20 切り札と勝ち。



 一度、態勢を整えるためにも、ダンジョンを出た。

 アイテム補充のためにも、手に入れた魔石を換金するためにギルド会館へ。

 換金用受付でどっさりと魔石を提出する中、背後から迫る気配に気付き、振り返ると同時に私は杖のてっぺんを突きつけた。

 後ろにいたのは、ギルドマスターのラズヴィさんだ。


「おや」

「忍び寄らないでくださいよ……ギルドマスター。ごきげんよう」

「それは失礼しました。ごきげんよう」


 にっこりと、悪びれた様子のない笑み。

 私に用があるみたいなので、隣にいたディヴェに換金を任せた。


「実は、ルーフスさん」

「エリューナでいいです」

「ではエリューナさん。ありがとうございました、【魔力封じの試練塔】攻略の報告書。とても細かくて、助かりました」

「いえ、冒険者の仕事のうちですので」

「そう言ってもらえて嬉しいのですが……エリューナさんに、とても残念なお話があります」


 私の肩をそっと押して、壁の隅まで移動した。

 やっと申し訳なさそうに眉毛を下げるギルドマスター。


「あなたのレベル6になるという特例ですが、実は反対の声が多くて……取り消すように言われました」

「なんだと!?」


 声を上げたのは、ヴィクトだ。

 ギルドマスターと話していると気付き、様子を見に来たのだろう。


「ギルドマスターだろうが! 取り消すなんて、バカ言うんじゃねーよ!!」

「ヴィクト、落ち着いて」


 ヴィクトの胸に手を置いて、ポンポンッと撫でた。


「そうですよ。落ち着いてください。取り消さない方法があります」

「方法ですか?」

「はい。レベル6に相応しいと証明してください」

「どう証明すればいいのですか?」


 にこり、とギルドマスターは笑みを深める。


「私と一対一の勝負しましょう」


 レベル7の冒険者と、一対一の勝負。

 それを持ちかけられて、少し悩んだ。

 私の見立てでは、あの漆黒の騎士を相手するほどの強者だ。

 私達パーティーでなら、格上の彼に勝てると考えていたけれど……。

 何も一人で勝てとは言われてはいない。全力を出せばいいのだろう。

 ああ……あれを試してみようか。


「いいですよ。勝負しましょう」


 私は、にこやかに笑いかける。

 ギルドマスターは、嬉しそうに笑ったのだった。


 案内された先は、ギルド会館の地下一階だ。


「特別試験を行う場所です。大半は、冒険者同士の決闘をさせる場所でもありますよ。闘技場と呼ばれています」


 円形の闘技場。周囲には、観客席があった。その観客席に、好きなようにヴィクト達は座る。

 ギルドマスターは、スーツの上着を脱ぐと、ワイシャツの袖をまくり上げた。紺色のネクタイも眼鏡も外して、最前列の観客席の一つに置いた。

 やっぱり思った通り、ギルドマスターは鍛え上げられた身体をしている。


「案内しておいてなんですが、今でいいのですか? ダンジョンからの帰りなのでしょう?」

「そうですが……魔力は十分残っているし、仲間に回復してもらって体力はあります。万全ではないですが、実力は発揮出来るでしょう」


 準備万端なのに、ギルドマスターは今更ながら、そんなことを問う。

 魔力は十分なので大丈夫だと、自己判断した。

 ふと、観客席に目をやれば、ギルドメンバーのグスタさんが、別の区の席に座っている。その他に、レディスーツの姿の女性もいた。


「あなたの自信に満ちた態度、嫌いではありませんよ」

「レベル6の実力を見せればいいのでしょう?」

「ええ、そうです」


 ギルドマスターから言質を取ったので、私は杖をくるりと回す。

 見たところ、ギルドマスターは武器を装備していない。肉弾戦か。


「では両者、構え」


 レディスーツの女性が立ち上がって、手を掲げた。

 彼女は審判か。

 私は杖先を突きつけて、身を軽く屈める。

 ギルドマスターは、左足を後ろの位置に移動させて、両手の拳を構えた。

 準備は整ったと判断すると、女性は「始め!」と掲げた手を振り下ろす。


「”――加速――アッチェブースト――”」


 飛び出すとともに、素早さを上げる補助魔法を使い、距離をあっという間に詰めた。

 私は右横から振り上げられる拳を防ぐために、防壁の魔法陣で防ぐ。

 避けられないからだ。


「”――炸裂弾――エスプロジオ――”」


 まじかっ!

