出来損ない

 男の人の逃げ足は速かった。

 魔物の妨害はあるにしてもレオはあまりスピードを落としていない。

 それなのに距離があまり縮まらないんだ。

 あそこまで早く動ける人も騎士団の中ではみたことがない。


「こうなったら…………レオ、咆哮シャウト!」


 再びレオがスキルを使って攻撃をした。

 先程よりも距離は伸びないけど、避けられないように前方広範囲に衝撃波を放った。

 衝撃波は男の人に命中し、うまくガードをされてダメージを与えるほどではなかったけど足止めをすることには成功した。


 男の人は観念したのか逃げるのをやめた。

 フードを深く被っているせいで顔は見えない。

 私はレオから降りて剣を抜いた。


「逃がさないよ。貴方が6足の魔物を発生させている主犯ね?」

「………………アトラス王国騎士団、第五番騎士隊副隊長リオナ=ベルガード」

「どうして私の名前を……!?」


 男の人の声はまだ若く聞こえた。

 姿が分からないからか、この人からは不穏な気配を感じる。


「今の時代、情報こそが最大の武器だ。情報戦を制するものは世界を制すると言っても過言ではない。五ツ星の神獣を手にしている者を俺達が把握していないわけがない」

「貴方は一体…………何者なの」

「俺はお前のことを知っている。だがお前は俺のことを知らない。そしてこの立地。初めて来たと言わんばかりのお前達と準備をしてきた俺達。既にアドバンテージに差があると思わないか?」

「逃げたんじゃなくて…………誘い込んだと言いたいのかしら?」

「世界でも希少な五ツ星の神獣持ち。まさか釣れたのがこんな大物だったとは…………実験には丁度いい」


 男の人が指をパチンと鳴らすと、空間に裂け目がいくつも生まれ、6足の魔物が現れてた。


 (やっぱり魔物を操っていたのはこの男……!)


「かかれ」


 男の人掛け声で魔物が一切に襲ってくる。

 通常の魔物よりは危険だけど、レオの敵ではないことは既に分かっている。

 前方、左から来る6体の魔物はレオに任せて、右からくる2体の魔物に対して正対した。

 騎士団で訓練してきたのは神獣を用いた戦闘訓練だけじゃない。

 アルは剣術においても秀でていた。

 だから私もアルに負けないように剣術も鍛えたんだ!


「はあああ!!」


 飛びかかってきた魔物の攻撃をかわすと同時に足を一本切り落とした。

 続けて2体目の魔物の噛みつきを剣で防ぎ、押し返しながら蹴り飛ばした。

 足の1本程度ではものともしないのか、先程の魔物が地を這うようなスピードで突っ込んできたのを確認し、私は下から上に剣を振り抜くようにして魔物を真っ二つにした。

 蹴り飛ばした魔物が再び襲いかかってきたので、大きく横に開いた口に向かって剣を突き刺し、串刺しにした。


 レオは既に6体の魔物を倒しており、1体は咥えて噛み殺している状況だった。


「試作段階とはいえ『出来損ないフェアリア』を苦戦することなく自身の力で倒せるか。参考になる。ではこれはどうだ」


 男の人が再び指を鳴らすと空間に裂け目が生まれ、先程までの歪な生き物ではなく4足の狼に近い魔物が現れた。

 その魔物の体には微弱ながらも黒いオーラが纏われていることに私は気が付いた。


 どこかで見たことがあるような……。


「これもまだ試作段階ではあるが…………出来損ないフェアリアの中では成功作だ。かかれ」

「レオッ!」


 魔物が瞬時に動く。

 先程の魔物達よりもさらに速い。


 (魔物の動きを見極め…………ここっ!!)


 魔物の攻撃を剣で防いだ。

 そして初撃を防いだところで横からレオが魔物に飛び掛かる。

 レオ達は揉み合いながら転がり、レオが魔物を組み伏せた。


咆哮シャウト!」

「ガオオオッッ!!」


 至近距離で魔物に向けてスキル発動。

 地面がぐらつき、跳ね返った衝撃波が木々を揺らした。

 魔物は体の内側から破裂し、弾けた。


「ほう…………」

「魔物を出す貴方をこのまま放ってはおけない。拘束します。レオ!」


 レオがすぐさま男の人へと走り出し、右足を振り下ろした。

 多少の怪我を負わせてしまうけども仕方ない!


「充分なデータは取れたか…………残るは俺自身の確認」


 派手に衝突するような轟音が鳴り響き、空気が大きく震えた。

 大地をも砕くレオの一撃を、男の人は片手で防いでいた。


「そ、そんな……!?」

「五ツ星といえど、恐らくレベル20前後ではこの程度か…………ふんっ!」


 浮いているレオの腹部目掛けて、男の人が空いた片手で拳を入れた。

 3m近くあるレオの巨体が軽々しく吹き飛んでいった。


「レオ!!」

「殺す気で殴ったのだが…………さすがに丈夫だな」


 レオが一撃で沈められてしまった。

 神獣ではない普通の人にだ。

 私はこの3年間、少なくとも誰かを守ることのできる力を身に付けることができたと自負していた。

 だけど現実は甘くない。

 神獣でなくとも人の力だけでレオの一撃を防いで、一撃で倒せる人がいるんだ。

 人の力は…………あそこまで強くなれるものなの?

 私が目指していた世界は一体…………。


「レオ…………自動回復オートヒール


 レオの傷がみるみるうちに回復していき、立ち上がった。

 しかし、傷が治ったところで状況が好転したわけじゃない。

 それほどまでにあの人と私達では実力差が離れている。


「そんなスキルが残っていたか。攻撃系はえるだけで間違いなさそうだが」

「まさか…………魔物をけしかけることでレオのスキルが何かを確認したというの…………!?」

「言っただろう情報が全てだと。レアリティとレベルはカードでも確認は出来るが、危険なのはスキルだ。ものによってはレベル差やレアリティすらも覆す可能性がある。五ツ星のレベル20前後であれば、基本的にスキルは一つか二つだからな」


 この人は…………戦い慣れている。

 レオを一撃で倒す力があるにも関わらず、勝ち筋をしっかりと見極めていた。


「さて…………貴重な五ツ星の神獣持ち。殺しはしないから安心しろ。だが、俺達の元へ来てもらう、実験台としてな」


 逃げる選択肢しか…………!!

 でもレオとの距離は30m近く離れている。

 レオと同じくらいの速さで逃げていたあの人であれば、私がレオと合流する前に私を捕まえることができるはず。


「うう…………」


 男の人がジリジリと近づいてくる。

 考えてるヒマはない。


 一か八か──────


「まだ生きてるか?」

「っ!」


 私と男の人の間に、突然として人が割り込んできた。

 年季が入ったであろう茶色い外套がいとうをなびかせ、腰に携えた剣に手を掛けていた。

 その人は私に安堵の表情を向けた。


「間に合ったみたいで…………良かった」

「………………ア、アル……!」


 私の心は喜びで大きく宙返りをした。

 当時の面影をしっかりと残しながらも身長はさらに伸び、一段と逞しくなったアルの姿がそこにはあった。


 でもどうしてここに??

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