魔獣の生まれる時②

「なぁラグナ……。これまで抱えた借金、お前に返済能力が無いからこうやって待ってやってたわけだ。でも実はこんな良い女の子が知り合いにいたんだな」


 その言葉の裏に気付いたラグナの表情が歪む。


「や……やめてくさださい……!彼女は……関係ない……!」

「うるせぇ!」


 再びガットの蹴りが入り、呻く。


「ラグナ!」

「シャロっていったかな?お嬢さんはラグナが俺に借金をしていることは知っていたかい?」

「えっ……借金……?」

「ジェ……ジェリーさん……!そのことは……!」

「なんだ、聞いていないのか。彼は親の看病のために俺から多額の借金を借りているんだよ。だからこうして毎日パシらされているわけだ」

「だ、だって怪我はいつも冒険の時にできたものだって……」


 ラグナは秘密にしていたことをシャロにバラされ、言いようのない罪悪感と恥ずかしさに圧迫された。

 そのことを、彼女だけには知られたくなかった。


「はっはっは!そんな名誉ある傷のわけないだろう!こいつは何も生み出すことのできない無能な奴だよ。どっちの親もすぐに死んだみたいだし、無能加減は親譲りみたいだな」

「ぐっ…………!」

「…………そんな言い方はやめてください」

「んん?」

「ラグナは心の優しい人なんです!御両親のために自分の身を削ることができる優しい人なんです!」

「優しいだけじゃ金は返せないんだよ」

「私が払います……」

「ほう…………?」


 ニタリと、より一層ジェリーの表情に笑みが張り付いた。

 予想通りと言わんばかりに上機嫌になる。

 だが金を払わせる、それだけを求めているわけではない。

 もっと悪どく最低な考えがこの男の頭の中には浮かんでいた。


「300万、今すぐ払えるのか?」

「今すぐ……は無理ですけど、必ず集めて払います。だから……ラグナには酷いことしないでください」

「今すぐじゃないと意味がねーんだよ。それよりももっと良い方法があってだなぁ……」


 ジェリーは舐め回すようにシャロを見た後、いきなりシャロのふくよかな胸を掴んだ。


「きゃあ!?な、何するんですか!?」

「お前が今ここで体で払ってくれりゃあ充分よ」


 ジェリーはそのままシャロを押し倒すようにして上に乗っかった。

 華奢なシャロの体をまさぐり回し、ラグナですら触れたことない白く透き通った肌を撫で回す。


「やだっやだぁ!」

「や、やめろおおおおお!!!」


 その光景にラグナが絶叫する。

 痛む体など一切気にせず、反射的に飛びかかろうとするがガットに押さえつけられた。


「はあっはあっ、ガットはそのままそいつを押さえつけとけ」

「ジェリーの寝取り好き、趣味悪いと思うぜ」

「うるせぇ、にしてもコイツは俺の好みドンピシャなんだよっ」

「いやっ、いやぁ!!」


 必死に抵抗するシャロだったが、曲がりなりにも冒険者として普段から鍛えている男に上から押さえつけられ、なす術なく蹂躙されていく。

 上半身の服を破かれ、傷一つついていない裸体を露にされる。

 その綺麗な肌をジェリーの欲望が舐め回す。


「たまんねぇなぁ……!」

「うわあああああああああ!!!どけ、どけええええええええ!!」

「うるせぇなテメェはよ」

「あーいい、いい。そのままラグナには叫ばせとけ」


 ガットの振りかぶった拳を諌めるようにしてジェリーが止めた。


「自分の彼女がやられてる所を見せた方が面白いだろ」

「やっぱ趣味悪りぃよ」

「ジェリいいいいいいいい!!!」


 自分の好きな女の子が目の前で犯されている。

 そしてそんな状況にも関わらず、何もすることが出来ない無力な自分。

 唇を噛み締め血を流し、何年にも渡って蓄積されてきた心の中の黒い感情がぐるぐると体内で渦巻き、強烈な吐き気がラグナを襲う。


「ご開帳〜」


 ジェリーがシャロの下半身の衣服を破り捨てる。

 泣きながら必死に抵抗するも虚しく、無防備な下半身が露となる。

 それに合わせて、ジェリーも自分のズボンを器用に脱ぎ始めた。


「や、やあああああ!ラグナ、ラグナぁ!!」

「うああああああああああああ!!!」

「ははははは!!」


 下卑た笑い声、痛烈な悲鳴、喉が切れるほどの絶叫。

 人間のあらゆる感情がこの場に渦巻く。


 最後の心の拠り所としていた女の子を目の前で他人に犯されたことでラグナの中で何かがプツリと切れ、視界が黒く濁っていく。

 人の心が壊れる瞬間、溜まっていた黒い感情が神獣へと直結する。


