元魔獣掃除人

【ルーカス=トリガー】



 私は魔獣の元へ向かいながら15年前を思い出していた。


 15年前、魔獣はこの国の領地であるアドリア町に出現した。

 それまで他国の魔獣討伐依頼に参加し、5度の魔獣討伐に成功していたことから今回も問題ないだろうとタカをくくっていた。

 魔獣といえど、成り立ての場合はレベルが低く、十分に対応できる場合がほとんどであったからだ。


 アドリア町へ向かった私はその惨状に胸を打たれた。

 その町には1万人の人達が住んでいた。

 しかし、目に入ってくるのは血溜まりの中に無惨な姿で横たわっている死体の数々。

 多くの者が神獣で抵抗したのだろう、争った痕跡なのか建物が粉々に破壊され、まるで戦争の跡地のようだった。

 そしてすぐに魔人は分かった。

 体から黒いオーラのようなものが溢れ出ていた。

 可視化できるものと言えば心の力に他ならないため、あの魔人の心の状態がいかがなものか伺えた。


 私は即座に雷帝龍王エレキトリック・ドラゴンを顕現させ、初手から電光石火というスキルを使用した。

 周囲に生き残りの人がいる以上、大技の使用は難しい。

 国王陛下からは犠牲を問わず魔獣を排除しろと言われたが、私にその判断は出来なかった。

 その結果、魔獣は私の予想を遥かに超えた力を有しており、雷帝龍王エレキトリック・ドラゴンは瀕死の重傷を負い、私は片目と片腕を失った。

 その時は時間を稼いだおかげで他国の魔獣掃除人が合流できたために討伐することができた。

 そしてアルを託された。


 魔獣掃除人として過ごした15年間よりも、アルと過ごした15年間の方が楽しかった。

 確かに刺激は現職当時と比べて少なかったかもしれないが、私と同じ孤児となったアルを育てることで、人間本来の生き方というものを得ることができたのかもしれない。


「ルーカス殿!奴です!」


 すぐさま木陰に隠れた。

 遠く、まだ魔獣との距離は100m近くある。

 まだこちらには気付いてはいないはずだ。


「ヴァリアス、お前は離れていろ」

「そうさせてもらいます。もしも魔獣と魔人を引き離すことが出来た場合は、我々に任せてください」

「ああ」


 ヴァリアスは身軽に跳び、木の上へと隠れた。

 彼らは予兆管理処理局という魔獣掃除人と同じ秘匿された部隊の人間だ。

 神託の時に記録された情報から国内の人達の神獣をあらかじめ把握しており、憲兵が扱った事案等を精査し、大きく心的負荷をかけられている人間を調査し、対処可能であれば秘密裏に対処する。

 対処不可能な場合は処分も辞さないという部隊だ。

 とはいえ人員の少なさからどうしても今回のような漏れが出てしまう。

 その場合に駆り出されるのが私のような魔獣掃除人というわけだ。


 事前に対応するのが予兆管理処理局、事後に対応するのが魔獣掃除人という分け方になる。


 そのため彼らの援護はあまり期待できない。


 ここで魔獣を相手するのは私だけとなる。


「はてさて…………最悪時間は稼げなければ……」


 昔の私なら気にせず正面突破していたわけだが……さすがにこの体の状態でその考えには至らんな。

 剣で戦うにしても昔馴染みのものはアルに譲渡したため、家に置いてあった手入れのしていないなまくら刀しかない。


「覚悟を決めなければならないか……」


 神獣を顕現させる際、傷を回復させるためにどれほど心の力を食われるか。

 15年かけてゆっくりと治療してきたが、実際のところ分からない。

 顕現した瞬間に神獣が死ぬか、はたまた十二分に傷が癒えているか。


 魔獣との距離は50m。

 俺は手にカードを召喚させ、一言口にした。


顕現けんげん


 カードから雷のように勢い良く雷帝龍王エレクが飛び出す。

 全長10mにも及ぶ蛇のような金色の胴体に狼のような顔から生えるナマズのような長い二本の髭、顕現させただけで周囲の気候に影響を与えるほどの存在感、15年振りに見た相棒バディの姿だ。


「───うぐっ!!」


 心臓がズキリと痛んだ。

 まるで直接素手でぐにゃりと掴まれているように悲鳴をあげている。

 呼吸が荒くなり、視界が歪む。


(顕現は成功したが……かなりギリギリか……!)


