19 輝かせる目。



「でも、わりぃな。昼寝しちまった」


 すぐに苦笑に変わる。気絶のことだ。


「火を噴くことを警戒したのに、火を与えたのは私だよ。こっちこそ、ごめん」

「じゃあ、おあいこだな。ほら、回復薬」


 軽く言い退けると、さっきのお返しなのか、私に回復薬を渡してくれた。

 それを、ぐびっと飲み干す。

 ガタンッ。

 物音を耳にして、戦闘態勢に入る。

 でも視線の先から、現れたのは、隠し通路から出てきたヴィクトだった。


「おっ! いやがったぜ!」

「エリューナ!?」

「ストもエリューナも大丈夫ー?」


 ヴィクトの後ろからひょっこりと顔を出すのは、ミミカとディヴェだ。


「よかった! 三人揃ってて……!」

「無事そうでなにより!」

「お前らは無事じゃないな、何と戦ってたんだよ? ガレンもいるし……」


 私もストも駆け寄ると、ヴィクトは怪訝な顔をした。


「あーフロアボス?」

「なんで疑問形?」


 ストの答えに、私は笑う。


「はぁ!? ずりぃー!!」

「こっちは小型の獣の魔物がぞろぞろ湧いてくる通路に飛ばされちゃってちょっと大変だったわ」

「はぁ!? 余裕だったろ!!」

「行き止まりに追い込まれて焦ったよねー」

「すぐ仕掛けに気付いただろうが!!」


 大変とか焦ったとか言うけれど、ミミカもディヴェも笑っている。


「そっちは、フロアボス相手に二人と一匹で討伐かよ? ガレンでかく乱しつつ、ストの守る後ろで、エリューが魔法攻撃か?」

「いや、二人で十分だと思って、最初ガレンは出さなかったの。判断ミスだね。それに火噴いた」

「「「火噴いた」」」

「オレはちょっと昼寝しちまった」

「「「昼寝」」」


 意味わからないという顔を三人にされてしまう。


「あとで、話すよ。大丈夫なら、次の階層に行ってみよう!」


 私はそう明るく声をかけた。



 ◆◇◆



 第二王子ロクウェルは、この上なく苛立っていた。


「回復が遅すぎる!! この役立たず!!」


 怒鳴る相手は、パーティーの回復役として入れた気弱そうな男の冒険者だ。


「えっ……普通の速さですが」


 戸惑いつつも、冒険者は恐る恐ると言い返す。


「前の回復役の方がまだ早かったぞ!!」

「ふ、普通の早いですっ! 本当です! 殿下!」

「言い訳はやめなさい! こっちも早く治して!」


 訴える冒険者に、アクリーヌも苛立ちをぶつける。


「お前もだ! アクリーヌ! いつもなら一撃で倒してた10階層のフロアボスに、なんでてこずっていたんだ!!」

「っ! も、申し訳、ありません……殿下」


 口を開いたアクリーヌにも、ロクウェルは声を荒げた。

 ロクウェル達は10階層のフロアボスに、怪我を負わされたのだ。

 今はなんとかボスを倒したそのフロアで、怪我の治療中。しかし、順番待ちだ。

 氷に刃を受けた腕を押さえながら、アクリーヌはグッと唇を噛み締めた。


「や、やっぱり……エリューナ嬢の補助魔法なしでは、この先はキツイのではないでしょうか? 殿下」


 学友の一人が、そう言い出す。


「エリューナ? 【超越の魔法使い】エリューナ・ルーフス!? まさか、僕の前の回復役って……!!」


 その名を聞いて、冒険者は急に青ざめ始めた。


「冗談じゃない!! 【超越の魔法使い】と比べないでください!! 僕は凡人です! あの方は、百年……いえ千年に一度の天才魔法使いですよ!? 僕に務まるわけがありませんっ!! パーティーは抜けさせていただきます!!」