 そのまま、爆発の魔法を叩きつけてきて、防壁を壊された。

 衝撃と爆風で、私はよろめく。

 今度は左拳が、お腹に向かって振り上げてくる。

 防壁を張りつつ、杖を横から叩きつけた。


「”――雷よ――トォノド――”!」


 雷を叩きつけたが、あちらも防壁で防ぐ。


「”――炸裂弾――エスプロジオ――”」


 お腹の手前で張っていた防壁を壊された。衝撃をお腹に食らって、後ろによろめく。

 その後も、拳を打ち込んでは爆発の魔法で防壁を壊してくる。右から左から、交互に打ち込んできた。

 拳と同時に魔法を使わないのは、私に直撃させないためだろう。

 でも、十分にダメージは受けている。

 だが、手加減されているのは、ムカつくなぁ!

 後ろへよろめくけれど、足元に魔法陣を仕掛けて爆発させた。

 一度距離を取ってもらって。


「”――加速――アッチェブースト――”! ”――身体能力向上――リベラブースト――”! ”――攻撃強化――プレッスィブースト――”!」


 素早く唱えて、反撃に出る。

 杖を同時に雷の爆発の魔法を叩きつけた。

 今度は、ギルドマスターの方が防戦一方となる。


「”――魔法攻撃強化――マジアプレッスィブースト――”!」


 私は攻め続けた。魔法の威力も上げて、雷の爆発を叩きつける。

 パリンッと防壁が割れても、腕でカバーするギルドマスター。丈夫だ。

 少なからず、電撃を食らっているはずなのに。


「”――雷鳴爆裂――フルッタエスプロジオ――”!」


 なんとか電撃で怯ませて、切り札を使いたい。

 強化した雷鳴を轟かせた。しかし、強度の高い防壁を張られてしまう。


「”――爆裂業火――エスプロジオ・インフェルブルチャ――”」


 拳を叩きつけると同時に、爆裂する火の魔法を放ってきた。


「”――水よ弾けろ――リークアエスプロ――”!」


 遅いが、水の魔法で防ぐ。

 雷の魔法の陣を、三重に仕掛ける。一つ目は防壁を壊し、二つ目でズドッと雷を突き刺す。

 三つ目も突き刺した。流石に怯んだギルドマスターに、私はダッと駆け込む。

 そして、お腹に掌を押し付けるように叩きつけた。少しだけ、ギルドマスターは後ろによろめく。


「なんですか? 今のは、畳み込む場面だったはずでしょう?」


 ギルドマスターが、小首を傾げた。

 けれど、また拳を叩きつけてきたから、今度は杖を盾にして堪える。


「防壁は、どうしたのでしたのですか? ”――炸裂弾――エスプロジオ――”」


 みしっと言いそうな杖で堪えた私に、爆発の魔法を叩きつけようとした。

 しかし――――しん。

 発動はしなかった。

 ギルドマスターは、困惑で顔を歪める。

 私は切り札が使えたことに、ニヤリと笑って喜んだ。



 ◆◇◆



「【孤高の剛の戦士】のラズヴィさんと【超越の魔法使い】のエリューナさん……どんな戦いをするのでしょうか?」


 レディスーツの女性は疑問を口にしたが、すぐに答えが出る。

 ラズヴィの得意とする補助魔法付与の肉弾戦で、防壁での防戦一方になるエリューナ。


「ちっ! あのギルマス、手加減しやがって……」


 観覧しているヴィクトが、舌打ちを漏らす。

 当たり前だろう。一同はそう思っていても、口にはしなかった。

 相手は、まだ少女だ。本気で殴るわけがない。

 しかし、じわじわとダメージを与えているのだ。


「エリューも、黒杖剣を使えばいいのに……」

「前にも言ったじゃないか。特別試験に【宝具】である武器の使用禁止」


 イラついた様子のヴィクトに、グスタは一応言っておく。


「エリューナが反撃に出た」


 目を放さないミミカが「よし! 行け行け!」と手を突き上げた。


「んー? なんでもっと強力な魔法を使わないのかな?」


 ディヴェが指を顎に当てて、小首を傾げる。


「用意してる間に、反撃されるからだろ」


 グスタは疑問に答えたが、違うとディヴェが首を振る。


「エリューちゃんなら、反撃される前に魔法陣を使えるはず。二重でも、三重でも」


 そして、もっと。そう言いたかったが、ディヴェは言葉を止めた。


「三重かよ! 流石【超越の魔法使い】っ!」


 エリューナが、雷の三重魔法で貫いたのを見て、グスタは身を乗り出す。


「「「「「!?」」」」」


 ラズヴィの腹に掌を叩きつけた。ただ、叩きつけたように見えて、ヴィクト達は怪訝な顔になる。


「何やってんだ? 今、致命的なダメージを与えるチャンスじゃあ……」

「いや待て」


 グスタが言いかけたが、ヴィクトが制止させた。


「アイツ、勝ちを確信した顔してやがる……!」


 ヴィクトも身を乗り出して、目を見開き、口角を上げる。


