18 白の守護者。


 翌日。万が一に備えて、二日ほどダンジョンに潜る覚悟で準備を整えた。

 順調に階層を下りて行き、そして今日お目当ての15階層に到着。

 しかし、お目当てのフロアボスは、いなかった。


「なんだよ……? 他の冒険者が倒したあとか。ちっ」


 ヴィクトはつまらなそうに舌打ちする。


「どうする? リーダー。復活するまで、待つか?」


 フロアボスが復活するまで待つかどうか。ストが尋ねる。


「戦いたいが、待つのはごめんだな」


 短気なヴィクトが待てるわけがない。


「せっかく作戦を立てたけど、いないなら素通りしましょう?」

「んーそうだねー。また次の機会で倒せばいいよねー」


 ミミカとディヴェも、進むことを選ぶ。

 あとはストの意見。目を向ければ、笑って見せて進み始めた。

 私達も足を動かして進んだ。

 天井は見えないほど高い。広々としたフロア。フロアボスと戦えなかったのは残念だなぁ、と思って見上げていたら。


 カッ!


 赤い光りに気付く。

 私達の足元に、大きな魔法陣が現れたのだ。赤い光り。


「トラップ!」


 時にダンジョンは意地悪だ! フロアボスの代わりにトラップを仕掛けるなんて!

 飛び退きたかったが、手遅れだ。

 私達は、転送された。

 赤い光りが消えれば、真っ暗闇。


「皆無事!?」

「っ! 見えねぇ!」

「”――光りよ――リラーレ――”!」


 ストの声。杖の先に光りを灯し、照らした。


「エリューナ!」

「スト!」


 確認し合ったあと、背中を預けて、周囲を警戒する。


「嘘でしょう!? 分断された!」

「くそっ! オレ達二人だけか!?」


 私とスト以外、この場にいない。


「無事だといいがっ!」

「くっ……! 三人が一緒だといいけれど……ここはっ」


 三人が一緒だと願いたいが、先ずは自分達の心配だ。

 幸い、魔物には囲まれていなかった。

 私達を囲うのは――――壁。

 一周したが、壁しかない。四面の壁。


「おいおい、まじかよ。まさか、閉じ込められたのか?」

「そんな理不尽なトラップはない、と思いたい……でも扉は見付からないわね」


 たらりっと、汗を垂らす。

 すぅ、と息を吸い込む。空気は問題なくあるようだ。

 完全密封された部屋に、転送されたわけではない。


「なら、隠し扉とかがあるはず。仕掛けを探しましょう。念のため、防壁を張りながら」

「さっすがリーダー。冷静な判断で助かる。オレ一人だったらと思うとゾッとするぜ。物理攻撃を防ぐ防壁魔法でいいんだよな?」

「よろしく」

「任された」


 明かりを中央に残して、私達は慎重に床と壁を調べた。

 隠し扉が開く仕掛けだけではなく、トラップもあるかもしれない。


「仕掛けらしきものが見付かったら教えて」

「おうよ」


 少しの間、沈黙。

 黙々と調べる作業をしたけれど、ストから話しかけてきた。


「酔ったヴィクトから聞いちゃったけどさ……泣くほどオレ達に会いたかったんだって?」

「え? うん……そうだね。ずっと会いたくて我慢してたから、なんか王宮から追放されたあとに寂しさと会いたさとか爆発しちゃったんだ」

「……そっか」


 ほんのちょっぴりだけ、考え込むようにストは黙ったけれど、会話は続けられる。


「オレ達も寂しかったんだぜ? でもさ、オレにはヴィクトも、ミミカも、ディヴェもいたから全然マシだったけれど、やっぱり独りになったエリューナが一番つらかったよな」

「……」

「頑張ったよな、エリューナ」


 優しい言葉に、泣いてしまいそうになってしまうではないか。


「ヴィクト達も言ってないかもしれないけれど……オレ達は耐え切れなくなって、エリューナを誘いに来たんだぜ?」

「え?」


 手を止めて、私は振り返った。

 ストも、手を止めている。


「ヴィクトはリーダー代理をちゃんと務めてたし、連携も問題はなかったし、順調にダンジョン潜りして、レベル6になった。でもやっぱり、エリューナが抜けた分、強くなくてさ。学生時代ほど、勢いないのは感じててさ。それから、やっぱり寂しくてさ。エリューナがいない穴はぽっかり空いてて、埋まらなくて、まぁ……オレ達はエリューナに集まったようなもんだし、依存しているのかもしれないけど……なんだ。オレ達もつらかったけれど、色んな目に遭ったエリューナの方が、十倍つらかったんだよな」


