16 孤高の剛の戦士。
「ああ、完全攻略したダンジョンについての報告書をお願いいたしますね。【最強の白光の道】のリーダーさん」
「……そうでしたね」
「はい。冒険者の義務ですので、よろしくお願いいたします」
にこやかにギルドマスターは、私に報告書を要求。
完全攻略したダンジョンの報告は、冒険者の義務。
それを任せられるのは、パーティーの代表であるリーダーだ。
冒険あとに、書類作業か。まぁいいけど……。
「ちなみに【宝具】はありましたか?」
「はいっんん」
口を塞がれた。
「【宝具】の詳細報告は要らないはずだろ」
ヴィクトだ。
「そうですね。では【魔力封じの試練塔】の封鎖をします」
ええ! その名前に決定なの!?
ギルドマスターがそれだけを言うと、ギルドメンバーは作業に取り掛かった。
「では報告書をお待ちしてますね。正式の冒険者カードは、ギルド会館でグスタさんから受け取ってください」
ひらりと手を振ると、私達を横切って塔の中に入っていく。
「ほら、行くぞ」
グスタさんは、先を歩いた。
ヴィクトにも背中を押されて、私達は王都のギルド会館へ戻る。
そして、あらかじめ作ってくれたという冒険者カードにレベル6のハンコを押してもらい、それを受け取った。
前は銅の装飾があったけれど、今回は金の装飾があるしっかりしたカードだ。ドラゴンをモチーフにした装飾。左右に翼を下り畳んだ二匹のドラゴン、下の部分はドラゴンの尻尾が包むようにあるデザイン。
正式な冒険者の証。
皆と同じ。
私は嬉しくて、仲間に見せびらかすように突き付けた。
にぃっと笑う皆も、自分のカードを突き付けてくれる。
皆と同じ!
嬉しくて堪らなくて、危うく子どものように飛び跳ねてしまいそうだった。
「可愛いリーダーだこと」
グスタさんが、横から覗き込んだ。
目を細めて、にんまりとしている。
え!? はしゃいでるのバレバレ!?
「てめぇ!!」
ヴィクトが声を上げた。
「うちのリーダーに近付くなよ!? ああん!?」
「超絶可愛いのは一目瞭然でしょうが!! うちのリーダーだからね!!」
「何このリーダー愛が強すぎるパーティー」
ヴィクトとミミカが凄むから、グスタさんはドン引きする。
「あはは、ありがとうございました。グスタさん」
私は二人の背中を押して、ギルド会館を出た。
「攻略報告書かぁ……もしかして、押し付けるために私を戻したの?」
「バカ言うなよ」
冗談で笑ってみれば、ヴィクトは鼻で笑い退ける。
「お腹空いたね! お勧めの食堂とかある? エリューナ」
「エリューちゃんはどこで食べてるの?」
「いや、私はほとんど王宮で食べてたから……知っていても例の王子と鉢合わせる可能性があるので、ちょっと行きたくないな」
「高級レストランー?」
「あえて行こうよ?」
私を挟んで腕を絡ませるミミカとディヴェに答える。
首を傾げたディヴェのあとに、ミミカが行こうと言い出す。
「なんで、あえて行くの?」
「あえて、行くの」
笑顔で圧をかけてくるミミカ。
絶対よからぬことを考えているに違いない。
「もー言ったでしょう? 怒ってくれているのはわかってるけれど、皆には関わってほしくないの。アホが移ったら大変よ?」
「ええー」
「ちぃ!」
前方のヴィクトくん。舌打ちが聞こえましたよ。
一先ず引き下がってくれたので、屋台が並ぶ通りで、適当に買い食いをして昼食を済ませる。
女の子同士で、食べさせ合いっこ。懐かしいなぁ。
宿屋に戻った私は、早速ダンジョン攻略報告を紙に書き始めた。
事細かに書かなくてもいいだろう。1階に仕掛けのヒントがあり、そして5階まで仕掛けがある。その仕掛けは、魔力封じ。魔力を出すことを封じられて魔法が行使出来ないもの。2階から5階までの魔物の特徴と弱点。5階の難易度の高さ。6階に【宝具】が一つあったこと。それを書き記した。
