魔獣の生まれる時①

 ───アトラス王国郊外、エンティティ村───



「っだよこの出来は!!」

「うあっっ!!」


 小さな小屋の中で一人の青年が屈強な男にどてっ腹を蹴飛ばされて吹っ飛んだ。


「てめーは素材一つ集めることもできねーのかよ!」

「で、でも……『真紅の花』は森の奥地にしか生えてなくて……」

「だったらそこまで行って取ってこいよ!!」


 倒れ込む青年に対し、繰り返し男が足蹴にする。

 もう一人の男は煙草をふかしながらその光景をただ眺めていた。


「ま、魔物がいるんです……!僕の相棒バディじゃ太刀打ちできなくて……!」

「あー……お前の神獣は二ツ星だったなぁ……だから何だっつーんだよ!!死んでもいいから取ってこいや!」

「ぐぅっ!!」


 三度みたび青年が吹っ飛んだ。

 息も絶え絶えになり、うずくまることしかできないでいる。

 それを見かねてか、煙草を咥えていた男が立ち上がって青年の元へ近付いた。


「ラグナよ〜…………こんなこと言いたかないが、戦う力もない、働き口もないお前が今日まで食い扶持を繋いでこれたのは誰のおかげだ?」

「うう…………ジェリーさん達です」

「そうだよなぁ?鈍臭くてやることなすこと才能無くて、挙句の果てに両親共病気に罹って。金も無いお前を助けてやったのは誰だ?」

「…………ジェリーさんです」

「だよなぁ?」


 ジェリーと呼ばれた男は煙草をラグナという青年の左手の甲に押し付けた。

 ジリジリとした熱が押し付けられ、ラグナの表情が歪んだ。


「冒険者っつー職業は1日1日の稼ぎが大事になってくるんだよ。そんな中でお前だけ成果がなかったら…………なぁ?」

「……っっ!」

「明日までに必ず取ってこい。いいな?」

「は……はいっ……!」

「行くぞガット」


 ジェリーとガットは乱暴にドアを開けて小屋から出て行った。

 残されたラグナは痛みが収まるまでしばらくうずくまっており、小屋から出た時には外が真っ暗となっていた。


 昔から何をしても上手くいかなかった。

 家は貧しく、この村から出ることが出来なかったために学園にも通うことができず、15歳の誕生日に神託を受けたが結果は二ツ星だった。

 仕事の少ないこの村ではラグナが就くことができるような仕事はなく、そんな中で両親が病気に罹ったことで村から離れることも出来なくなった。

 両親を看病するためのお金がなく、ラグナは冒険者としてそこそこ成功していたジェリーに頼み込み、お金を借りることになったがそれが地獄の始まりだった。


 探検時の雑用荷物運びは当然のこと、ジェリーやガットの八つ当たり、他メンバーの嫌がらせが当たり前のように毎日続いた。

 今回も無茶な要求を突きつけられ、魔物が出ないギリギリのところで探し回ったが、素材は手に入らなかったために暴力を受けた。

 そんな当たり前がラグナの毎日。


 そんな心の擦り切れる毎日を過ごしていたラグナだったが、唯一の心の支えがあった。


「ラグナ、大丈夫!?」


 幼馴染のシャロだった。

 彼女だけが唯一昔から彼の味方をしてくれていた。


「はは、大丈夫だよ。ちょっと冒険で失敗しただけさ」


 そしてラグナもまた、そんな彼女に見栄を張りたいがために自分の置かれている状況を話していなかった。

 毎日できる怪我を彼女には冒険で出来た傷だと説明している。


「毎日毎日やめてよ……心配になるんだから」

「ごめんよ。今日の魔物は強くてね」

「もうっ。ラグナの神獣は決して強いわけじゃないんだからねっ」

「分かってるよ。気をつける」

「ご飯、食べてく?」

「うん」


 そして先日、ラグナの両親は亡くなっていた。

 残されたのは薬代のために借りた多額の借金のみ。

 もはやラグナの心の拠り所はシャロのみとなっていた。


「ねぇシャロ……明日、大事な話があるんだけど……いいかな?」

「え……う、うん……。えっと……ここで待ってればいいかな?」

「うん。仕事が終わったら……迎えに来るから」

「わ、分かった……え〜なんだろな…………」


 プロポーズをすると、ラグナは心に決めていた。



 〜翌日〜



 当然のごとく素材を取ってくることができなかったラグナに対し、再び小さな小屋の中で殴る蹴るの暴行が加えられていた。

 昨日よりも長く多く、顔の至る所が腫れるほどだった。


「ふぅ〜、ちょっと疲れたな」

「やり過ぎだバカ」

「何べん言っても分かんねぇコイツが悪りぃんだよ」

「あ…………うあ…………」


 虫の息。

 そう言っても過言でないほどに打ちのめされている。

 もう死んでもいいと、ラグナの中で心の糸が切れそうになる。

 それでも死ねなかった。

 シャロのために死ぬわけにはいかなかった。


「げっ、もう外暗いのかよ」

「ったく……そろそろ帰るか」


 そう言ってジェリー達が引き揚げようとした時、小屋の入り口がガチャリと開いた。


「ラ、ラグナ……いるの?遅くなったから心配になって……きゃあああ!!」


 シャロだった。

 何を隠そうこの小屋はラグナの家であり、約束をしておきながら来なかったラグナを心配して見に来たのだが、ボロボロになっている彼を見て絶叫した。


「ラグナ!!大丈夫ラグナ!?」

「な……なん……で……!?シャロ…………!」

「なんだ?この女」

「あなた達、ラグナに何してるんですか!こんなの酷い……!」

「ほぉ…………なるほどなぁ」


 ジェリーは合点がいったというように頷き、その表情に下卑た笑みを浮かべた。

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