 カードがラグナの目の前に現れた。


「お?神獣を顕現させる気か?お前のゴミみたいな神獣で何ができるんだ?」


 ────────────


水泥人形アクアゴーレム】☆☆ Lv8


 ○攻撃力855

 ○防御力630

 ○素早さ510

 ○特殊能力310


 スキル:無し


 ─────────────


 これがラグナの持つ神獣だった。

 戦う力は無く、出来ても物を運ぶぐらいのステータス。

 これで立ち向かったとしてもガットとジェリーの神獣に瞬殺されるのは目に見えていた。


 しかし、そのカード上の表記が突然として変化し始める。

 上からゆっくりと黒く塗りつぶされるようにしてステータスが変化していく。


 ────────────


水泥人形アクアゴーレム】★★ Lv1


 ○攻撃力2500

 ○防御力2500

 ○素早さ2500

 ○特殊能力2500


 スキル:刃変化ブレードチェンジ水壁障害クリアリング


 ────────────


 異常な変化だった。

 二ツ星のレアリティでは決してあり得ないステータス。

 確実に何かが起きたわけだが、その変化を見てもラグナは何一つ反応を示さなかった。

 というよりも、示す感情は既に壊れていた。


 ただ一言呟いただけだった。


「〝顕現〟」


 カードから飛び出たのは光では無く、黒いオーラのようなもの。

 それが形を作り、小屋の中に召喚される。


「こいつ本当に出しやがった!」

「はぁはぁ、ガット、こっちは忙しいんだ。お前が対処しろ」

「これは正当防衛だよな……!経験値大量ゲットだぜ!」


 ガットがカードを手元に出し、口にする。


「〝顕げ───〟」


 言葉はそこで途切れた。

 今まさにシャロの秘部へ自分のモノを押し込もうとしていたジェリーは動きを止めた。

 空気が凍り付く。


 ───ガットの首が切り落とされていた。


 残された体からは血が噴き出し、下にいたラグナを血塗れにしていく。


「あ……?どういうことだ……?」

「ハァ……ハァ……ラグ……ナ……?」


 ラグナの隣に不気味に立つ生き物。

 それがガットの首を飛ばしていた。

 すぐさまジェリーがカードを出し、神獣を召喚した。


「〝顕ッ現〟!!」


 カードから光が飛び出し、神獣が召喚される。


 ────────────


拳の猿王モンキング】☆☆☆☆ Lv18


 ○攻撃力1960

 ○防御力1480

 ○素早さ2000

 ○特殊能力1510


 スキル:開戦連打コングゴング昇り猿モンキーアッパー


 ────────────


 優秀な神獣だった。

 騎士団に所属していてもおかしくはないステータス。

 冒険者として成功しているのも頷けるものだった。


「殺せ!!開戦連打コングゴング!!」


 召喚後最速の攻撃。

 振りかぶった右手が水泥人形ゴーレムを捉えたかに思えた。

 次の瞬間、拳の猿王モンキングの体はバラバラになっていた。

 ジェリーの手元にあったカードがキュラキュラと形を無くして消滅する。


「ば……バカな……」


 ジェリーの頭に刃物のようなものが突き刺さる。

 水泥人形の腕が鋭く伸びていた。

 脳を貫かれたジェリーはそのまま即死した。


「あ…………あ…………」


 その突然の出来事にシャロはただ固まっていた。

 血を流して倒れている二つの死体。

 ゆっくりと静かに立ち上がるラグナ。

 助かったという感情よりも、恐れがまさっていた。

 自分の知っている男の子が何の感情もなく人を殺した。

 本当ならばすぐに逃げ出したい衝動に駆られる。

 しかし、その根底には自分を助けるためだろうという考えがあるため、恐怖心をグッとこらえ、ラグナに対して引き攣りながらも笑顔を向けた。


「ラ……ラグナ……ありが───」


 ドッ。


 シャロの心臓を刃が貫いていた。


「あ……あれ……?」


 刃が引き抜かれ、ジワリと血が流れ出る。


 シャロはゆっくりと倒れ込んだ。


「ラ……ラグナ…………」


 死に際にラグナへと手を伸ばし、シャロの目からは涙がこぼれる。

 ラグナはただ立ち尽くしていた。


 その光景を最後に、シャロは絶命した。




 その数時間後、エンティティ村に住む人々は皆殺しにされた。

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