17 新しい服と魔力威圧。


 翌日。冒険者ギルド会館へと書き上げたダンジョン攻略の報告書を提出しに行った。

 ギルドマスターは、またもや不在だと聞かされる。

 多忙なんだなぁ……。

 冒険者達の注目を浴びつつ、ギルド会館を出る。


「よし! エリューナの新しい服を取りに行こう!!」


 はしゃぐミミカに手を引かれて、頼んでいた服を取りに向かう。

 仕立て屋に入って、早速完成した服に着替えさせてもらった。

 試着室でミミカとディヴェとキャッキャッしていれば「まだかよ」とヴィクトが急かす。


「うるさいわね! これだから、男は! わかってないわね!」

「はいはい、次はこのローブを着てー。魔法攻撃軽減の付与があるよー」


 全身鏡に映るのは、まだ幼さが残る私の顔。燃えるような真っ赤な髪は、後ろで緩い三つ編みにしている。瞳は、エメラルドグリーン。

 そんな私にミミカとディヴェに着させられたのは、肩出しの赤いラインの入った白のトップス。最近流行っているという襟のチョーカー。

 スカートに見える短いキュロットパンツは、黒。足は黒のニーソと、踝までのダークブラウンのブーツ。

 仕上げに着せられたのは、オフショルダーのように肩出しする赤黒いローブだ。


「お待たせ! 我が傑作をごらんなさい!!」


 試着室のドアを開けて、ミミカは自慢した。


「品のある美しいエリューナを目に焼き付けるがいいわ!」

「なんでお前が威張るんだよ……アホか」

「素直に可愛いとか綺麗って言葉をかけてやれよ」


 呆れているヴィクトに、ストが何かぼそっと言っている。


「控えめな露出で、肩と鎖骨辺りを見せ、色気を醸し出す衣装! そして触りたくなる太ももの絶対領域!! 最高でしょう!?」


 鼻息荒くして興奮した様子のミミカ。

 なんか恥ずかしくて隠したくなるなぁ……。

 あの王子の服よりは全然マシだし、むしろとってもいいと思うけれど、そういう説明をされると恥ずかしい。

 ミミカ。やめよう?