あっという間に、夕食の時間になってしまう。
「おい、律儀にしっかり書かなくてもいいんだぜ? サクッと書けばいいんだよ。詳細はギルドが調査して、公開するんだから」
「なるべく簡潔に書いたよ?」
「どうだか」
呼びに来てくれたヴィクトは、信じないって目で一瞥した。
私達は、昨日と同じ食堂に行く。今日の新ダンジョンの話で盛り上がりながら、楽しく皆と夕飯を食べた。
◆◇◆
エリューナが命名した【魔力封じの試練塔】ダンジョン前。
エリューナ達が昼食をとっている間に、それは来た。
第二王子ロクウェルのパーティーだ。
「おい! どういうことだ! 何故封鎖している!」
ギルドマスターであるラズヴィは、ただにこやかな笑みを浮かべていた。
「新しいダンジョンが現れたから飛んできてやったのに! 通さない理由はなんだ!?」
「このダンジョンは、すでに攻略済みです。攻略した冒険者の報告書があるまで、出入りさせないと私が決定を下しました」
にこ。ラズヴィは物腰柔らかい口調で伝えた。
「はっ?」
ロクウェルは素っ頓狂な声を上げる。
すぐにカッとなった。
「今朝出現したばかりだと聞いたぞ!! そんなバカなことがあるか!」
「学生時代から最速最強のパーティーと謳われた冒険者が、私達が駆けつけた時には攻略を済ませたのです。ご存知ありませんか? 【最強の白光の道】というパーティーを」
動じることなく、ラズヴィは教える。
「!」
ロクウェルには、心当たりがあった。
学生時代から最速最強のパーティーと謳われていたのは、かつてのエリューナのパーティーだと。
後ろに控えていた伯爵令嬢であるアクリーヌも、驚愕を顔に浮かべた。
「ああ、王子殿下ならご存知ではないでしょうか? 【最強の白光の道】を率いていたのは、【超越の魔法使い】と名高い最高王宮魔導師のエリューナ・ルーフスです」
びく、と軽くロクウェルとアクリーヌは肩を震わせる。
それを見逃さなかったが、ラズヴィは特に指摘しない。
顎に手を添えて「いえ、そう言えば」と付け加えた。
「最高王宮魔導師の黒いローブを着ていませんでしたね……何故でしょう?」
小首を傾げたラズヴィは、内心青ざめているロクウェル達を面白がっている。
エリューナが最高王宮魔導師のローブを着ていなかった理由が、なんとなく読めたのだ。
「【超越の魔法使い】が率いる【最強の白光の道】は、このダンジョンの出現を立ち合い、そして半日足らずで攻略を済ませた……全く持って最速最強の称号が相応しい、素晴らしいパーティーですと称賛に値しますね」
ラズヴィのべた褒めに、わなわなと震えるロクウェルは踵を返す。
「ふ、ふん! どうせレベルの低いダンジョンだっただけだ!!」
そう負け犬の遠吠えにも似たことを言ったが、ラズヴィはすぐに言ってやった。
「いいえ? このダンジョンの推奨レベルは6です」
「はっ……?」
間の抜けた声を出すロクウェル。
「レベル6のパーティーではないと完全攻略は不可能だと判断したので、それ以下の冒険者には入らせないと決定しました」
「……」
ギュッと握り締めた拳を震わせたロクウェルは、そのまま歩き去った。
「……いいのですか? あの方は、第二王子殿下ですよ」
そばにいたレディスーツの女性が問う。
「ただ事実を言ったまでですよ」
そう軽く言い退けた。
「面白いですよね、あの【超越の魔法使い】。私の強さを見抜いた上で、怯えも警戒もしないのです。全く愉快ですね」
口元を手で隠しつつ、笑みをつり上げるラズヴィ。
「一戦交えたいですねぇ……」
「……ギルドマスターが楽しそうでなによりです」
ルンルンとした雰囲気を感じ取り、女性は肩を竦めた。