 こちらを振り返って、ストは苦笑いを浮かべながらも、明るく言い退けた。


「ほんと、強いよな、エリューナは。えらいぜ。でもさ……釘をさすようでわりぃんだけど、これからはずっと同じ道を進もうぜ? いや、進んでくれよ。オレ達のリーダー」


 泣きそうにも見えてしまったが、私もだ。


「まっ! とにかくここを脱出だな!」

「……そうだね」


 ストがくるっと壁を向いてまた調べるので、私も作業に戻る。


「新調したの? 前は灰色の鎧だったけれど、それは白っぽいね。似合ってる」

「そうそう! オレとしてはパーティー名にちなんで【白の守護者】っていう二つ名を手に入れたいと思ってるんだぜ!」

「いいね、そう呼んであげようか?」

「頼むぜ! オレ達も欲しいからなぁ、二つ名」


 ちょっと軽口で喋りつつ、手に違和感を見付けた。


「見付けたかもしれない」

「オレも」


 少しだけ出っ張った煉瓦に手を当てたまま、私はストに顔を向ける。

 ちょうと対面するように同じところを押さえていた。

 ストは困ったように首を傾げる。


「どっちかアタリで、どっちかハズレってやつ?」

「または、同時に押すと隠し扉が開くのかも」

「んー……。どうする? リーダー」

「そうね……同時に押しましょう?」

「よしきた」


 同時に押すことで、開くという仕掛けだ。


「1」

「2」

「3」

「「せーの!」」


 同時に、押し込んだ。

 ガタンッという音が響く。

 右に位置する壁が、ゴゴゴッと開いたのだ。

 私もストも、無事。


「よし。三人と合流しよう!」

「おいよ!」


 ストを先に歩かせて、通路になったそこを警戒しつつ進んだ。


「……おいおい、ありゃあ……」


 足を止めたストが見た先にいたのは。


「15階層のフロアボス、だよな?」


 獅子の顔と胴体とコウモリの翼を持ち、ワシのようなかぎ爪の四本足、そして尻尾は三匹の蛇の頭。

 特徴が一致している。間違いなく、15階層のフロアボスだ。

 今は寝ているようで、重ねた前足の上に顔を乗せていた。


「15階層のフロアの隠し部屋に飛ばされた、ってことだね。三人も揃って別の隠し部屋にいるといいけれど」

「そうだな。で。どうするよ? ……二人でやるか?」


 起こさないように、声を潜めて、話す。

 正直言って、そのキメラ姿の魔物は、大きい。一階だけの一軒家分はあるだろう。

 まぁ、大きさと強さは、同等とは限らないけれど。


「15階層のフロアボスだから、二人でも行けると思う。せいぜい、強くてもレベル3だよ」

「ははっ。普通は三人以上のパーティーで倒すもんなのに、コンビで倒すとか、強気だなぁ。まっ、信じるぜ」

「問題は……火を噴かないといいけれど」

「火? 魔法使う情報はないよな?」

「ほら、【魔力封じの試練塔】の2階の魔物と形が似ているでしょう? 前世の書物では火を噴くって特徴があるやつと似ているの。だから、可能性はあると思って」

「前世の知識かぁ。わかった。噴かれても、耐えられるように注意しておく」


 ストは、物理攻撃の防御に優れていて、魔法攻撃の防御は苦手だと言う。しかし、十分に鉄壁の守りをしてくれる。

 ディヴェがいれば強化補助してより頑丈な守りにしてくれるのだが、私は攻撃の方に魔力を注ぐ方がいいと判断した。もしもの時は、ガレンを召喚して戦ってもらう。

 ストを先頭に近付いていけば、フロアボスは目を開いて起き上がった。

 ガツン。

 大盾を床に叩きつけたストは魔法陣を描き、一瞬だけ光る魔法の壁が見えた。

 フロアボスの初手は、威嚇の咆哮。

 私は杖をストの肩に乗せてもらい、先ずは最初の作戦通り、翼を狙った。

 飛ばれると厄介だ。ワイバーンを倒した時のように、岩の槍を作り出して、連射する。

 しかし、咆哮を放つとともに、飛ぶ準備は整えていたフロアボスは、上に避けてしまう。

 鋭い風が巻き起こるけれど、ダメージはストが防いでくれる。広いフロアを飛び回るボスに狙いを定めつつ、自分に素早さを上げる補助魔法の付与した。先を読み、もう一度。


「やっぱ射撃はミミカに敵わない、なっ!」


 連射。一つが翼に命中した。

 まともに飛べなくなったフロアボスが、ドシンッと着地する。


「いやいや、十分だろっと!?」


 すぐにフロアボスは、前足で攻撃してきた。

 グッと踏み留まるスト。

 私は近付いたことを好機だと、獅子の顔面に向けて、杖の先に火の魔法の陣を浮かべて、発射した。

 火の塊は直撃したと思われたが、違う。

 フロアボスは――――食べてしまった。

 丸ごと火の粉も残らず、全部吸い込んで飲み込んだ。

 そして、喉を赤く光らせた。

 お返しを吐かれる!