 ロクウェルの怪我を終えると、がばっと冒険者は立ち上がる。


「回復薬を差し上げるので、どうぞ使ってください!!」

「お、おいっ! ふざけるな待て!」


 ロクウェルが呼び止めようとしたが、帰還の転送装置を使って先にダンジョンを脱出してしまった。


「なっ。なんて無礼な奴め!! これだから冒険者はっ!!」


 顔を真っ赤にするロクウェルは、ダンダンッと床を踏みつける。


「ロクウェル殿下……一度撤退しましょう。改めて、態勢を整えましょう」


 ロクウェルは、そう提案するアクリーヌをギロッと睨む。

 しかし、その提案を受け入れる。

 回復薬を飲み干すと、帰還の転送装置を使って、ダンジョンをあとにした。




 その頃、王宮では。

 ようやく重要な仕事を終えた国王アッシュウェルは、楽しみにしていたエリューナの時間を設けようとしていた。

 そして、時間があるなら来てほしい、と言付けを頼み、呼びに行かせたのだ。

 可愛い娘が出来たように、アッシュウェルはエリューナを可愛がっているつもりだった。


「こ、国王陛下……」

「どうした?」


 呼びに行ったはずの側近の一人が、緊張したお面持ちで戻ってきて、小首を傾げる。


「そのっ……っ」


 言葉を詰まらせた。

 アッシュウェルは急かすことなく、待ってやる。


「最高王宮魔導師エリューナ様は……もういません」

「……」


 アッシュウェルから、反応がない。

 さらに青ざめつつ、側近の男は一気に情報を吐き出した。


「ロクウェル殿下がっ、解雇して、王宮から追放したそうです! こ、婚約も破棄して!」

「……」


 国王アッシュウェルは、エリューナを可愛がっていたつもりだ。

 他者から見ても、そうであった。

 自分の娘のように、可愛がっていたのだ。

 そんなエリューナとの婚約を破棄し、そして職を解雇して王宮から追放したのは、実の息子。


「……は?」


 恐らく、人生で一番低い声が、出たであろう。

 威厳ある国王の怒りを感じ取り、側近の男は腰を抜かした。



 ◆◇◆



「ふぇっ、くしゅんっ」


 私はくしゃみをしてしまうから、両手で顔を覆う。


「可愛いくしゃみ」


 ミミカが口元を緩ませた。


「ふぇっ、くしゅんっ」


 もう一度、小さなくしゃみが出てしまう。


「大丈夫? エリューちゃん。寒い?」


 後方の警戒をしているディヴェが、心配してくれた。


「ううん。ちょっと鼻がむずむずしてるだけ……」


 そう答えて、携帯食で持ってきた干し肉をもぎゅもぎゅっと食べる。


「やっと国王にお前の話が伝わったんじゃねーの?」


 ニヤリと、ヴィクトが意地悪そうな笑みを浮かべる。


「アレにキッツーイ罰が下るといいな」


 前方を警戒してくれているストも、そんなことを言う。


「雷の魔法を直撃させてくれないかしら」


 足を組んで、ミミカはにやっと笑みをつり上げた。


「そして回復をして、もう一度、雷の魔法を与えて、そして回復の繰り返しを」

「拷問だね……」


 怖いよ、ミミカ。


「エリューは、もっと怒れよな。怒り通り越してるのはわかってっけどよ、多少の仕返しを目論めよ」


 目論めって……。

 そう言われてもなぁ……。


「んー私はいいよ。こうして皆の元に戻れただけで、幸せだから!」


 仕返しだとか、復讐だとか、最早どうでもいい。


「はぁーあ」


 ヴィクトは、重たいため息を吐き出した。


「お前のそういうところだめだ」

「ええっ」

「呑気なところ、マジでだめだ」


 きっぱりばっさりと言い切る。

 そ、そんなに呑気かなぁ……?


