決意

 当時も今もこの付近に魔物は出ないのだが、ごく稀にはぐれた弱っちい魔物が紛れ込むことがある。

 その時にもはぐれた『キリカマ』という手が鎌のようになっていて膝ぐらいまでしかない魔物が現れた。

 膝までしかないといったが、当時の俺達からしたら体の半分くらいの大きさだ。


「よく覚えてるよ。リオナが大泣きしてたとことか」

「そ、そんなに大泣きしてないもん!」

「それがなに?」

「……当時は魔物なんて知らなかったから私は泣いてばかりで何も出来なかったけど……アルは私を守るようにして立ち向かってくれたよね」

「ま、まぁ……」


 小っ恥ずかしさからポリポリと頭を掻く。

 当時から既に剣術の型を教わっていたこともあり、近くに落ちていた手短な棒を持って対峙した記憶がある。

 だけど実際には剣術のけの字も使えなくて、ただ棒を振り回して追い払っただけなんだが。


「その時私はアルを見て思ったの。この人は未知の物にも毅然として立ち向かっていける人なんだって」

「……そんな大層なものじゃないさ」

「ううん、私にとっては大層なことだったんだよ。そしてその気持ちは今でも変わらない、アルには冒険者が合ってる。未知の世界を探究して、恐れることなく他の誰もが辿り着けない場所も、アルなら辿り着けるんだよ!」


