がかりだと、自分の顎に手を添えた。


「犬っころか、蛇か……どっちを先に討伐する?」

「うーん……数を減らすために、蛇から討伐しようか。私とヴィクトで、サクッと蛇の頭を落とす。……いや、待って。私が、二属性の防壁を作るべきね」


 ヴィクトの問いに答えて、私は二属性の攻撃に耐えれる防壁を作ることを考える。


「いやいや、ここはオレに任せてくれよ。【超越の魔法使い】さん。オレだって、伊達にレベル6の冒険者になってないさ。この一年で、やっと二属性の防壁を立てられるようになったんだぜ?」

「ほんとっ? さっすが【白の守護者】!」

「へへっ! 右に火の防壁、左に水の防壁だな!」


 鼻の下をこすって、ストは胸を張った。


「よっ! 【白の守護者】!」

「頼りにしてるよー【白の守護者】」

「おう、頼りにしてるぜ、【白の守護者】」


 ミミカ、ディヴェ、ヴィクトも【白の守護者】と呼んだ。

 ストは、照れた。


「んじゃあ、オレとエリューで蛇の首を落とすのが、第一プランだな。そのあとは? 氷の犬っころはやらせろよ」


 にんやり、笑みをつり上げたヴィクト。火の魔剣の武器からして、ヴィクトは適任だろう。


「じゃあ火の方は、あたしがやる」


 やる気満々に、ミミカも舌なめずりした。


「ウチは補助に徹する、だねー。二重でいいかな?」


 横から顔を覗いてくるディヴェに頷く。


「うん。ストに防御上げの補助、ヴィクトには攻撃力上げの補助、ミミカと私には魔法攻撃上げの補助を。負担が大きいけれど、頼むわ。私は真ん中を仕留める」

「ウチの役目だもん、頼まれた」


 役割は、決まった。

 第二、第三のプランも決めておく。

 それぞれ頭に入れたところで、解散した。

 アイテムを補充後、私達は【外れ巡りの猛獣の迷宮】へと足を踏み入れる。

 目標は33階層。完全把握したわけではないが、なんとか迷路を駆け抜けて、30階層まで下りた。

 31階層と32階層は、思ったより厄介な迷路。何度も十何回も行き止まりについてしまい、ヴィクトは次第に苛立って声を上げた。

 32階層の迷路の突破は、一日以上かかってしまったが、想定内だ。

 回復薬を使わずに済んだし、携帯食も節約して十分残っている。

 33階層に待ち構えているフロアボスと戦う準備を整えて、階段を慎重に降りた。


 グルルルルッ。


 唸り声が低く響き渡る。

 私達のフォーメーションを保ってたまま、降りれた階段の先は、広いフロアボスがあった。

 今までより、暗い。でも二つほど、左右に並ぶ四角くて太い柱なら見えた。左右の柱の奥も、暗くて、闇にしか見えない。

 危険を感じる……。嫌な予感。

 中央の暗闇から、三つ頭の巨大な犬が、のしのしと歩み出てきた。

 右の口から赤が灯り、左の口から青が灯る。

 ドスッと、大盾を床に叩きつけたストは、右に水の壁を、左に火の壁を作り上げた。ディヴェが補助して壁を強化。

 吐かれた火炎と吹雪を受け止める。

 蛇はどこだ? と身構えていれば、左右の柱から、大口を開いて飛びかかってきた。

 素早くミミカが、弓矢を放ち、目を射抜く。右も左も、怯んだ。

 私は黒杖剣を、ヴィクトは黒炎剣を持ち、自分に身体能力向上の補助をかける。飛び上がり、壁を蹴って、真上から蛇の頭を叩き切った。

 よし。二匹の黄色い鱗の蛇は、仕留めた。

 ヴィクトは、犬の方へと攻撃に移る。蛇の身体の上を駆けて、二つ目の柱の奥から飛び出し、頭を切り落とした。


「オラァアア!! 行け、ミミカ!!」

「言われなくても!!」


 火の壁の向こうから、狙いを定めたミミカが、三連射の水の弓矢を放つ。

 魔法攻撃を上げる補助は、ミミカと私にはすでにかけられている。

 ミミカの水の弓矢が仕留め次第、私も真ん中の頭を仕留める準備をし、大蛇の身体の上で構えた。

 水の弓矢が三又のほこになると、額を貫く。

 私の出番だった。しかし、狙いを定めた犬の瞳が白く光った瞬間だ。



 

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