「グオオオオオオ!!!」


 エレクが咆哮を上げ、すぐさま標的を定める。

 魔人はエレクの顕現にもリアクションを取ることなく、そのまま魔獣と真っ直ぐに歩いてくる。

 魔獣のみが魔人を庇うようにしてゆっくりと進行を早めている。


 私は未だ木陰に隠れながらカードを使って魔獣のステータスとエレクのステータスを見比べた。



 ───────────────


 【雷帝龍王エレキトリック・ドラゴン】☆☆☆☆☆ Lv55


 ○攻撃力4600

 ○防御力4200

 ○素早さ5000

 ○特殊能力300


 スキル:電光石火、雷崩ナガレ発光シャイニング超新星電磁波ビックプラズマ・バン





水泥人形アクアゴーレム】★★ Lv28


 ○攻撃力4000

 ○防御力4000

 ○素早さ3500

 ○特殊能力3500


 ───────────────



 現職の魔獣掃除人を殺したということでかなりの経験値を手に入れたようだが、それでもまだエレクの方がステータスは上のようだ。

 しかしエレクの特殊能力値が信じられんくらいに低い。

 私の心の力が低下しているせいだろう、スキルはよくて雷崩ナガレぐらいしか使えないかもしれないな。

 上手く立ち回らなければ、ステータスが上だといっても食われかねない。


 魔獣はエレクに向けて体の一部を伸ばして攻撃してきた。

 エレクはそれを綺麗にかわして魔獣へと距離を詰め、体当たりを喰らわせる。

 とてつもない衝撃と轟音が鳴り響き、魔獣がエレクを食い止めていた。


 魔人はその状況にも動じることなく立っていた。

 魔獣は神獣と同じで使い手を殺せば消滅する。

 そのため魔人を殺せれば魔獣も消えるため魔人を狙うという手もあるのだが、過去にその作戦も失敗していた。

 魔人と魔獣は心が繋がっており、憎悪の塊を糧として魔獣は強力な力を手にしている。

 逆に言えば魔獣の力もまた魔人へと流れ込んでいることになる。

 つまり、魔人にも魔獣と同じ力があることになる。

 魔人から溢れ出ているあの黒いオーラのようなものは、魔獣から流れてくる力が漏れ出しているものだと研究結果が出ているのだ。


 心の壊れている魔人に自ら手を下す意思はないが、近づく者を攻撃する意思はある。

 魔人を殺すのも魔獣を殺すのと同じぐらいに難しいのだ。


「エレクがどこまで保つか……」


 一見して近距離戦ではエレクが有利に立ち回っているように見えるが、決定打には欠ける。

 私の動悸も激しくなってきた。

 長期戦は不利か。


「だが私がやらねば……アルの未来は守れない」


 私は剣をゆっくり抜いた。


 勝負は一瞬。

 エレクのスキルで敵の隙を作り、懐へ入り込むことで私自らが勝負を決める。

 刺し違えてでも構わない。

 どうせ失われる命、ここで使うことに何を躊躇うことがあろうか。


「エレク、雷崩ナガレ!」


 エレクが口を大きく開き、巨大な電玉を帯電させる。

 そして勢いよく放った雷玉は幾重にも分かれ、大きな波のように波状攻撃となって魔獣へと襲いかかる。

 その攻撃に合わせるようにして私は木陰から飛び出し、一直線に魔人へと突き進んだ。


 エレクの攻撃は魔獣の体をことごとく吹き飛ばしていったが、魔獣の体は即座に再生し、魔人への攻撃を全て防ぎきっていた。

 逆に言えば防ぐのに手一杯で私へ回す手は無い。

 その脇を私は抜けた。

 魔人は目と鼻の先。

 剣を突き立てられさえすればこちらの勝ち。

 しかし普通に攻撃しただけでは魔人に攻撃は届くまい。


 だからこその奥義。


「『奥義・神心同一しんしんどういつ』」


 魔人が魔獣から力を逆流して受け取ることができるということは、神獣にも同じことができるという理論。

 私はその理論を現実にすることに成功した。

 エレクのステータス値をそのまま私の能力へと変換させる。


 瞬間、私の姿は消え、魔人の腹部へと剣が突き刺さった。


「あああああああああああっっっっっ!!!!」


 およそ人の声とは思えない、耳をつんざくような奇声が響き渡った。

 思い切り肩を掴まれたが力づくでそれを振り解き、距離を取るために地面を強く蹴って後退した。


(取った!)


 確信と同時に心臓がドクンと跳ね上がり、呼吸が荒れ、体が硬直して思うように動かず、バランスを崩して地面に叩きつけられた。


「お……ぐっ……!ぜぇっ、ぜぇっ」


 上手く呼吸が出来なかった。

 やはり神心同一は大きく負担が掛かるものだった。

 恐らく私はもう助からないだろう。

 しかし、魔人一人の命と交換ならば安いものだ。

 これで国の安全は保障され───。


「ば…………ばかな……」


 魔人を突き刺さった剣を引き抜くと、ゆっくりこちらを見た。


 魔人の傷が塞がっていく。


 今までこんなことはなかった。

 魔人に自動回復の力なんか無かったはずだ。

 一体なぜ……!


「…………そうか……魔獣の力か……!」


 あの魔獣は水と泥でできた存在。

 自在に体を変化させることもできれば、吹き飛ばされた腕なども生やすことができる。

 魔獣からの力を受け取っている魔人にもまた、魔獣の特性が備わっていたということか。


「ぜぇっ……ぜえっ……神心同一に……そんな効果はない…………。敵の力を……見誤ったか……」


 私からの供給が無くなったエレクは強制的にカードへと収納された。

 既に視界は霞み、ろくに体を動かすこともままならなかった。


 魔人は魔獣を引き連れ、まるで狩りを楽しんでいるかのようにニタニタと感情の無い笑顔を貼り付けながら、ゆっくりとこちらへ近付いてきた。


(アルは……逃げることができただろうか)


 自分が殺される直前だというのに、考えることはアルのことばかりだった。

 母親というものがいない代わりに、自分なりに考えて父親ヅラしてきたが、果たして本当に上手く父親というものをできていたのだろうか。


『父さんの息子で良かった!』


 あの言葉を思い浮かべれば、私の考えなど杞憂なのだろう。

 アルは立派に育った。

 人として、男として立派に。

 そんなアルが過ごすこの国を守り切ることができなかったのは非常に心苦しいが、他国の魔獣掃除人ビーストスイーパーが討伐してくれることを祈ろう。

 あるいはロートルに。


 魔人が足元へやってきた気配がした。


「……あは………あはは」

「………………魔人はみな等しく笑っているな」


 心の壊れた人間は涎を垂らしながら笑う。

 魔人も同じなのだろう。

 現実逃避に近いのだ。


(さらば)


「父さんっっ!!!」


 信じられなかった。

 なぜここに?

 まさか最後に息子の声が聞こえるとは思わなかった。

 しかし考える余裕はない。

 私は全ての力を振り絞って声をあげた。


「アルよ、強く生きろ!」


 次の瞬間、魔人が私の首へ剣を突き立てた。

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