「なんでだよ? チャンスをフイにしただろうが」


 グスタは信じなかったが、すぐに知ることとなった。


「魔法が発動、しない!?」


 思わず、グスタは席を立つ。

 ラズヴィは唱えたはずだが、爆発の魔法は発動しなかった。

 ドスッと杖の足を、エリューナはラズヴィの腹に叩きつける。

 魔法陣を浮かべて、何度も何度も衝撃波を放つ杖の先で叩いた。

 ラズヴィは腕で防ぐが、ダメージは避けられない。防壁はなし。防壁は、出せていない。


「降参しますか?」


 エリューナは、にこやかに笑った。


「っ、まさか」


 ラズヴィは、冗談ではないと言い返す。降参はしない。


「【魔力封じの試練塔】の【宝具】で手に入れた力……ですか」


 ラズヴィの推測通りだ。

 【魔力封じの試練塔】で手に入れた【宝具】の力。


「ええ。そうです、よっ!」


 またエリューナが杖で突き、ラズヴィに後ろへと飛ばす。

 グッと踏み堪えたラズヴィ。


「時間稼ぎがしたいのですか? 魔力封じの効果が切れるまで」


 カツン、と杖で足元を叩く私は魔法陣を展開した。


「私もどれほど持続するか、知りません。使ったのは、これが初めてなので」


 にっこりと、エリューナは「初めて」を強調する。

 それを聞いて、ラズヴィは内心驚愕した。初めてで、使いこなしたというのか。

「使えてよかったです」と、エリューナは軽く言い退ける。


「アイツ、前より発動時間、早くなってねーか?」


 ヴィクトが、疑問を口にした。

 六つの魔法陣が、ラズヴィを囲う。それは初級の魔法陣だった。

 だが、囲まれれば、ただでは済まない。


「っ!」

「死なないように加減しますねっ!」


 魔法陣の中から抜け出そうとするが、逃がさないとニヤリと笑う。

 エリューナは声を弾ませて、六つの魔法陣で大爆発を起こした。

 初級の爆発魔法だが、それでも強力な威力だ。加減したとは、とてもじゃないが思えない。

 しかし、殺さないように調節はされている。器用だ。


 ――これが――――【超越の魔法使い】!


 ダンジョン帰りだというのに、そう思わせない魔力量。ありえない短い時間の発動とその数。そして、威力。

 ガクッと膝をついたラズヴィは、目を細めてエリューナを見上げた。

 勝ち誇ったエリューナに、負けを認めるしかない。


「負けを認めます、けほっ。あなたは、レベル6に相応しい冒険者です」


 本当はレベル7でもいい気がする。魔力封じの術を使われたら、あとは彼女の魔法に蹂躙されてしまうだけだ。

 相手がレベル7の冒険者でも。

 流石に、レベル7の資格を与えられない。残念でならない。


「触れることで相手に魔力封じをかけ、そして一時的に魔法を使えさせない。そんな術ですか?」

「そうらしいですね。確信はなかったのですが、切り札として使えてよかったです」


 手を差し出すエリューナに、ラズヴィは驚きながらも手を重ねた。


「使えるという確信もなかったと?」

「誰も教えてくれませんでしたからね、あの塔の【宝具】は魔力封じの力を与えるものだとは。でもまぁ、推測は出来ましたけれど」

「……」


 呆気にとられそうになるラズヴィは、笑みを保った。


「では、どうやって使い方がわかったのですか?」

「そこまで話すつもりはありません」


 にこりと、笑顔でかわされてしまう。


「秘密です」


 なんて、先程の勝ち誇った笑みとは違い、無邪気な少女の笑みを見せるエリューナ。

 彼女の魔法陣で、ラズヴィは徐々に怪我を癒されていた。


「求婚したいほど、魅力的な方ですね」


 重ねた手をくるっとひっくり返すと、ラズヴィはエリューナの手の甲に口付けを落とす。


「えっ」

「何口説いてやがんだ!! ギルマス!!」


 ヴィクトが手刀を落とすが、ラズヴィは手を引っ込めた。


「では、求愛?」

「そういう問題じゃねーよ!!」


 ケロッとしているラズヴィに、怒声を浴びせるヴィクト。


「わかります、わかりますよ? あたしのエリューナに、求婚したいのは当然です……その魅力に気付いたのは流石です。で、す、が……うちのリーダーなので!! 求婚はお断りです!!」

「おや、断る理由にはなっていませんね? エリューナさんは、どうですか?」

「負けて求婚とかありえねぇーよ! 近寄るんじゃねーっ!!」


 ミミカとヴィクトが威嚇したが、ラズヴィはその反応さえも楽しんだ。

 エリューナはディヴェの回復魔法を受けながら、困ったように笑うしか出来なかった。



 

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