 ヴィクトもストも、つられたように私の太ももに注目してしまったではないか。

 まぁ、あのスケベ王子と違い、不快ではないけれど……やっぱり恥ずかしい。


「ま。いいんじゃねーの? 似合うと思う」


 ぷいっとそっぽを向くヴィクト。


「うん、似合ってるぜ!」


 グッと親指を立てて見せるスト。


「ありがとう」


 私は照れ笑いで、お礼を言う。

 新しい服も手に入れたので、私達はいよいよお目当てのダンジョンへ行く。

 【王都の門の強欲ダンジョン】とは、反対方向にある王都の外れ。

 【外れ巡りの猛獣の迷宮】と名付けられている。

 獣姿の魔物ばかりが出るらしいとは、聞いていた。

 特徴としては、複雑な迷路の階層ばかり。おかげでなかなか進まず、今冒険者が到達している階層は、33階層らしい。

 肩慣らしで上層の進むべき道は、もう皆は把握しているので、私もしっかり覚えておく。

 獣の魔物ばかりが溢れてくるので、対処しつつ進んだ。

 獣の魔物は単純で、突っ込んでくるものばかり。しかし、その数は多すぎる。

 前方の敵ばかりを対応していれば、後方からも魔物が出現してしまい、挟み撃ちになった。

 上層の魔物はそれほど強くないので、私達は苦戦することはない。

 10階まで、把握したところで、一度ダンジョンを出ることにした。

 私達は昨日と同じ、食堂に向かい、テーブルにつく。

 ヴィクト達があらかじめ手に入れた情報によれば、11階層からは魔物が少し強くなるそうだ。

 15階層のフロアボスは、獅子の顔と胴体とコウモリの翼を持ち、ワシのようなかぎ爪の四本足、そして尻尾は三匹の蛇の頭。

 飛ぶので、厄介。鋭利な風を巻き起こし、劈く咆哮も放つ。三匹の蛇も、攻撃してくる。今のところ、魔法攻撃をするような情報はない。

 対策としては、ストの鉄壁の守りで攻撃をしのぎ、そして……。


「捜したぞ、エリューナ!」


 そこまで話したところで、私は呼ばれた。

 食事をしていた手も止める。

 私達は、その少年を見た。無駄に美少年。

 白金髪と水色の瞳を持つ第二王子、ロクウェル・ヴェル・イングラン。

 私の元婚約者は、どーんっと胸を張って仁王立ちしていた。

 後ろには、冷めた目で見下してくるカールしたブラウンの長い髪を持つアクリーヌ嬢もいる。

 護衛騎士が二人、そしてロクウェル殿下の学友二人がついていた。

 第二王子パーティーが、揃っている。


「んで? 先ずは蛇の頭をぶった切るか? いや、飛ぶなら翼からやっておくか?」

「飛んでなければ、ウチが拘束するー」

「じゃあ、あたしが翼を射貫くわ」

「オレは全力死守してやるから、思う存分やってくれよな!」


 一瞥しただけで、ヴィクト達は話の続きをした。

 私が関わらないでほしいと頼んだからだろうか。

 私も見なかったことにして「そうしようか」と話を続けた。


「ぶ、無礼だぞ!! この僕を無視するな!! ……ま、まぁいい! エリューナ、新しいダンジョンを攻略したそうじゃないか! 運がよかったんだな!」


 ガヤガヤと賑やかだった食堂が、シンと静まり返り、私達に注目する。

 わざわざ、そんな話をしにきたのではないだろう。

 アッシュウェル陛下に言われて、謝罪をしに来たという態度でもない。

 頼むから変なことを言って、私の仲間を怒らせないでほしい……。

 でも私の仲間を侮辱したら、許さないからな……。

 ……あーでも、王都を逃げる羽目になったら、今のダンジョン潜りが出来ないか。

 やっぱり我慢するべきかしら。


「その功績に免じて、お前を戻してやろうと思う! お前が頼むならな!!」


 その発言をした瞬間だ。

 ズシンッと、のしかかるものを感じる。

 ガタンガタッ。

 周囲のテーブルについていたお客達が、突っ伏した。

 ロクウェル殿下とアクリーヌ嬢も、その他パーティーメンバーも、床にへばりついている。

 魔力威圧。

 これは、ヴィクトの魔力だ。いや、ミミカの魔力もある。

 それにディヴェまで! えっ……ストも!?

 皆、魔力威圧を覚えたものの加減が出来ないからなぁ……。

 アホ王子達はともかく、周囲のお客に迷惑だ。


 パンッ。


 私は手を叩いて、ヴィクト達に魔力威圧をやめさせた。

 しれっとした顔で、皆は食事を再開する。

 顔を上げた周囲のお客達は、困惑している様子。


「な、何をした!? また僕に!」

「なんのことですか?」

「魔法を使っただろう!?」


 起き上がったロクウェル殿下は、顔を真っ赤にして声を上げた。


「え? 私達は呪文を唱えていませんし、魔法陣だって浮かんでいませんよね?」


 私は淡々と、とぼける。

 魔力による威圧なんて、知らないのだろう。

 でも間違いなく私達の仕業だとわかっているから、わなわなと怒りに震えた。


「おい! 戻してやるって言っているだろう!? 最高王宮魔導師の座を取り戻したくないのか!?」

「……アッシュウェル陛下とお話になられていないのですか?」


 ため息を堪えつつ、私は確認した。


「父上だと!? 気に入られていたからって、図に乗るなよ!! 最高王宮魔導師ではなくなったお前などっ!!」


 お怒りのようだが、犬がキャンキャンと吠えているようにしか見えないなぁ。


「陛下もお忙しいですものねぇ……。一度、お話しくださいませ」


 きっとまだ、私が解雇されたことを知らないのだろう。

 あのアッシュウェル陛下が、何も言わないとは思えない。


「もしも叶うのならば、お伝えください。――――”私は戻らない”と」


 威圧的に言い放つ。魔力威圧はなし。

 丁重にお断りした。


「っ!! ああ伝えておく!! このオレを愚弄したことも! きっちり伝えて罰を下してもらうからな!!」


 アクリーヌ嬢の腕を掴むと、引っ張って出ていくロクウェル殿下。

 アクリーヌ嬢はギッと憎たらしそうに私を睨んでいたが、痛くもかゆくもない。


「皆さん、お騒がせしました。お詫びに今宵のお会計は私が持ちますので、食事を続けてくださいませ!」


 私はそう周囲のお客達に、明るく笑いかけた。

 ホッとした様子で、お客達は喜んで、盛り上がりを見せて食事を再開する。


「ごめんね、関わってほしくなかったのに……」


 椅子に腰を下ろして、しゅんっとしてヴィクト達に謝罪する。


「さっさと攻略しようぜ」


 頬杖をついたヴィクトは、そう言い出す。


「そうだな、変な気を起こされる前に【外れ巡りの猛獣の迷宮】の未踏の階まで行こうぜ!」


 ストも頷き、骨付きに肉にかじりついた。


「あれほどバカだと、怒り通り越して呆れるわ」


 ふん、とミミカが鼻を鳴らす。


「あ、やっぱりだめ。あれでエリューナの身体をエロい目で見ていたと思うと、殺意が湧いてくる……絞めてくるわ」


 一瞬にして撤回し、席を立とうとするから、腕を掴み止めた。


「エリューちゃん。本当に国王陛下は、アレをなんとかしてくれるの?」


 飲み物を飲みつつ、ディヴェは問う。

 アレ……? ああ、アホ王子のことか。


「賢明な方だから、大丈夫」

「……エリューちゃんは、国王陛下に戻れと言われても……戻らないよね?」


 コップに口をつけたまま、恐る恐るという様子で問う。


「伝言を渡したし、例え言われても、戻らないって伝えるよ。あの方なら、理解してくれるわ」


 戻る気はない。それをちゃんと伝えるつもりだ。


「皆と同じ道を一緒に進むよ」


 決心は固い。

 ディヴェは安心したように微笑んだ。


「んじゃあ、続けるぞ」


 ちょっぴり穏やかな笑みを浮かべつつ、ヴィクトは作戦会議を再開した。



 

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