 一切の濁りの無い、澄んだキラキラとした目でリオナは俺に言い放った。

 心の底から俺には冒険者が似合っていると信じて疑わない顔だ。


「それに、アルが露店で働いてる姿なんて想像できないしね」

「なにおぅ、俺だって物売るぐらいのことぐらいできるっての」

「え〜ほんとかな〜」


 クスクスとリオナが笑う。


 冒険者、か。

 父さんから教わった剣一本で果たして可能なのか。

 もしかしたら父さんは反対するかもしれない。

 それでも俺は自分のやりたいことをやりたい。

 父さんには悪いけど、神獣を使わない職について人生を終えるなんてそんなつまらない生き方は俺は嫌だ。


「よし、決めた」

「将来のこと?」

「ああ、俺は冒険者を目指す。剣一本でダンジョンを踏破するような人もいるって噂もあるぐらいだ、俺にだってできるさ」

「うん!アルならできるよ!」

「ありがとうなリオナ。お前のおかげで決心がついたよ」

「えへへ、どういたしまして」

「そうと決まれば早速父さんに報告だ!ナナドラ、行くぞ!」


 俺が呼ぶとナナドラはレオニダスの上から俺の頭へぴょんと飛んできた。


「じゃあなリオナ!ロートルおじさんにもよろしく!」

「またねアル!」


 リオナに別れを告げ、俺は急いで家へと走った。

 既に日は落ち始めている。

 この時間なら父さんは家に戻ってきている頃だろう。


「父さん!」


 家に着くなり俺は父さんをすぐさま呼んだ。

 予想通り父さんは既に家に居た。


「おっ、やっと帰ってきたのかアル。心配したんだぞ?その頭の上に乗ってるのはもしかして…………」

「そのことで少し話したいんだ」


 俺は父さんに事細かに説明した。

 神託を受けて契約した結果、リオナは五ツ星の神獣になり、俺の相棒バディとなったのは0ツ星の神獣であったこと。

 その後、神堂を飛び出して湖のほとりのところで時間を潰していたこと。

 リオナに慰められ、話したことで冒険者を目指すことにしたこと。


 俺の話す内容はまとまっていない、しどろもどろな内容だったが、父さんは一切口を挟むことなく俺の話に時折相槌を打ちながらただ静かに聞いてくれていた。

 そして俺の話を聞き終えた後、少し間を置いてゆっくりと口を開いた。


「まず……0ツ星の神獣というのは父さんも聞いたことがないな」

「やっぱりそうなの?」

「腕と目を失う前は色んな国を回ったものだが、誰一人としてそんなレアリティの神獣は持っていなかった。能力値はどうなんだ?」

「底辺も底辺さ。ナナドラ〝帰還リターン〟」


 ナナドラを一度カードに収納させ、表示されているステータスを父さんに見せた。


「ステータスは全て10……もはや普通の動物と変わらんな。スキルはあるみたいだが……『???』とはどういうことだろうな」

「俺も分からないよ。スキルでこういうことあるの?」

「ないな。スキルが分からないんじゃ使いようがないからな」


 父さんでも分からないなんて……。

 神獣を扱う上での使用方法は学園で学んだこともあるが、多くは父さんから教わっていた。

 俺にとって父さんは何でも知ってる尊敬できる人なんだ。


「どちらにせよ、この子を戦いの場に出すことはできないだろう。冒険者の道に進むということはこの子に頼らず自分の力だけで立ち向かうということになる」

「もちろん覚悟の上さ」

「…………アルの決めた道だ。引き留めはしないが、父さんの立場から言わせてもらえば……あまり賛同はしたくないな」


 父さんが少し悲しい表情で言った。

 俺としては少し予想外の回答だった。

 父さんならきっと俺の選んだ道なら手放しで喜んでくれると思ったからだ。

 だけど冒険者をあまりオススメできないというのは、やっぱり俺の相棒が0ツ星だからなのだろう。

 父さんも剣術はあくまで神獣をサポートするためのものだと話していた。

 それをメインで戦っていけるほど、この世界は甘くはないと。


 俺は剣術で学園では敵無しなほどに強い。

 なのに片腕の父さんに一度も剣術で勝ったことがない。

 そんな父さんでさえも、神獣を失ってからは魔物が蔓延る地域には足を踏み込まなくなったという。

 理由は単純、勝てないから。

 それほどまでに神獣の存在は大きく、個人の力は小さいのだ。


「親の心境としては息子を失いたくない気持ちが強いんだよ」

「…………俺が父さんの本当の息子なら、こんな0ツ星にはならなかったのかな……」


 思わず弱音が口から漏れてしまった。

 こんなこと普段は絶対に言わないのに、やっぱりまだ精神的にまいってるのかもしれないな、俺は。


「関係ない。血こそ繋がってないが、アルは父さんの大事な息子だ」


 父さんが即座にハッキリと否定した。


「今から15年前、戦争によって荒廃した町の中で父さんはアルとその両親を見つけた。家の瓦礫の下敷きになっていた父親は最後の力を振り絞ってアルを私に託したんだ、アルバスという名と共に」

「そう、だね……。前にも聞いたよ」

「アルをどうするべきか、父さんも迷っていたが神獣を失い、仕事を続けることも出来なくなったためアルを引き取ることにした。そして一緒に過ごしていくうちに、父さんにとってアルはかけがえのないものになっていったんだ」


 正面切ってそういうことを言われると少しばかり恥ずかしい気持ちもあるが、父さんは父さんなりに俺のことを気遣ってくれているのだろう。

 血が繋がっていないなんて、父親からしたら子供に言われたくないようなことを俺は言ってしまったわけだから。

 逆の立場になって考えてみても傷付く言葉だ。


「だからこそ父さんは心配になるんだ。国外には魔物だけでなく、それこそ神獣を使って人を殺すような輩もいる。父さんのように体の一部を欠損してしまうこともある。それでもアルは冒険者を目指す気持ちは変わらないということか」

「うん。父さんの気持ちは俺にも分かってるよ。だけど俺はリオナに追いつきたいんだ。神獣じゃ到底追いつけないことは分かってるけど……父さんから教わった剣術で、冒険者として生きていきたい」


 俺が力強くそう話したことで父さんの中でも何かが固まったのか、それ以上問いただすようなことはしなかった。


「アルの決めたことを尊重する。頑張りなさい」

「ありがとう、父さん」


 こうして俺は冒険者への道を進むことに決めたのだった。

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