「それにしても、最高王宮魔導師になった【超越の魔法使い】が、婚約者である王子の子守りをして【王都の門の強欲ダンジョン】に入っているとは小耳に挟んでいましたが……辞めたのか、辞めさせられたのか……」
「……魔法の使い手にとっての最高級の地位を、自ら捨てるとは思えませんね」
「そうですね、あの反応を見れば後者でしょう。どちらにせよ、とても優秀な冒険者になってくれてよかったです。ふふっ」
楽し気に笑いを溢しては「楽しくなってきました」と言う。
女性は呆れ顔をすると「ほどほどにしてくださいね」と釘を刺したのだった。
◆◇◆
楽しい夕食の時間。
「そう言えば、あのギルドマスターのレベルっていくつなの?」
「本当に知らなかったのかよ。あれはレベル7の冒険者だ」
「やっぱり格上かぁ。有名なの?」
ヴィクト達は、あのギルドマスターを知っていたらしい。
「この王都のギルドマスターであり、レベル7の冒険者ラズヴィ・アーチャー。にこやかな笑顔で隠しているつもりなのかな、あの猛獣みたいな気配」
ミミカはコップの縁を指で撫でながら、独り言のように言う。
「奴の二つ名は【孤高の剛の戦士】」
お酒を飲んでいるヴィクトが、ギルドマスターの二つ名を教えてくれた。
この世界では18歳からお酒が飲める。4月に、ヴィクトは18歳になった。
ちなみに、私はまだ17歳なので、飲めない。飲むつもりはないけれども。
「孤高?」
「ほら、高難度に認定されたレベル7のダンジョンの一つ。【魔界幻影の森】を知ってるだろ」
ストに、私は頷く。有名なダンジョンの一つだ。
「確か、1階層からレベル6の冒険者がやっと倒せる魔物が、うじゃうじゃいるって噂だし……幻影を見せる霧が充満しているダンジョンでしょう?」
とてもじゃないがソロでは処理しきれないから、1階層からレベル7認定されたダンジョンだ。
そして、幻影を見せる霧だ。魔法で常に守っていなければいけない。
「そこをソロで乗り込んだのー」
のほほんとしたままのディヴェが、とんでもないことを言った。
私は驚愕して、口をあんぐりと開けてしまう。
……だから、孤高か。
「しかも、3階層まで行って【宝具】を持って帰ってきやがった」
ぐびっと飲んだヴィクトも、とんでもないことを言う。
そんな高難度のダンジョンに、一人乗り込み、宝さえも持って無事帰るとは……。
通りで、強者の風格がタダ漏れなわけだ。
「そんな人が、ギルドマスターなんて……バリバリ現役なんでしょう?」
「ああ。前任者に指名されたから、仕方なく、ギルドマスターになったって話だぜ」
「へぇ……すごいね」
私がぼやくように言葉を溢すと、お酒で頬が少し赤らんだヴィクトが私を見つめてニヤリと笑った。
「そんな相手を、オレ達で倒せると言い切った。我らがリーダーにかんぱーい!!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
あははっ……と、私は渇いた笑いを溢す。
魔法なしで漆黒の騎士と戦うほどの激戦になるのは、間違いないなぁ……。
あのギルドマスターと戦った場合。それ以上かも。
それにしても。話を聞く限り、レベル8でもおかしくないのに……。
ちなみに、レベル5からレベル6の壁は高く。
レベル6からレベル7の壁はさらに高い。
レベル7からレベル8の壁はきっと高い。
レベル8からレベル9なんて想像つかない。
レベル10が最高レベルとしてあるけれど、誰も行きついていない伝説のレベルだ。
ヴィクト達は、上機嫌だった。特にヴィクトだ。
酔いが回り、ストに肩を貸してもらいながら、宿屋へ帰った。
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