「初めてオレと話した時だってそうだったろう。絡まれたっていうのに、呑気に目を輝かせて笑いやがって……絡まれたってわかってたのか?」

「そんな鈍感じゃないよ!? わかってたけれど、入学して初めて声をかけてもらったのが嬉しかったし、師匠の自慢したかったし……嬉しかったし」

「はぁーあ。そういうところがためだっつーの……」


 ちょっと照れて俯く。

 また重たいため息を吐くヴィクトは、顔を上げて目元を押さえていた。

 心底呆れているのかな……。


「のろけるな、このバカヴィクト」

「どこがのろけてんだよっ! アホミミカ!」


 ギロッと睨み合うミミカとヴィクト。


「あたしだって初めて話しかけたら、宝石のエメラルドみたいな目をキラッキラッに輝かせてくれたものー! ねー?」


 なんの張り合いだろうか。

 確かに私は目を輝かせるほど、見開いてしまう自覚はあるけれども……。


「そんなエリューナに……縁談が群がるのはよくわかる……そんな目を向けたの!? 同じ目を向けたの!?」


 私の肩を掴むと、ぶんぶんっと振り回してきた。


「わわっ! それはないよ! 社交の場では、ずっと愛想笑いしてただけだし……」

「エリューナの夜会用のドレス姿を見たら、惚れるのはわかるっ!! あたしも見たかったっ!!」

「わわっ!」

「やめろ、アホミミカ。目を回してるじゃねぇか」


 ヴィクトのおかげで、振り回されることはやめてくれる。


「でも、夜会ドレスって言っても、いつも国王陛下のそばで、最高王宮魔導師として立ってたから、ローブで羽織ってたよ?」

「前は開いてたんでしょう?」

「ひ、開いてました……」

「逆に素敵じゃないー!!」


 抱き付かれた。

 逆に素敵って、どういうことだろうか……。

 確かに高級感溢れる黒のローブではあったし、ドレスが見えるように前は開いていた。


「国王が今まで縁談を阻止してたんだろう? エリューの父親、男爵の方はどうなんだよ? そっちに来てなかったのかよ」


 ヴィクトが水を飲みつつ、疑問を投げてくる。

 皆を紹介したことがあるので、私の家族と面識があるのだ。


「お父様も、”国王陛下が許すのなら”とか笑ってかわしてたみたい」

「ふーん。かなり贔屓にされてたわけか。国王陛下に」

「当たり前でしょう!? あたしのエリューナよ!」

「お前がドヤ顔するなよ」


 自慢してくれるミミカを呆れた目で一瞥して、ヴィクトは私に視線を戻す。


「で? 実家には連絡したのか?」


 私は明後日の方を向いた。


「お前なぁ……逃げんなよ。心配するだろうが」

「う、ううっ……ダンジョン出たら、手紙を送るよ……。目的階層を踏破したら、顔も見せに行くわ」

「そうしろ」


 とほほっ……。

 ヴィクトの言う通り、顔を合わせられないからと言って、逃げてられない。


「そう言えば、ここのダンジョンの未踏階層に行ったあとの予定は決めてたの?」


 私はそう話題を出す。


「いや? でもこうしてエリューが揃ったんだ。行こうぜ? 【深淵の巨大ダンジョン】未踏の――――65階層!」


 ヴィクトがニヤリと好戦的な笑みを浮かべて告げた。

 私は目を見開く。


「ほら、その目。輝かせやがって」

「エリューナ可愛い!」


 あ、今、目が輝いたのか。


「オレ達の最高記録、【深淵の巨大ダンジョン】64階層に到達した冒険者はいないって話だぜ」


 後ろのストが、言った。


「エリューちゃんとヴィクトみたいに、アンデッドの大群の頭上を移動してボスを叩き切るなんて神業、真似出来ないでしょー」


 前の方のディヴェも、くすっと笑う。


「そう? 防壁を張って踏み台にして、風の魔法で身体を吹き飛ばすのはいい案だと思うけれど」

「その発想が出ても、実行する奴はいないだろ。下手したら、アンデッド軍のど真ん中に落ちて死ぬだろうが。あそこのフロアは広かったし、他の連中は上から攻めることも断念したんだよ」

「三重ぐらいやれば、余裕で届くはずなんだけどなぁ……」

「いや、三重で風の魔法を受けて、耐えられるヤツがいるわけないだろうが」


 呆れた目で見下された。

 そこまで言う!?


「ま、まぁ、とりあえず、65階層……最高記録更新を視野に入れておくことで」


 予定は、把握した。


「話し戻すけれどさぁ」

「戻しちゃうの?」


 ミミカは、どこの部分まで話を戻すのだろうか。


「貴族の男に群がられて、その中に”この人いいな”とか思う相手はいなかったの!?」


 ずいっと顔を近付かせてきたので、ちょっぴり身を引く。

「じ、自分より超弱い奴なんか……いいなって思うわけねーだろ?」とヴィクト。


「んー。ヴィクトの言う通りだね」


 残念ながら貴族子息の中に、素敵だと思う人はいなかった。


「じゃあ、理想は!? 理想の男ってどういう人!?」

「理想……?」


 脳裏に過ったのは、ヴィクトだ。

 いやいや、待って。ヴィクトは大事な仲間だ。

 いや、でも、細マッチョが私のタイプだけれども……。

 ヴィクトは該当している。……いや、だめっ! 仲間の裸を想像しちゃだめ!!


「何その顔!? なんで顔真っ赤にしてるの!? 特定の人いるの!? いるの!!?」

「ち、違うよっ!!」

「なんで逸らすの!? 嘘つかないでー!!」


 顔を思いっきり逸らすけれど、ミミカがしがみついてきて、離れられない。


「じゃれてないで、次行くぞ!!」


 ヴィクトに怒られたので、休憩は終わりにして、私達は階層を下りた。



 

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