 ストを支えようと、背中を押した。

 予想通り、さっきの火の塊が吐かれて、ストの防壁に衝突。熱を感じ、後ろへ押される衝撃を受ける。二人で堪え切った。

 ピキッ。

 衝撃がおさまったあとに、耳にしたのは、亀裂が入る音。私の魔法をそのまま、返されたのだ。防壁が傷ついた。


「時間稼ぎ頼む! っやべ!!」


 再び防壁を張り直す時間稼ぎを頼んだストだったが、また相手が喉を光らせたのだ。

 ストの判断は――――私を避けさせることだった。

 とっさだったのだろう。私の肩を思いっきり突き飛ばす。

 床を転げてすぐに態勢を整えた私が見たのは、魔法の防壁が壊された上に大きな前足を叩きつけられて、大盾ごと吹き飛ばされるスト。

 壁まで飛ばされたストは、叩きつけられた。


「”――我の前に現れよ、ガレン――”!!」


 ガレンにフロアボスの相手を頼み、注意を逸らしてもらう。

 私はストの元まで滑り込んだ。


「スト!」


 打ちどころが悪かったらしい。気を失っている。

 すぐにストの回復薬を口の中に流し込んだ。

 ストに防壁魔法をかけて、私は立ち上がった。

 黒杖剣を取り出し、杖を手放して床に転がす。

 スッと、左腕を前に出して、その上に添えるように剣を構えた。

 狙いは、ガレンを踏み潰そうと前足を振り下ろすフロアボス。

 素早さを上げる補助魔法は、まだ効果がある。その速さで、一気に距離を詰める。

 蛇の頭の尻尾が「シャアアッ!」と阻んできたが、両断した。

 前足が、私にも振り下ろされる。それを避けるために、引き戻したガレンに体当たりをしてもらう。横に飛ばされた私は、ぐっと右足に体重をかけてブレーキをかけては、床を蹴って距離を縮める。反対側には、ガレンに向かわせた。

 かく乱したかったが、また蛇の頭が二つある。


「”――加速――アッチェブースト――”! ”――身体能力向上――リベラブースト――”! ”――攻撃強化――プレッスィブースト――”!」


 素早さを、身体能力を、攻撃力を、上げていく。

 一つの蛇の顔を切りつけ、もう一つの首を両断。

 怯んだ隙に、滑り込んで、後ろ足を切りつけた。両断とはいかない。

 一つの蛇が、突っ込んできた。防壁で防いだが、衝撃で後ろへ。吹っ飛ばされても、両足で着地した私に、本体が真っ赤な火の塊を吐く。

 まずい! さっきの威力なら、私の防壁は確実に壊される!

 もう一度、ガレンに体当たりしてもらい、直撃を阻止してもらったのだが。

 すぐさま私は、横から振られた前足を叩きつけられた。防壁は壊されて、吹っ飛ばされる。壁に衝突する前に、ガレンが後ろに回り、身体で受け止めてくれた。

 それでも、ダメージは免れていない。防壁を挟んだとはいえ、あの巨大な前足の攻撃はキツイ。

 回復する暇を与えないと言わんばかりに、最後の蛇が真っすぐに飛んできた。

 痛みに耐えながら、顔を真っ二つに切る。

 その向こう側から、火の塊を吐こうと、また喉を赤く光らせた本体を見た。

 同じものをぶつけて相殺するべきだと、剣先で狙いを定めたが――――。


「すまん!!」


 ストが、私の目の前に立ちはだかる。

 吐かれた火の塊を、再び張った魔法の防壁で防ぐ。


「オレはぁあっ!! 守護者だ!!!」


 グッと押されまいと堪えるストの背中を見て、負けていられないと私は、また肩に武器を置かせてもらった。

 一つ、水の魔法の陣を描く。もう一つ、前に重ねた。そして、もう一つ、前に描く。三重に重ねた魔法陣から、鉄砲のような水を発射させた。

 それは、すぐに大きな三又のほこに形を変えて、火の塊を突き抜けては本体の顔面に深く突き刺さる。


「投げて!」

「おう!!」


 その一言で伝わった。高く飛んで、上に掲げたストの大盾に乗る。私を投げるために、ストは大盾を全力で振った。


「トドメっだっ!!!」


 頭の上から、黒杖剣で叩き切る。

 切口は結晶化して、獅子の巨体は倒れた。

 ふー。思ったより、苦戦した。


「さっすが、【白の守護者】!」


 振り返って、ストに親指を立てて見せる。

 ストは一瞬きょとんとしたが、ニカッと笑って立てた親指を突きつけた。



 

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